元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2019年夏場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は5月12日から始まった夏場所(5月場所)の注目ポイントについて解説してもらった――。…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2019年夏場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は5月12日から始まった夏場所(5月場所)の注目ポイントについて解説してもらった――。

「令和」になって初めてとなる本場所、大相撲夏場所(5月場所)が5月12日から始まりました。場所前には、十両以上の関取衆が全員集結し、国技館で『令和』の人文字を作って記念撮影をするなど、全力士たちも新時代の場所に向けて、それぞれ気合いを高めていたようです。

 さて、この場所の一番の見どころは、やはり新大関に昇進した貴景勝の戦いぶりでしょう。



今場所注目の新大関・貴景勝

 昨年の九州場所(11月場所)、小結で初優勝(13勝2敗)を飾った貴景勝。以来、「大関候補ナンバー1」と言われて脚光を浴びるなか、関脇となった今年初場所(1月場所)で11勝を挙げ、”大関取り”となる春場所(3月場所)でも千秋楽に10勝目を決めて、見事に大関の座を射止めました。

「武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず、相撲道に精進して参ります」

 大関昇進伝達式でそう語った口上もすばらしかったと思います。

 その後、場所前の横綱審議委員会総見における、横綱、大関陣との申し合い稽古ではちょっと分が悪かったようで、一部では本場所への不安が囁かれていました。でも、私はまったく心配する必要はないと思っていました。稽古場での勝ち負けは、あまり意味がありませんからね。

 それに貴景勝の場合は、本場所に向けてしっかりと体を作ってから、みっちり稽古をする、という手法を取っています。横綱審議委員会総見のあと、さらに稽古を重ねて、本場所にはしっかり仕上げていくだろう、と踏んでいました。

 こうしたやり方は、母校の埼玉栄高相撲部でも用いていたそうで、それが本人には合っているのでしょう。なれば、そのまま続けていけばいいのではないでしょうか。

 そして実際、場所直前の、佐渡ヶ嶽部屋で行なわれた二所ノ関一門の連合稽古における貴景勝は、体の張りがすごくよかったです。その姿を見て、本場所が楽しみになりましたね。

 ただその稽古中、ちょっと気になったのは、頭から当たる相撲を取っていなかったこと。どうやら、それ以前の稽古で相手に激しく突っ込んでいったことで、首を痛めているような様子でした。

 もちろん、貴景勝はどこかを痛めていても、「痛い」とか「つらい」とか言うタイプではありません。それどころか、顔にも出さないので真実はわかりませんが、私らプロの目から見ると、彼のちょっとしぐさから、そんなことを感じました。

 まあでも、本場所に向けて大事を取っていたこともあるでしょうから、そこまで心配はしていませんでした。

 当然、新大関というプレッシャーもあると思います。しかし、プレッシャーにビクビクするタイプでもないのが、貴景勝のいいところ。そうした強みも、この場所で示してくれるのではないでしょうか。

 また、「押し相撲の大関は大成しない」などと言われることがありますが、そうしたジンクスも彼なら払拭してくれると思っています。かつて、千代大海が突き押し相撲で長く大関を務めていますしね。

 無論、貴景勝にはそれ以上の活躍を期待しています。その一端を、この夏場所でも示してほしいですね。そして、さらなる努力を重ねて、新しい大関、横綱像を築いてほしいと思っています。

 さて、優勝争いについては、安定感抜群の横綱・鶴竜が有力候補と見ています。春巡業からコツコツと稽古をこなしてきて、場所前の稽古でも元気なところを見せていましたからね。

 ここ数場所、このコラムではずっと彼を優勝候補に挙げてきましたが、なぜか負傷による全休や途中休場などもあって、なかなか結果を残せていません。しかし、昨年夏場所以来の優勝へ、本人も意欲を燃やしていると聞いています。今度こそ、期待に応えてほしいと思っています。

 2番手は、大関・豪栄道。力はあるのですが、ポカが多いため、最終的にはなかなか優勝には手が届きません。そういう状況を見て、いつも「もったいないなぁ」と思っています。

 ですから今回も、私は豪栄道を推します。「しつこい」と思っている方もいるかもしれませんが、本当に力があるので、期待し続けたいと思います。

 大穴は、前頭3枚目の玉鷲です。今年の初場所、34歳で初優勝したことでもわかるように、もともと力がある力士なんです。30代中盤となった今、さらに力をつけてきた印象があります。

 彼の、相撲力のマックスが「10」としたら、本場所でも「8」の力を出せば、勝てる実力があります。優勝したことで”勝ち方”もわかってきた分、上位陣にとっては脅威の存在になるのではないでしょうか。

 優勝争いとは別に、身長168cm、体重99kgの小兵力士として話題となっている、新入幕の炎鵬にも注目しています。動きがトリッキーで、見ていて楽しい相撲を取ってくれますからね。

 ただ、心配なのはケガです。

 私が現役の頃も、旭道山さん(元小結)や、舞の海さん(元小結)など体重100kgに満たない関取がいて、体重110kg前後の私も、体重200kg越えの小錦さん(元大関)、大乃国さん(元横綱)などの大きな力士と戦っていました。しかし、今の力士はさらに大型化し、幕内力士の平均体重は160kg以上。小兵力士にとっては、かなり厳しい状況にありますからね。

 とはいえ、彼自身、そうしたことも覚悟のうえでこの世界に飛び込んできたのでしょう。だからこそ、あれほど派手な相撲が取れるのだと思います。その奮闘ぶりも、しっかり見届けていきたいですね。

 今場所も、話題の力士、注目の力士がいっぱいいます。ファンのみなさんには、彼らの白熱した戦いを大いに楽しんでいただければと思います。

 ところで、この夏場所の前、錣山部屋の師匠として、うれしい出来事がありました。

 入門から12年、コツコツ努力してきた彩(いろどり)が、新十両昇進を決めたのです。ウチの部屋からは4人目の関取誕生ですが、15歳の時から指導してきた彩の十両昇進が、私としては一番感慨深いですね。

 得意技は、私と同じ突っ張り。そんな彩にも、注目していただけるとうれしい限りです。




photo by Kai Keijiro

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。