高倉麻子監督は表情を引き締めて、丁寧に一人ずつの名前を読み上げた。6月7日にフランスで開幕するFIFA女子ワールド…

 高倉麻子監督は表情を引き締めて、丁寧に一人ずつの名前を読み上げた。6月7日にフランスで開幕するFIFA女子ワールドカップのメンバー23名が発表され、2016年に就任した高倉監督は3年間で個を伸ばし、延べ63名もの選手をなでしこジャパンに招集。そこから自信を持って見出した23名だ。



ケガ以降なでしこでの試合出場はないものの、カギを握る阪口夢穂

 また、大きなサプライズ招集はなかったものの、いくつかの驚きはあった。

 そのひとつがDFの2人だろう。市瀬菜々(ベガルタ仙台レディース)は、招集された2月シービリーブスカップ(She Believes Cup/アメリカ)では、インフルエンザ発症で出場が叶わなかったが、これまでの実績が評価された。同じくCBの三宅史織(INAC神戸レオネッサ)は今年に入ってからの活躍もあって選出されたと思われる。

 19歳でW杯を迎える注目のFW遠藤純(日テレ・ベレーザ)は、最年少だが当然のメンバー入りと言える。たしかに今年が初キャップだったが、新戦力が陥りがちな孤立や浮足立つ場面もなく、なでしこジャパンのサッカーに溶け込みながら、アメリカをはじめ、イングランド、ドイツといった世界の強豪を相手に上々の戦いを見せた。アンダー世代からなでしこへ挑戦し、最初から遜色のないプレーを発揮した長谷川唯、清水梨紗(ともに日テレ・ベレーザ)と同様の期待を抱かせる選手である。

 また、一番の驚きはFW植木理子(日テレ・ベレーザ)だろう。強いて言うなら”化け枠”。「テクニックタイプではない」と植木自身も語るように感覚派だ。どんなに不利な体勢からでも思い切り足を振り抜ける。シュート後に地面に転がっている姿もよく目にするが、相手にとっては計算しにくいFWである。ワールドカップという独特の雰囲気に飲まれることなく、勢いに乗ることができれば大化けする可能性が十分にある。

 そんな若手が選ばれるなか、カギを握るのは昨年のAFCアジアカップ後に右膝前十字靭帯と内側半月板を損傷し、長くピッチを離れていた阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)だろう。ケガ後、代表での公式戦に出場のないままの選出となった。受傷するまでの2年間、中盤の要である阪口を”心臓”として戦ってきたチームにとって不可欠な選手である。

「試合に出ていないにもかかわらず選出してもらい、思うところはある」と、阪口本人も期するものがあるようだが、その実力は誰もが認めるところ。問題は「どこまで試合勘を戻せるか」である。

 阪口のプレーは、独特の感覚によって呼び起こされるものだ。コンタクトプレーになる前の段階でピンチの芽を摘む洞察力、一瞬でゴールまでの道筋を描くことができる判断力。それらは、ピッチ上で彼女の嗅覚が働かなければ生まれることはない。阪口本人が、今年最初の代表候補合宿で復帰を果たした際に懸念していたのも”サッカー勘”だった。こればかりはピッチに立ってみなければわからない。

 その阪口の不在時に鍛えられたのがボランチの面々だが、最終的には直近のヨーロッパ遠征の三浦成美(日テレ・ベレーザ)、杉田妃和(INAC神戸レオネッサ)の2人が生き残った。フランス、ドイツという厳しい相手に対し課題はもちろん出たが、対応できる場面もあり、伸びしろを買われた格好だ。不安要素は国際経験の少なさ。そこは阪口をはじめ、ベテラン勢を筆頭にチーム全体で押し上げていくしかない。

 全体的に、思った以上に守備に人員を割いた印象がある。もちろんDF登録であっても、宇津木瑠美(シアトル・レイン)、宮川麻都(日テレ・ベレーザ)、鮫島彩(INAC神戸)あたりは、状況によってひとつポジションを上げる形も十分に考えられる。そこは高倉監督が一貫して求めた複数ポジションをこなすことができる選手たちだ。W杯開幕まで3週間弱。チーム力の向上が急務だ。

 そのうえで欠かせないのが、コミュニケーションになる。今のなでしこたちは、年齢、経験値関係なく、意見を出しあうことを厭(いと)わないチームだ。そのチーム作りの一端を担っていた有吉佐織(日テレ・ベレーザ)の名前は最終メンバーの中になかった。高倉ジャパンとして、これからというときにケガで1年間戦線離脱。海外移籍組不在で臨んだ昨年のアジア競技大会(優勝)ではボランチへの挑戦もした。積極的に若手とコミュニケーションを取り続けたひとりだ。

 チームを支えるという有吉の姿勢はスタメンのピッチに立っていても、控えのベンチに座っていても終始変わることはなかった。「ピッチ外でできることは何でもやります」と自ら若手の中に飛び込んでいった有吉。そうした選手がいた結果、このチームの修正力は確実に育っていった。彼女の惜しみない尽力に心から敬意を表したい。

 有吉だけでなく、多くの選手のプレーが重なり合い、刺激を与え合い、この23名に凝縮された。今年に入ってからの試合でも、課題は山積だった。恐れを知らないからこそ発揮できる大波を生むこともあれば、経験不足から来る崩落も味わった。

「普通にやっていたら勝てない。大会に必要なことは、あるときは何かを壊し、また作り上げるという作業をしながら頂点に強い想いを持つこと」と指揮官は語った。ここからはアピール合戦ではなく、チーム構築に全力を注がねばならない。「すべてはこのワールドカップのためだった」と、胸を張れる大会にしてほしい。