2019年もそろそろ半ばに入り、世界ボクシング界でも屈指の層の厚さを誇るミドル級が大きく動き始めようとしている。まずは現地時間5月4日、WBA、WBC世界ミドル級王者のサウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)がラスベガスのリングに登場。…

 2019年もそろそろ半ばに入り、世界ボクシング界でも屈指の層の厚さを誇るミドル級が大きく動き始めようとしている。

まずは現地時間5月4日、WBA、WBC世界ミドル級王者のサウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)がラスベガスのリングに登場。今年上半期最大規模のファイトとなった統一戦で、カネロはIBF王者ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)に判定勝ちで3団体統一に成功した。

「自分は戦うためにここにいる。そのために生まれてきたんだ。自身のタイトルを守るために誰とでも戦うよ」

 この試合で3500万ドル(約38億円)の報酬を手にしたカネロはそう語り、今後もミドル級周辺の階級の強豪と戦い続ける意向を示した。現代最高の”ドル箱”として地位を確立したカネロへの挑戦権をめぐり、向こう数カ月の間にミドル級の主要ファイトが目白押しだ。

 6月8日にはカネロの宿敵とも呼べる元統一王者ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)が、ニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)に降り立ち、スティーブ・ロールズ(カナダ)との復帰戦に臨む。6月29日にはWBO王者デメトリアス・アンドレイド(アメリカ)がロードアイランドで、WBC暫定王者ジャモール・チャーロ(アメリカ)がテキサスで、それぞれ故郷凱旋防衛戦を行なう。そして7月12日には、WBA正規王者ロブ・ブラント(アメリカ)が日本に乗り込み、前王者・村田諒太(帝拳ジム)の挑戦を受ける。




4月25日に会見を行なった村田(左)とブラント(右)

 カネロという3団体統一王者がいるにも関わらず、他にもこれほどの”世界王者”がいることに違和感を覚えるファンもいるかもしれない。ただ、タイトルの乱発に疑問は感じても、ミドル級のタイトルホルダーはいずれも実力者ばかり。これらの強豪たちのいずれかが、今年の後半から来春にかけてカネロとのビッグマネー・ファイトに臨む公算が大きい。

 少なくとも現時点で、9月に予定されるカネロの次戦は、ゴロフキンとのラバーマッチ(同一選手同士の3試合目)になる可能性が高いと思われる。しかし関係者の話を聞く限り、カネロ本人は自身も消耗が避けられないゴロフキンとの第3戦よりも、WBO王座を持つアンドレイドとの4団体統一戦を希望しているようだ。

 ただ、昨秋にカネロと11試合3億6500万ドル(約400億円)という巨額契約を結んだDAZN(ダゾーン)の幹部の考えは違う。やりにくいサウスポーのアンドレイドよりも、好ファイトが約束され、やはり今年3月にDAZNと契約したゴロフキンとの対戦を望んでいるという。

 期待の大きかったカネロ対ジェイコブス戦は、ハイレベルの技術戦ではあったものの、エキサイティングな内容ではなかった。米国内で60万件以上、全世界で120万件以上がDAZNを通じてこの試合を見たと発表されたが、その視聴者が月額19.99ドルを払って加入者であり続ける保証はない。米国ではまだ知名度の低いDAZNがファンを引きつけるために、カネロとゴロフキンの”決着戦”にプライオリティを置いているとしても理解はできる。

 そして何より、日本のファンが気になるのは、さまざまな思惑が入り組んだミドル級戦線に村田がどう絡んでくるかだろう。「もうトップで戦うチャンスはないのではないか」と考える人も多いかもしれない。昨年10月、ラスベガスでブラントに敗れ、村田の商品価値が大幅に下落したことは間違いないからだ。

 だが、村田の希望が消えたわけではない。まずは7月にエディオンアリーナ大阪で開催されるリマッチで、ブラントに勝つのが再浮上の絶対条件。そこでリベンジを果たしても、現代最高のビッグネームとなったカネロへの早期の挑戦は難しいだろう。

 しかし、ミドル級No.2のドル箱ファイターとの対戦は不可能ではない。昨年あたりから度々話題になってきた、ゴロフキンとのドリームファイトはまだ完全消滅したわけではないのだ。

「(村田の名前も)私たちのリストに載っていますよ。興味深い対戦相手候補です。今は無冠ですが、元世界王者であり、五輪の金メダリスト。とてもいい選手であり、ビッグファイトのリングに立つに値するファイターであることに変わりはありません」

 4月19日にMSGで行なわれた復帰戦の発表会見で、ゴロフキンは笑顔でそう述べた。日本人記者に対するリップサービスではない。関係者の言葉を聞いても、ゴロフキン自身が村田とのビッグイベントに興味を持っているのは事実のようだ。

 トップランク社の契約選手である村田の試合はESPN系列で放送されてきたこと、ゴロフキン戦はこれまでも話題になってきたこと、世界的なリスペクトを集める本田明彦帝拳ジム会長の傘下選手であることなどから、米リングでも”リョウタ・ムラタ”という名前は認識されている。それどころか、タイトルを持っているときの村田の興行価値は、群雄割拠のミドル級でも上位だと言っていい。

 今後、まずはDAZNが熱望するカネロ対ゴロフキン第3戦の行方がカギになるが、そこでカネロがアンドレイド、あるいは他の選手を対戦相手に選んだ場合、ゴロフキンには違う”ダンスパートナー”が必要になる。その時点で村田が王座を取り戻していれば、日本の元五輪金メダリストはあらためて有力候補に浮上するだろう。トップランク社/ESPNが村田をDAZNにレンタルすることに大きな抵抗を示すとは思えず、交渉は難しくないはずだ。

 繰り返すが、村田にとって、すべては7月12日のブラント戦の結果次第。一度は完敗した相手にリベンジする難しさは並大抵のものではなく、今回は村田に「絶対不利」の予想が出るに違いない。ブラントの充実ぶりを考えれば、母国開催でも日本のヒーローがKO負けを喫してもまったく驚くことではない。しかし、前回は「調整段階で風邪を患った」という村田が、今度こそ万全の体調で臨んでタイトル奪還を果たすことがあれば・・・・・・。

 1試合の結果で評価、商品価値が大きく変動するのがボクシングの世界。信じ難いかもしれないが、村田は依然として”1 win away from a big fight(ビッグファイト到達まであと1勝)”の位置にいる。一度は失いかけたものを取り戻し、日本人としては前人未到の”ミドル級ビッグファイト”の夢を再び描くために、ブラントとのリマッチは村田にとって一世一代の大勝負となる。