リーグ連覇を狙う西武が、12球団ワーストの防御率4.64と「投壊状態」にある(5月7日時点)。 前年かぎりで菊池雄…

 リーグ連覇を狙う西武が、12球団ワーストの防御率4.64と「投壊状態」にある(5月7日時点)。

 前年かぎりで菊池雄星がシアトル・マリナーズに移籍した穴を補強せず、ある程度の苦戦は予想された。ただし、髙橋光成や相内誠、佐野泰雄らドラフト上位で獲得した投手が思うように育っていないことが、問題の根底にある。



昨年11勝をマークして西武先発陣に欠かせぬ存在となった榎田大樹

 そんなチームで”救世主”のように期待されたのが、32歳の榎田大樹だ。

 昨季は開幕2週間前に阪神からトレードで加入すると、チーム3位の11勝をマーク。ところが、今季は左肩の張りで開幕に間に合わず、5月2日の日本ハム戦でようやく初登板を迎えた。

「基本的に、投げる時には不安しかないです。人間、最初はいかに感覚を掴むかが難しいので、立ち上がりは不安でしかないですが、そこをうまくやれたら感覚も変わるでしょうけど。まあ、不安しかないです(苦笑)」

 今季初先発の前日、記者に囲まれた榎田は率直な胸のうちを明かした。実はこの心構えこそ、ベテラン左腕にとって自己コントロール術でもある。

「逆に不安を持ってないと、僕はダメだと思うので。不安という表現は違うかもしれないですけど、緊張と言うか……」

 そう語った翌日、8回を投げて被安打3、1失点で今季初勝利を飾った。それまで二軍で3試合に投げて防御率4.22と打ち込まれていたなか、なぜ1軍で抑えられたのか。

 その裏には、「超絶」とつけても過言ではない投球術がある。

 土台となるのが、投球フォームにおけるメカニックだ。

「ファーム(二軍)では下半身が開くのを我慢しすぎることで、逆に上が開いていました。同じ左の小石(博孝)と話して、『右足をスクエアに出すことで骨盤が開いてくれれば、上半身の開きを我慢できていい感じで(リリース時に)前に入っていけるんじゃないか』となり、それをうまく再現できました」

 昨年Sportivaで紹介(『移籍1年目で初のふたケタ勝利。榎田大樹はなぜ西武で開花したのか』)したように、榎田はでんでん太鼓のイメージで投げている。地面から反発力を得て、投球動作のなかで腕が「振られる」ことでボールが走ってくれる、という論理だ。ピッチングとは、いわば物理学の実践であり、こうしたメカニックを作り上げることが好パフォーマンスを再現するには不可欠になる。

 そうした土台のもと、ストレートの球速が時に140kmに満たない榎田は、強気に内角を攻めていく。その投球スタイルは”本格派”と”技巧派”を兼ね備えたハイブリッドのようだと伝えると、「まあ、本格派とは……」と苦笑いしながら、自身の持ち味を説明した。

「正直、自分が技巧派とも本格派とも思いません。それは他人が評価するものなので。やっぱり、ベースは真っすぐです。それをいかにちゃんとコーナーに、自分が思い描いているラインを出していけるかを意識しています」

 5月2日の日本ハム戦では、ストレートが140km に達したのは数球だった。それでも、左右両打者の内角を果敢に突き、外角のストレート、変化球の威力を相対的に高めていく。

 ただし、単にストライクゾーンを広く使えば抑えられるわけではない。当然、その裏には一流”技巧派”の技もある。

 阪神時代、一軍で活躍するために習得したカットボールは、西武に来てバリエーションを増やした。握り方は同じだが、リリースの際に人差し指と中指で少しひねりを入れ、スピードを落とす代わりに横滑りを加えようと去年から投げ始めた。

 捕手がカットボールのサインを出した時、自身の判断で投げ分けている。たとえば2日の日本ハム戦では、杉谷拳士の第1打席の2球目、このボールで三塁スタンドに飛び込むファウルを打たせた。

「あそこに飛んでくれるのは、自分のイメージどおりのボールを投げられているからだと思います。同じ軌道でも大きく曲がるとか、奥行きを使うのはすごく大事。自分にとって同じ球種でも、相手のイメージのなかで違う軌道になれば、それによって内角(で抑えるため)のスペースも広がると思うので」

 18.44メートルの距離で投手に対峙する打者は、ホームベースの約7メートル先で球種を判断しているとされる。それを投手が逆利用するのが、ピッチトンネルという攻め方だ。

 投手は打者から7メートルの地点くらいまで、異なる球種を同じような軌道で投げて幻惑させる。打者はフォーシームが来ると思ったら、実は球速差の少ないカットボールやツーシームで、バットの芯を外されるという具合だ。

 こうした打ち取り方をするために、榎田は理想的な球速差の球種を備えている。140km前後のストレート、135km前後のカットボールやシュート、130km前後のカッスラ(スライダーとカットボールの中間の球種。榎田はそう呼ばないが、便宜的に名付ける)、そしてチェンジアップとスラーブ(スライダーとカーブの中間の球種)だ。

「理想になりましたね。球速が近い球種を投げようと思っても、阪神の時にはできなくて、シュートやチェンジアップのほうが得意でした。でも、(球速差や変化量の)イメージを活かすならカットボールかなと思って投げ始めて、大きく変化するカットも投げられるようになって、横の幅と奥行きが使えるようになったという感じです」

 絶妙な球速差と変化量の違いを利用し、相手との駆け引きで打ち取っていく。たとえば2日の日本ハム戦の3回、好調の2番・大田泰示に内角を狙って投じたカットボールは真ん中に甘く入ったが、狙いどおりに高めを突けたことでレフトフライに打ち取った。

「前の打席でシュートを(センター前)ヒットにされ、前の試合ではちょっと腕が伸びたところを打っていました。だから、高さを意図して投げています。コースが若干、中に入ったけど、逆に低めであのコースだったら、もっと飛ばされていたかもしれません。高めなら(真ん中に入っても)腕が伸びないので」

 1球ごとに狙いを持って投げるから、たとえ打たれても切り替えやすい。同じく2日の日本ハム戦の4回、中田翔に本塁打を打たれた場面だ。

「内角に入ってくるカットボールを待っていると思い、真っすぐをエサにすれば振りにくると。それでインサイドの真っすぐがちょっと甘くなってホームランを打たれました。深読みじゃないですけど、そういう部分でうまく打たれたと思うけど、逆に言えばそんなに悪いボールではないので」

 中田に本塁打を打たれて以降、榎田は降板するまで15人の打者を無安打(1四球)に抑えた。その裏にあるのが制球力で、これには自身の心や体をどうコントロールするかが根底で関わってくる。

 榎田はあえて毎回、不安を抱いてマウンドに登るだけでなく、球種についても深い考えを持って投球している。たとえば「スラーブ」と考えることにも秘訣がある。軌道的にはカーブだが、カーブと考えると腕の振りが緩みがちなので、スラーブと定義することで鋭く振っている。

 以上が、榎田の超絶投球術だ。

 社会人から2010年ドラフト1位で阪神に指名された左腕は、これほどピッチングを突き詰めている。菊池雄星のように剛球を投げるのも一流投手の魅力だが、140kmのストレートで打ち取る榎田の投球術にも同じくらいプロの醍醐味がある。

「強いて言うなら、それをやらなければ僕は生きていけないので。今のボールがよかったから、もっとさらに(球速やキレを)ではなくて、今のボールが一番いいと思って、そのなかで打ち取れるように。

 そういう意味では、ファンの人も僕に求めすぎないようにしてほしいです(笑)。本当は10勝10敗くらいのピッチャーが、去年は11勝4敗をたまたましたと。気負わないようにするには、それくらいの気持ちがいいのかなと思っています」

 西武で伸び悩む投手たちは、常に100点満点を求めているようにも見える。しかし、プロで結果を残すには、60点の状態の時にいかに打ち取るか、という考え方も重要だ。

 ストレートの球速が時に140kmに満たない榎田は、なぜ勝てるのか――。ファンはあまり求めすぎず、西武の若手投手たちはその投球術に刮目してほしい。