府中市民球場の数少ない観衆は、頭上から降り注ぐ雨をさけるように屋根のあるバックネット裏上段へと席を移した。 一・三…

 府中市民球場の数少ない観衆は、頭上から降り注ぐ雨をさけるように屋根のあるバックネット裏上段へと席を移した。

 一・三塁側スタンドには控え部員やブラスバンドによる応援こそあるものの、球場全体の観衆は100人いるかどうか。そんな閑散とした雰囲気のなか、国士舘大の高部瑛斗(たかべ・あきと)は大記録に肩を並べた。



東都2部リーグで歴代最多安打記録を更新した国士舘大の高部瑛斗

 2打席連続で泳ぎながら変化球を拾って左中間に落とす二塁打を放ち、迎えた3打席目。高部はストレートを逆らわずに弾き返して、サードの右横を抜いた。

 このヒットは、高部が放った大学リーグ通算109本目の安打。それと同時に、東都大学2部リーグの、確認しうるなかでの歴代最多記録に並ぶ安打だった。これまでは阪神に在籍する陽川尚将が東京農業大時代に記録した109安打が、東都2部の最多記録とされていた。だが、そのことを高部は知らなかった。

「そうなんですね……」

 4月24日、専修大との2回戦を競り勝った試合後、高部は淡々としていた。まだ4年春のリーグ戦の半ばということもあり、通過点という意識が強いのだろう。

 たとえ高部が東都1部リーグの歴代最多記録の133本(中央大・藤波行雄/元中日)を超えたとしても、「2部」としての記録にしかならない。2部での記録を伸ばすということは、皮肉にも国士舘大が2部にいる時間が長くなることを意味する。

「基本的に2部は注目されません。でも、1部に上がるためにやっていますし、モチベーションは高く保っています。2部にいることをネガティブではなく、ポジティブにとらえています」

 東都大学リーグはそのレベルの高さと競争の激しさから「戦国東都」と呼ばれる。現在は東洋大、亜細亜大、國學院大、中央大、駒澤大、立正大が1部に所属。2部は青山学院大、日本大、国士舘大、専修大、拓殖大、東京農業大の6チーム。かつては春の1部優勝校が秋には最下位となり、入替戦に敗れて2部転落……という例もあった。

 力の差はさほどなくても、試合環境は大きく異なる。1部リーグは学生野球のメッカ・神宮球場で試合ができる一方、2部リーグは現在、東京、神奈川、埼玉のさまざまな球場で開催されている。高部が神宮球場で試合をしたのは、入替戦などごくわずかしかない。必然的に、人目につく機会は限られてくる。

 国士舘大の辻俊哉監督に高部の力量を聞くと、「見ての通りです」という自信に満ちた答えが返ってきた。

「天性の部分も、能力的な部分も十分にプロに入れるだけのものは備えています。もちろん、プロに入るような選手は高部のような選手ばかりなので、入ってみないとわからない部分もあります。でも、高部は野球が好きで、毎日でも練習しているような野球小僧ですから」

 辻監督は強打の捕手としてロッテ、オリックスで12年もプレーした経験がある。その元プロの監督をもうならせるのは、安打を量産するバットコントロールだけではない。大学リーグ通算24盗塁の快足も高部の武器である。昨年は、春秋リーグ戦27試合で13盗塁と荒稼ぎしている。辻監督は独特の表現で、高部に檄(ゲキ)を飛ばしているという。

「『今から走りますよ』と言ってから走っても、盗塁を成功させないといけないと高部には言っています。去年たくさん走った分、今年は警戒されるなかでいかに成功させるか。ピッチャーに牽制されることも増えていますが、その経験が今後に生きてくるはず。臆病にならずに走ってもらいたいですね」

 高部の名前が少しずつ知られるようになったのは、山梨・東海大甲府高時代である。3年夏の甲子園に出場し、1番打者として活躍。「スーパー1年生」として日本中から注目された清宮幸太郎(早稲田実業/現日本ハム)が甲子園初アーチを放った試合で、高部は東海大甲府のセンターを守っていた。華やかな舞台こそ経験したが、高部は決してエリート街道を歩んできたわけではなかった。

「中学(埼玉・越生ボーイズ)の時なんか、本当にパッとしない選手でしたから。実績も能力もない、たいした選手でもないのに兄が東海大甲府にいたので、くっついていくように入らせてもらったんです」

 強豪校でレギュラーとして甲子園に出場し、大学1年春からリーグ戦で活躍していても、高部の根本には「自分はたいした選手ではない」という原点が残っている。大学1年時は三振が多かったものの、猛烈な努力によってボールへのコンタクト能力を高めた。さらに上級生になるにつれ、ただ当てるだけでなく、力強くスイングができるようにもなってきている。

 高部にとって大きな転機になったのは、昨年12月に愛媛・松山で侍ジャパン大学代表候補強化合宿に招集されたことだった。

「みんなひとつひとつの動きが的確だし、プレーの質も意識も高いと感じました。見習うことも多かったです」

 参加した代表候補選手と自分のプレーを見比べるなかで、見えてくるものがあった。高いレベルでも通用する自分の武器もわかってきた。

「ミート力や走れるところは通用すると思いました。今までやってきたことは間違いじゃなかったと感じられたのは、収穫でしたね」

 外野守備、とくにスローイングの正確さに課題を残しつつも、高部が大学球界でも指折りの外野手であることは間違いない。そして秋のドラフト会議に向けて、高部は「指名がなければ野球をやめるつもりです」と悲壮な覚悟を口にする。

 話を聞いた翌日、高部は2部リーグ通算110本目の安打を放ち、あっさりと記録を更新してみせた。国士舘大はここまで2カードを消化し、勝ち点1で3位につけている。弱肉強食のサバイバル・リーグで、1部昇格の芽はまだ残っている。

 自身も東都2部リーグを主戦場としていた辻監督は、2部リーグで戦う境遇については「何とも思っていない」と断言する。

「2部だろうと、相手はいいピッチャーばかりです。レベルが低くて困ることもありません。逆に『1部の人間には負けない』という思いが強くなりますから」

 そして、その思いは高部も同じだ。非エリートだからこそ、エリートには負けたくない。高部は強い口調でこう語っていた。

「1部のヤツにはもちろん負けたくないです。『2部だから……』と思われたくもないですし、反発心を持ってやっています」

 2部リーグに現れた稀代のバットマンは、人知れず記録を積み上げていく。だが、その姿はきっと誰かが見ているはずだ。