「もう、『全部やってやろう!』と思いました。基本(のポジション)はシャドー(FWの背後)ですけど、ボランチに下がって、サ…
「もう、『全部やってやろう!』と思いました。基本(のポジション)はシャドー(FWの背後)ですけど、ボランチに下がって、サイドもやって、トップ下も。どのエリアもカバーしてやろうって」
ジュビロ磐田のMF山田大記は、明るい声で言った。その日、彼は八面六臂の活躍を見せた。組織としてたびたび起こる不具合を、個人で修正し続けている。
「これもいい経験ですね!」
山田はそう言って、ひとつ息を吐いた。

浦和レッズ戦で劇的な決勝点を奪ったロドリゲス(ジュビロ磐田)
5月4日、埼玉スタジアム2002。降格圏の17位に沈む磐田は、5位の浦和レッズと敵地で対戦している。
「磐田が徹底してカウンター狙いなのはわかっていた」
浦和の選手たちがそう洩らしたように、磐田はとことん受け身で戦っている。能動的なボールプレーはほぼ捨てていた。どのようにボールを動かし、相手をずらし、受けるのか。その工夫はほとんどなかった。組織だっていないために、そこにかまければ後手を踏むのはわかっていたのだろう。たとえばバックラインは、選手の距離からして近すぎ、戦術的な練度の低さは明らかだった。
「(磐田は)プレッシャーもバラバラというか、決められていない感じだったので、その点は楽だった」(浦和・DF鈴木大輔)
浦和は3バックの右に入った鈴木大輔が、右サイドぎりぎりまで張り出し、その局面を制することによって、全体を優位に動かしていた。鈴木はまず、磐田のルクセンブルグ代表FWロドリゲスを封殺。そして斜めに入れるパスの質は高く、磐田をしばしば混乱させていた。前半43分には、カウンターから猛然と攻め上がると、山中亮輔がインサイドに入れたボールに反応し、エリア内で倒されたように見えたが、笛は鳴らなかった。
磐田はゴール前にわらわらと人を集める人海戦術で、とにかく浦和の攻撃を耐えた。3-4-2-1というよりは、5-3-2に近い。それぞれが身体を張る籠城戦と言ったらいいのか、攻守ともにオートマチズムは見えない。攻撃はロドリゲスとアダイウトンを走らせるだけ。山田大記が前線で起点になったときは、前半から何度かチャンスに近づいたものの、単発に終わっている。
カウンターを打ち返すことで、シュート本数では浦和を上回ったが、連係面はノッキングが続いた。各ラインは間延びし、置き去りにされた中盤は、ずっと数的不利だった。
「(ビルドアップでの)ボール回しは厳しいですからね。自分が受けても(パス)コースはあまりないから」(磐田・MF田口泰士)
田口は追い詰められ、ショートカウンターを浴びるよりはいいと、遠目からシュートを打ってプレーを切っている。リスクを回避する安全策だろう。
後半に入っても、形勢に大きな変化はなかった。
開始早々、田口は鋭い出足でインターセプトした後、躊躇なくミドルシュートを打っている。その後も田口は遠目からシュート。相手のハンドで得たFKを直接蹴り込み、GKに冷や汗をかかせた。
磐田は山田、田口らの個人で組織力の欠如を補い、どうにか戦いを成立させていた。活路はほとんど見えなかったが、幸いにも浦和が選手交代のたびにパワーダウン。敵地で勝ち点1は可能な状況になっていた。
そして最後の最後に、勝負の天秤が傾く。
「自分たちは攻守ともに”攻撃的”に戦うことができた。それを90分間、やりとおしたことによって、相手のミスが転がり込んできたと思う。これからも、”攻撃的なサッカー”を貫きたい」(磐田・名波浩監督)
「最後まで得点を狙っていた」という意味では、アグレッシブだったということか。
後半アディショナルタイムだった。浦和は敵陣深くまで押し込みながらも、FWが弱気を出してGKまでバックパスし、それを受けたMFがさらにバックパスを選択。磐田のロドリゲスは、この瞬間を貪欲に狙っていた。怯んだ獲物に食らいつくようにボールを奪い去ると、GKとの1対1を冷静に左へ流し込んだ。
「自分たちが最後までディフェンスを頑張ったことで、それが圧力になってバックパスのミスを誘った。この1勝で我々は自信も取り戻せるだろう。まだまだ下位で、改善は必要だが……」(磐田・GKカミンスキー)
ミスを誘ったという点では、リアクションサッカーの真骨頂の勝利だったとも言える。勝利は勢いを与える。それによって、改善できる面もあるだろう。これで磐田は降格圏からも脱出した。
しかしながら、”転がり込んだ”勝利を、次につなげられるロジックはあるのか?
「今はこれしかない」
そう絞り出した選手の言葉に、磐田の現実は表出していた。