アヤックスは、古くから「育てて売るクラブ」として知られている。好素材を集め、商品に整えて各地に売りに出す。欧州市場…
アヤックスは、古くから「育てて売るクラブ」として知られている。好素材を集め、商品に整えて各地に売りに出す。欧州市場で加工貿易のような役割を担い、君臨してきた。今季終了後、現在のスタメン選手の大半が金満クラブに引き抜かれていく姿は哀れを誘うが、それがこのクラブの生き方なのである。
見返りは十分期待できる。彼らの価値はチャンピオンズリーグ(CL)の決勝トーナメントを勝ち上がれば勝ち上がるほど、上昇する。同様にクラブとしての価値、ブランドも高まる。アヤックスはいま、とてもおいしい立場に置かれている。
ビッグクラブとは基本的にスタンスが違う。CL優勝を狙っているわけではない。現在のメンバーは、ビッグクラブとは異なるコンセプトで集められた選手たちだ。その構成も微妙に違う。ピッチ上には、他にはない組み合わせが成立している。
たとえば前線4人の関係性だ。ダヴィド・ネレス(左・ブラジル)、デュサン・タディッチ(中央・セルビア)、ハキム・ジエク(右・モロッコ)。そしてこの3人を1トップ下の位置で支えるオランダ代表の22歳、ドニー・ファン・デ・ベーク。

トッテナム戦で決勝ゴールを挙げた若きオランダ代表、ドニー・ファン・デ・ベーク(アヤックス)
なんとも言えぬ顔ぶれだ。優勝を狙う他のクラブには集まりにくい4人。考えにくい組み合わせのカルテットなのだ。彼らが奏でる音色やリズムも、他とは全然違う。軽やかさもあれば、弾力性や粘り気もある。モッチリ感もあればシャッキリ感もある。新鮮で独得の味わいに満ちている。それに絶妙な選手間の距離やポジショニングが加わると、ボールの流れ方も意外性溢れる唯一無二のモノになる。
相手のトッテナム・ホットスパー(スパーズ)と比較すれば一目瞭然。こちらは好選手揃いとはいえ、”普通”だ。パワフルでスピーディではあるが驚きはない。どこかで見た覚えのあるサッカーだ。この日は、長身のフェルナンド・ジョレンテをスタメンで使ったせいなのか、空中戦に頼るイングランド的な単調さも目に付いた。
スパーズとアヤックス。ともに多国籍軍として括ることができるが、相手を混乱に導く無国籍感を漂わせていたのはアヤックスだ。この日の決勝ゴールが生まれた前半15分のシーンも、見る側の目を釘付けにする展開力に富んでいた。
ピッチの中央のジエクから大きなパスが、左のライン際を走るネレスに送られる。深い位置に侵入したネレスはスパーズのラインが下がったのを確認すると、中央で構えるラッセ・シェーネに返す。
左利きのモロッコ代表から、ブラジル代表の小柄な左ウイング経由で、デンマーク代表のベテランパッサーに大きな展開でボールが渡っていった。すると、その脇に再びジエクが登場した。狙い目はバックラインの背後を狙うファン・デ・ベーク。スパーズの左ウイングバック、ダニー・ローズはそれに気づくことができなかった。
GKと1対1になったファン・デ・ベークには、キックフェイントを2度ほど掛ける余裕があった。アヤックスはまさしく完璧な崩しを完成させたのだった。
後半、ホームのスパーズはさすがに盛り返した。3バックならぬ5バックをやめ、4バック(中盤ダイヤモンド型)に変更したことと、それは密接な関係があった。
スパーズはなぜ前半、ホーム戦にもかかわらず、アヤックスに攻勢を許したのか。原因はアヤックスが魅力的なサッカーを展開したからだけではない。問題点はスパーズ自身の戦い方にも潜んでいた。
元アルゼンチン代表のCB、マウリシオ・ポチェッティーノ監督は、従来から5バックになりやすい3バックを採用する監督として知られていたが、CLではオーソドックスな4バックで試合をすることもあったので、アヤックス戦はそちらを選択するだろうと思っていた。ところが蓋を開けてみれば、布陣は3バックならぬ5バックだった。危なっかしさはその布陣を見た瞬間から漂った。
スパーズとアヤックス。戦力で上回るのはどちらか。ブックメーカーの評価が高いのはどちらか。順当な結果とは何なのか。諸々を考えているうちに、ポチェッティーノ監督の脳内は、どんどん「絶対に負けられない戦い」に染まっていったのだろう。ホーム戦にもかかわらず、彼らは受けて立とうとした。意図的に後ろで守ろうとした。相手ボールに転じると、あっさり5バックになった。
これは負けてもやり直しがきくリーグ戦ではない。90分×2のホーム&アウェー戦ながら、一発勝負のトーナメント戦だ。間違いは許されない状況で、ポチェッティーノは後ろを固めた。自ずと攻撃力は低下する。様子をうかがいながら勝機を探ろうとしたのだろうが、このパターンはCLにおいて、たいてい失敗する。これは後ろで守る守備的サッカーが衰退した理由でもあるのだ。
その理由はさまざまだが、ひと言でまとめれば、攻撃のレベルが大きくアップしたことにある。守りを固めてもやられるケースが、90年代後半を境に目立つようになった。守備的サッカーの衰退は、後ろで守っても0点で抑えられる保証がなくなったことと深い関係がある。
アルゼンチン代表として20試合に出場経験があるポチェッティーノ。時の監督はマルセロ・ビエルサだった。ビエルサつながりで言えば、エスパニョール時代もポチェッティーノとは監督・選手の関係にあり、ポチェッティーノが監督としてキャリアをスタートさせたのもエスパニョールだった。
だが、両者のサッカーは似ていない。同門とは言い難い、水と油の関係にある。ポチェッティーノに似ているのはビエルサの一代前、1998年フランスW杯で監督を務めたダニエル・パサレラのサッカーだ。
ホームのスパーズがアヤックスに0-1で敗れる姿を見て想起したのは、その98年W杯準々決勝、マルセイユのヴェロドロームでオランダに敗れたアルゼンチン代表だ。なぜ守ってしまったのか、という疑問で一致する。
スパーズがファン・デ・ベークに先制ゴールを奪われたのは前半15分。守りにいったのに、わずか15分で失点したわけだ。残り15分で失点したわけではない。これは完全なプランミスなのである。
来週行なわれる第2戦には、この第1戦を累積警告のため出場停止となったスパーズのソン・フンミンが戻ってくる。戦力アップは見込める。5バックになりやすい3バックでは、さすがに臨まないだろうと思うが、今度はバックラインの背後を突かれる危険が生まれる。
第1戦も終盤、カウンターからネレスにポスト直撃弾を浴びているが、そうしたリスクを覚悟で前に行けるか。割り切れるか否かがポイントになる。数字の上ではスパーズは2-0でオッケーなのだが、4点ぐらい奪うつもりでいかないと、勝利の女神は微笑まないだろう。ポチェッティーノにその覚悟はあるか。