蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.63 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカ…
蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.63
サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎--。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。今回のテーマは欧州CLの準々決勝レビューと準決勝プレビュー。若手中心で勝ち上がってきたアヤックスの魅力を語り合います。
--今シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)は、トッテナム(スパーズ)、アヤックス、バルセロナ、リバプールの4チームがベスト4に勝ち上がりました。今回も、お三方に準々決勝を振り返っていただきつつ、準決勝2カードを展望していただきたいと思います。前回同様、4月30日(日本時間5月1日早朝)に第1戦が行なわれるトッテナム対アヤックスについてお聞きしたいと思います。
倉敷 スパーズと準決勝(第1戦4月30日、第2戦5月8日)で顔を合わせるのは、優勝候補の一角ユヴェントスを破ったアヤックスです。第1戦はホームで1-1、第2戦はアウェーで1-2の勝利。トータルスコア2-3で勝ち上がりました。

若手中心で快進撃を続けるアヤックス
中山 正直、アヤックスがユベントスのホームであれだけのゲームをして相手を圧倒したことに驚きました。確かにアヤックスは強いとは思っていましたが、あのスタジアムでユーベを圧倒することはバルサやマドリーでも難しいことですからね。
倉敷 第2戦では左サイドバックのヌサイル・マズラウィが前半12分に負傷交代するアクシデントがありました。しかし守備面を考えれば彼に代わって入ったデイリー・シンクフラーフェンのほうが安心できたと思います。
小澤 アヤックスは、第1戦でニコラス・タグリアフィコがイエローカードをもらって累積警告により第2戦を欠場しましたけど、倉敷さんはどう見ていましたか?
倉敷 実はタグリアフィコの不在でアヤックスの負ける確率が10パーセント近く上がった、と思っていました。マズラウィは攻撃的な良い選手ですが、守備面は時に淡白です。イライラしてカードをもらうこともあるので、監督も左サイドバックに誰を使うかは迷っていたはずです。負傷交代でしたが、結果として早いタイミングでシンクフラーフェンが入ったことはプラスだったと思います。
逆にユーベはパウロ・ディバラが前半終了間際に負傷し、後半からモイーズ・キーンが入りましたが、彼はディバラのタスクを受け継がなかった。いろいろなところに顔を出してくれる選手ではないので、フレンキー・デ・ヨングもパスを出しやすくなった。マッシミリアーノ・アッレグリ監督のこの采配は疑問に思いました。
中山 たしかに、第2戦で1-1に追いつかれたあとのアッレグリは何も策がなかったと言われても仕方ない采配ぶりでしたね。
倉敷 何もなかったと思います、意外でした。立ち上がりからユベントスはハイパワーのエネルギーを使っていましたが、こういう戦い方をすることにユベントスは慣れていません。それをせざるを得なかったところを見ると、アッレグリはアヤックスの若さに対して恐れを抱いていたのかもしれません。
ジョゼ・モウリーニョは「もっとフィジカルを重視して戦えばユベントスは勝てた」とコメントしていますが、ユベントスはタフに戦う時間が長い試合をほとんどしていませんし、マリオ・マンジュキッチもジョルジョ・キエッリーニも欠場していました。この試合でのユベントスのフィジカルはブレーズ・マテュイディに象徴されていましたが、むしろアヤックスの方が彼にガツガツと当たりにいった。エムレ・ジャンに対してもぶつかっていった。
かつてモウリーニョが率いたマンチェスター・ユナイテッドはマルアン・フェライニのフィジカルを使ってヨーロッパリーグ決勝でアヤックスを下しましたが、二の轍を踏まず、ユベントスのフィジカルな面のストロングポイントを逆に消そうと考えたエリック・テン・ハフ監督の采配は見事でしたね。
中山 アヤックスはユベントスの中盤3人とセンターバックに対して、かなり厳しくプレスをかけていましたね。そのなかで感じたのが、ユーベのキエッリーニ不在です。第1戦のユーベは、左センターバックにレオナルド・ボヌッチ、右センターバックにダニエレ・ルガーニを起用していましたが、アヤックスは左へのパスコースを消すようにディフェンスラインにプレッシャーをかけ、ボールがユーベの右サイドに流れるような守備をして、それが奏功しました。右サイドバックのジョアン・カンセロのボールロストから、ダヴィド・ネレスが同点ゴールを決めたシーンがその象徴と言えるでしょう。
それもあって、アッレグリはボヌッチとルガーニの位置を左右で入れ替えて、右サイドバックをマッティア・デ・シリオに変更して第2戦に臨んだと思うんです。結局、その策もうまくいきませんでしたが、もし左利きのキエッリーニがいたら左方向にもパスがもっと入ったと思うので、ボールの流れも違っていたのではないでしょうか。
倉敷 ボヌッチが戻っても、ユーベのセンターバックは足りなさそうですね。
小澤 是が非でもアヤックスのマタイス・デ・リフトを獲得したいところですよね。
倉敷 冗談じゃありませんよと言いたいところですが、デ・リフトは第2戦でアレックス・サンドロとルガーニを吹き飛ばして豪快なヘディングシュートを決めましたからね。あれでは高い移籍金がついても仕方ありません。クラブもあきらめているでしょう。ホントにあのインパクトはリバプールのフィルジル・ファン・ダイクにも負けない迫力でした。オランダ代表が強くなっているのも納得です。
小澤さんは、この2試合の勝敗を決めるポイントはどこにあったと見ていますか?
小澤 若さのみならず、自信と論理に裏付けされたアヤックスの守備戦術が一番のファクターだと思います。特に第2戦のユベントスはマンマーク気味にハイプレスを仕掛けてくるアヤックスの守備を混乱させるべく、ボランチのエムレ・ジャンとボヌッチのポジションを入れ替えるなど序盤から対アヤックスの工夫を見せてきましたが、アヤックスはそこで上手くゾーンの守備に切り替えてマークを受け渡すなど若い選手たちが相手と戦況をよく見てプレーしていました。第2戦をホームで戦うことができたとはいえ、前半28分にロナウドが先制点を決めたことでもう少しアヤックスの選手たちから焦りが見えると思っていましたが、全くそういうことはありませんでした。その意味では選手たちをここまでに仕上げたテン・ハフ監督の手腕は見事だと思います。
倉敷 アヤックスがチャンピオンズリーグのベスト4に勝ち上がったのは1996-97シーズン以来、実に22年ぶりのことです。ずいぶん待たされましたが、日本でも再びアヤックスファンが増えている様でうれしいです。ネット上では90年代のアヤックスを知る人たちが当時との比較をしていますが、若い世代には新鮮でしょうね。
中山 あの頃は、セリエAが圧倒的に人気を博していましたが、海外サッカー通でオランダ代表やアヤックスを好む人が多かったですよね。
倉敷 あの時代は優勝、準優勝、ベスト4と、3年連続でチャンピオンズリーグの優勝争いをしていましたが、最後はボスマン裁定の煽りをモロにうけて、育て上げた優秀な選手のほとんどを放出せざるを得なくなりました。そして、ひとつの時代にピリオドを打ったわけです。
しかし、長い時間をかけて財政を立て直し、現在はドゥシャン・タディッチ、ネレス、タグリアフィコなど、チームコンセプトに合う選手を補強できるようになり、それが現在の育成に値段の高い選手をプラスするというチーム構成のコンセプトになっています。
トップカテゴリーへの扉は常に開かれています。下部組織で育った選手は10代のうちからトップチームに上げ、テクニックだけではなく、フィジカルでも引けを取らない選手として成長させ、その選手を売り、新しい選手をトップチームに昇格させることを繰り返します。現在のチームに対し「桜の散り際が見たい」と応援してくれるファンの方も多いと思うのですが、実はもう次の花芽も膨らみかけているのがアヤックスなんです。
中山 準決勝のスパーズ戦が楽しみですね。
倉敷 どうなると予想しますか?
中山 勢いも含めて、アヤックスがファイナリストになる可能性は十分にあるでしょうね。ただ、ひとつこれまでと状況が違うのは、相手がレアル・マドリーやユベントスというビッグクラブではないという点です。アヤックスが完全なチャレンジャーとは言えない構図の試合に対して、アヤックスがこれまでと同じような戦い方をできるのか、という部分が見所のひとつになるのではないでしょうか。
ただ、スパーズはソン・フンミンが次戦出場停止で、負傷中のハリー・ケインが間に合いそうもない状況を考えると、前線の駒のやりくりがとても難しい。現状からすると、本来ウイングのルーカス・モウラしかいないのかもしれません。
小澤 個人的にはアヤックス有利と見ています。一人ひとりの選手の質はスパーズが若干有利だとは思いますが、グループ、チームとしての連携、成熟度、戦術はアヤックスの方が上です。レアル・マドリーとユベントスを倒してここまでたどり着いた今のアヤックスには勢い任せの部分が全くありませんし、逆にスパーズはハリー・ケインの負傷やそもそも選手層が薄い今季のチーム編成からして相手がアヤックスといっても全く楽観視できません。
倉敷 スパーズのファンは、アヤックスが相手なら勝てると思っているのではないでしょうか? もし、シティ戦のように追い込まれた感覚がない状態のスパーズとアウェーでの第1戦を戦えるなら、それはアヤックスにとって良いことのように思えます。監督や選手はそう思わなくともスタジアムのサポーターはどう反応するでしょうか?
追い込まれた状態でホームゲームを迎えるならスパーズのサポーターたちはものすごいプレッシャーをかけてくるはずです。アヤックスの選手たちもそういった雰囲気に慣れているはずですが、やはりティーンエージャーが多いので、影響は受けるでしょうね。
ソン・フンミンもいない、ファンも追い込まれてはいない雰囲気のなかで、アヤックスはどう戦うか? 監督のメンタルコントロールが注目されます。
中山 どちらも準々決勝はチャレンジャーの立場だっただけに、今回はどちらがその精神を維持し続けることができるかどうか。そこに勝敗の分かれ道があるような気がします。
倉敷 あとスパーズにはアヤックス出身の選手が多いので、そこも見所ですね。トビー・アルデルヴェイレルト、ヤン・フェルトンゲン、ダビンソン・サンチェス、クリスティアン・エリクセン。いずれも素晴らしい選手たちですが、後輩たちは良い意味で生意気なので、遠慮なくガンガン行くでしょう。とくにデ・リフト対アルデルヴェイレルト、またはデ・リフト対フェルトンゲンといったセンターバック対決は相当に面白いはずなので、セットプレー時は注目です。アヤックスの選手をまたまたスパーズが引き抜く可能性も十分にあるので、その辺りを記憶にとどめておくと夏の移籍に興味が増すことでしょう。
中山 スパーズは国内リーグでまだチャンピオンズリーグ出場権争いを繰り広げているので、その辺もPSVとリーグ優勝争いをしているアヤックスとの差はなさそうです。
倉敷 アヤックスは、オランダサッカー協会が直前のゲームを延期してくれたので第一戦を中6日とフレッシュな状態で戦えるアドバンテージがあります。ちなみに第二戦の前には、5月5日にオランダカップの決勝戦がスケジュールされています。これまで順延したらさすがにスパーズは怒るでしょうね(笑)。
決戦はもう目の前。どちらがファイナルに進出しても、今季のサプライズとして世界中のニュースのヘッドラインを飾ることになるでしょう。もう十分にファンの期待に応えてきた両チームですが、まだ夢を見続けられるのはどちらでしょうか。