多くのファンが待ち望んでいたホンダのアップグレードは、思いのほか早くやってきた。 第4戦・アゼルバイジャンGPで早くもスペック2を投入。年間21戦を3基で戦うには1基あたり7戦走らなければならないことを考えると、あまりにも早い2基目投…

 多くのファンが待ち望んでいたホンダのアップグレードは、思いのほか早くやってきた。

 第4戦・アゼルバイジャンGPで早くもスペック2を投入。年間21戦を3基で戦うには1基あたり7戦走らなければならないことを考えると、あまりにも早い2基目投入だ。



ホンダは4戦目にして早くもスペック2が投入した

 前戦の中国GPの週末には、すでにレッドブル陣営から「アップグレード投入」「20馬力アップ」の情報が流れ、既成事実のように報じられていた。

 しかし、今回のアップグレードは、それとは異なる。スペック2は性能の向上を目的としたものではなく、信頼性確保のための設計変更だ。

 ホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう説明する。

「ICE(内燃機関エンジン)の全体的な信頼性向上を狙って変更を施しています。変更を加えたのはICEのみです。パフォーマンスの向上は”若干”です」

 燃焼室の根本的な改良など、パフォーマンスを大幅に向上させるような開発アイテムはまだ完成していない。しかし、今回の信頼性向上のための開発に合わせて、手を入れられる箇所には可能なかぎり手を入れた。それによる性能向上が「多少」あるというわけだ。

 ただし、レッドブル側がリークしていたような「20馬力」といったレベルではない。田辺テクニカルディレクターは苦笑しながらこう語る。

「数字的にはそこまでじゃない。明日走ってみればどのくらいのものかわかると思いますが、目に見えてよくなるようなものだったら私も『それなりに上げました』と言いますけど、実際には”多少”です」

 もともとホンダは、信頼性向上のための開発を進めていた。しかし前戦の中国GPでダニール・クビアト(トロロッソ)のパワーユニットに予想外のトラブルが発生し、スペック1がはらむ品質管理上の問題も明らかになったため、今回の投入に踏み切った。

「今回入れた信頼性対策(の中身)はずっと準備してきていたもので、それ自体は中国GPのトラブルとは無関係です。ただ、あのトラブルをいろいろと見ていくと、品質管理的な部分で懸念があることがわかりました。

 そのトラブル自体はそのスペック1の問題で、スペック2で施した信頼性向上と性能向上はまた別の領域ですが、スペック2では(改良されて)その懸念は払拭されています。レースをリタイアすることになる要因は避けておきたいので、今回交換することを決めました」

 とくに、中国GPで2基目のスペック1を投入してしまったトロロッソの2台は、引き続きそれを使用するという選択肢もあったという。しかし、わずかでも性能が上がるのならそちらを選ぶというのが、レッドブルだ。

 そして、トータルパッケージでメルセデスAMGやフェラーリに劣っている現状では、「取りこぼしをできるかぎり少なくすること」が彼らのモットーであり、リタイアは最も避けたい事態。だからこそ、信頼性に不安のあるものを使うよりも、シーズン後半でペナルティを受けることを選ぶのは、難しい決断ではなかった。

「中国GPが終わってからトラブルの解析をしつつ、『次はこういう形のものを準備しているけど、どうしましょうか?』とチーム側と相談しました。先々の(ペナルティの)こともあるからスペック1を継続して使うこともできるけど、我々としては品質上の不明瞭なところがあるので、それをクリアにしてレースをしたいと。『そのクリアにしたもの(スペック2)はこういうパフォーマンスですよ』と話して、チーム側も合意しました。

 チームとしては、少しでもパフォーマンスが上がるなら使いたい。レッドブルもトロロッソも、完走すればいいポジションにいられるだけのパフォーマンスがありますから、(トラブルで)レースを失うようなことはしたくない。『きちんとレースを完走すること』が大きな目標です」

 こうしたホンダの姿勢は、レッドブル側にもポジティブなこととして受け止められている。

 レッドブルにとって最もほしいのは、1馬力でも多くのパワーであり、レースを失わない信頼性だ。いずれも昨年の彼らになかったものだ。

 そして、開発の末にメルセデスAMGやフェラーリに追いつくこと。すでに彼らは、2020年に眼を向けているとも言える。

 それに比べれば、年間4基目以降の投入時に科される最後尾スタートペナルティなど、彼らにとっては屁でもない。昨年何度か最後尾から表彰台に立っただけに、なおさらだ。

「ガッカリなんてことはまったくない。ホンダがそれだけプッシュし続けてくれているということだからね。去年何度かやったように、僕らは最後尾からスタートしたって表彰台に乗ることもできる。僕らにとって、ペナルティ自体は大きな問題じゃない。

 それよりも、シーズンが終わる頃にはパワーでメルセデスAMGやフェラーリに追いついているほうが余程ハッピーだ。そのために何基か多く使うのはまったく問題ないよ」(マックス・フェルスタッペン)

 ただ、レッドブルは、車体の問題点を完全に改善できているわけではない。根本的なグリップ不足の問題を解決するためには、スペインGPで投入予定のアップグレードパーツを待たなければならないからだ。

「マシン自体が何か間違っているとは思っていない。ただ単純に、グリップがもっと必要なだけ。その改善のためには、新パーツが必要だ。新しいパーツをマシンに組みつけるべく、チームは全力で努力している。その結果はいずれ見えてくるだろう。もちろん、どのチームもスペインGPに大きなアップグレードを投入してくるので、さらに優れた仕事をしなければならないけどね」(フェルスタッペン)

 バクーでは約2010m、時間にして約24秒間の連続全開走行となる長いストレートが存在する。ストレートの前半部分加速で威力を発揮しているフェラーリに差をつけられる可能性は大きい。

「メルセデスAMGと比べればその差は縮まっているからマシと言えるかもしれないけど、フェラーリと比べるとその差はかなり大きい。彼らが何らかの手段でうまくやっていることは確かなので、僕らもそのギャップを縮めるために努力しないと」(フェルスタッペン)

 中低速コーナーが連続するセクター1とセクター2は「レッドブル向きだ」とフェルスタッペンは言うが、現状のRB15がグリップ不足に苦しんでいるだけに、路面グリップが低くダウンフォースをつけるわけにはいかないバクーでは、苦戦を強いられる可能性もなくはない。

「路面自体のグリップが低いうえに、走りはじめはかなりダスティでもある。だから路面のグリップレベルが得られるまでに時間がかかるし、しかもウォールが近い。少しでもロックアップすれば、これだけグリップレベルが低い路面では簡単にウォールにヒットしてしまうことになる。そういう要素が、このサーキットをトリッキーなものにしている」(フェルスタッペン)

 だからこそ、アゼルバイジャンGPは毎年大いに荒れる。何が起きてもおかしくない。

 スペック2が投入されたとはいえ、パフォーマンスが大きく上がるわけではない。車体側も、根本的な問題解決は先になる。現状のレッドブル・ホンダでは、優勝はおろか表彰台を獲得することも、荒れたレースにならなければ難しいかもしれない。

 そんなクレイジーなレースを期待するのかと聞くと、フェルスタッペンはこう答えた。

「いや、退屈なレースであってほしいね。他を大きく引き離して独走の退屈なレースがいい。まぁでも、そんなことは起きないとも思う。いい週末になることを願っているよ」

 自分たちの現実を直視し、置かれた状況のなかでやれるだけのことをやる。それと同時に、彼らはもっと先の勝利に向けて、今できる努力を着実にしている。スペック2投入は、まだまだその初期の一歩でしかない。