カタールのドーハで行なわれているアジア陸上競技選手権大会。男子100m決勝で、桐生祥秀(日本生命)は、スーッと抜け出すとインレーン(左)側を確認しながらゴールラインを駆け抜けた。

「一応、僕の右側にいる選手には勝てると思っていたので、最後は『勝っていればいいかな』と思ってちょっと見ました」



ライバルがいなくなる中で、しっかりと勝利を掴み取った桐生祥秀

 桐生はゴール後、電光掲示板に結果が出る前、小さくガッツポーズをした。

「ゴールした時は勝ったかどうか、あまりわからなかったけど、とりあえずは『やったぞ!』というくらいの感じで(ガッツポーズを)やってみました。そのあとでコーチが日の丸を渡してくれたので、『あっ、勝ったんだ』と思ったくらいです」

 結果は追い風1.5mの条件のなか、10秒10で優勝。この大会の男子100mで、日本人初優勝を果たしただけでなく、今大会の日本人金メダル第1号にもなった。

「スタートしてから頭を上げるところの部分は、決勝より準決勝の方がよかった。それでも焦らずにいけたというのが、このレースの収穫だと思います。スタートであまり力を使わずに、後半にその分を持っていく練習も積めていたので、前半は準決勝よりよくなかったけど、その分後半は違うイメージで走れたかなと思います。この大会では、ぼちぼちできたと思うし、決勝でちょっとだけでもタイムをあげられたのはよかったです」

 桐生自身、アジアで行なわれる大会とは、これまであまり相性がよくなかった。4年に一度行なわれるアジア競技大会では、2014年、代表に選ばれたものの、太腿の肉離れを起こして欠場。さらに、昨年のアジア競技大会も日本選手権で3位に終わったことで、個人種目の出場は果たせず、リレーのみの出場だった。

 今大会は、9秒91のタイムを持つ蘇炳添(そ・へいてん)と9秒97を持つ謝震業(しゃ・しんぎょう)の中国勢が出場しなかったため、桐生の優勝の可能性は大きくなっていたが、山縣亮太(セイコー)や、昨年のアジア大会で山縣と同タイムの10秒00で競り勝って2位になっていたトシン・オグノデ(カタール)や、ジャマイカからの国籍変更をし、9秒94の記録を持つアンドリュー・フィッシャー(バーレーン)もいるという厳しさはあった。

 そんななかでも桐生は予選から、これまでにないほど落ち着いた走りを見せた。21日の予選は第3組のトップでゴール。全体では6番目の10秒29で走った。

 そして、22日の準決勝第2組では、「スタートでちょっと躓いてしまった」と振り返るが、予選と同じく、力みのないスムーズな走りを見せた。

「中盤から後半にかけては予選でやれなかったことができた」と、しっかり加速して追い風1.4mの条件で全体トップの10秒12で走って決勝進出を決めた。「今回は80m(付近)でいけたと思ったので、そこからは気持ちに余裕を持っていけた」と納得の表情だった。

 一方、この準決勝ではちょっとした波乱も起きていた。予選は2位で10秒22を出していたオグノデが後半伸びてこず、10秒32で全体の10番目のタイムで敗退したのだ。

 さらに決勝直前には、準決勝第1組で1位になっていた山縣が右ハムストリングに痛みが出て棄権。前回、17年大会の優勝者で10秒03を持つハッサン・タフティアン(イラン)も棄権していた。

 ライバルが一気に減り、手ごわい相手と言えば準決勝の同じ組で2位になっていた若いラル・ムハンマド・ゾーリ(インドネシア)と、第3組でトップになっていたフィッシャーくらいとなった。「ここで勝てないようでは世界では戦えない」という気持ちを持って、タイトル奪取を狙っていた桐生も、準決勝までとは違い、硬くなる要素も出てきていた。

 それでも桐生は、予選、準決勝と同じように力みのない走りで、うまく加速してゴールまで走り切った。

「今回は、自分に集中できているというのが一番ですね。他のレーンの選手がどうでも、自分の走りをしただけというか。今までは意識してもうまくできないところがあったけれど、レースでちょっとできるようになったかなと思えました」

 そんな思いと自信が重なったことが、冷静な走りを維持できた大きな要因だろう。

 14年以降、日本選手権でも優勝できてない桐生にとって、日の丸をつけた代表でのタイトル獲得は大きな意味を持つ。本人も「タイトルを取れたというのはでかいですね。今年からランキング制になって、ポイントレースになっているので、ここで大きく稼げたのは重要」と話す。

 だが、それだけではなく、今後の国際大会での評価も変わってくる。近年は、アジアの男子100mのレベルが上がってきて世界でも評価されてきているだけに、アジアチャンピオンという肩書があれば評価も上がり、ダイヤモンドリーグなどのレベルの高い試合に出られる可能性もあがってくる。

 桐生個人としてもうれしい優勝だったのは間違いないが、今後の東京五輪、それ以降を見据えたうえで、世界的に大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。