一瞬の静寂が訪れる。西沢樹選手(東京大学)が、相手のわずかな隙を突いた。彼の勝利を告げるランプが灯るまで、1分足らずの勝負だった。フェンシング競技にはエペ、フルーレ、サーブルという種類がある。中でも西沢が取り組むエペは、ルーツであるヨーロッパの決闘の名残を最もよく残しており、基本ルールは単純明快。足の裏を含む全身が有効面で、相手より先に突いた方が勝つ。だからこそ駆け引きが複雑になり、戦略が増える。一瞬で決着がつくスピード感や躍動感も大きな魅力だ。試合中は半身の姿勢をとり続けるため、片足に重心がかかり、選手たちは左右の腿の太さが異なっている。西沢もまた、競技特性ゆえの独特な体型により怪我をすることもあった。

彼とフェンシングとの出会いは、10年以上も前になる。4月27日公開の大学アスリート1日密着動画「THE STARS」の中で、競技にかける思い、取り組む姿勢などについて語ってくれた。その一部を紹介したい。「初めて剣を見た時、シンプルに格好良いと思った」。相手の剣にアプローチをかければ、身体の動きや剣の方向が読める。微妙な感覚を掴みながら、積極的に攻撃を仕掛けていく。戦略すべてを自分で展開できる面白さに引き込まれた。彼の優秀な頭脳が活かされているのは、フェンシングの戦略だけではない。実現可能な最大限の目標を立て、そこから逆算した努力を積み重ねること。それは、勉学も同じだった。文武両道を貫く西沢にとって、どちらか一つを選ぶという選択肢はなかった。フェンシングと勉学を同時進行するのではなく、時間を決めて切り替える。「両方諦めないこと」が彼のアイデンティティだ。

※授業を終えた後、体育館でストレッチに取り組む西沢

西沢の転機となった出来事がある。U-17代表として行ったヨルダン。横断歩道のない未舗装の道を、自動車を避けるように人々が渡っていた。危険に晒されている人たちのために、何かできることはないか。ここでも西沢は「海外インフラに携わりたい」という目標を立てた。そのために進路に選んだのは、東京大学。剣に一切触れず受験勉強に打ち込み、見事合格を勝ち取ったものの、私立大学に進んだかつてのライバルたちとは大きく差が開いてしまった。感覚を取り戻すまでには時間を要し、経験や普段の練習量、環境が劣ってしまう面もある。しかし、他大学にはない頭脳という最大の武器が西沢を強くした。卓球部と合同使用している体育館の一角、限られた時間の中で切り替えながら競技に励む。現在の目標は「春の大学リーグでチームを3部から2部へ昇格させる」こと。夢に向かって突き出した剣の先、そこに西沢にしか見られない景色が広がっている。

※大学アスリート1日密着動画「THE STARS」にて、西沢選手を特集しています。
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西沢樹(にしざわ・いつき)
東京都出身。180センチ、67キロ。本郷中学校・高校を経て、現在は東京大学法学部3年。「知名度の低いフェンシングの裾野を広げたい」という使命感に燃える、赤門が誇るエース。高校時代にはU-17代表に選出され、海外派遣の経験も持つ。持ち前の頭脳を武器に強豪校に挑む姿は、常にチームを鼓舞している。