4月19日、スーパーラグビー第10節が行なわれ、サンウルブズは東京・秩父宮ラグビー場に2016年の王者であるニュージーランドの強豪ハリケーンズを迎えた。 今年3月末、2020年のシーズンを最後にサンウルブズがスーパーラグビーから除外される…
4月19日、スーパーラグビー第10節が行なわれ、サンウルブズは東京・秩父宮ラグビー場に2016年の王者であるニュージーランドの強豪ハリケーンズを迎えた。
今年3月末、2020年のシーズンを最後にサンウルブズがスーパーラグビーから除外されることが発表された。スーパーラグビーを統括する「サンザー(SANZAAR)」対して、日本人選手たちは「サンウルブズの強さを見せたい」「外したことを後悔させたい」という強い気持ちで臨んだ。
今季パナソニックからキヤノンへ移籍した田中史朗
そのなかでも、とくに責任感を人一倍、露わにした男がいる。
「子どもたちの夢や希望になれば新しい世界も開けていくので、できるかぎり僕たちがそういうものを見せてあげたかった。子どもたちに世界の扉を閉ざしてしまって本当に申し訳ない。ファンの皆様にも申し訳ないですし、自分たちも本当に残念」
2013年に日本人選手初のスーパーラグビー選手となったSH(スクラムハーフ)の田中史朗だ。
スーパーラグビー参入4年目にして初の金曜ナイター試合ということもあり、秩父宮には今季最多1万6805人ものファンが集った。「グラウンドに入った時、すごく多くの方が見に来てくださっていたので、本当にうれしかった」。いつもより気合いが入ったと、田中は言う。
「フミ」の愛称でファンから親しまれている田中は、21番をつけて控えメンバーとしてベンチスタート。ところが、先発したSHジェイミー・ブースが負傷し、予定より早い前半27分からピッチに立った。
日本代表としてワールドカップに2度出場している田中は、サンウルブズのBKでは最年長となる34歳。スーパーラグビー68試合目という経験が、何よりも大きな武器だ。「おじいちゃんだけど、FWのコントロールがうまい」と、同じくベテランのLO(ロック)トンプソン ルークも田中を絶賛する。たしかに、接点周りで味方のFWを使いながらアタックする術(すべ)は、世界でもトップクラスだ。
今年のワールドカップを見据えて、休暇をしっかりと取った田中は2月から日本代表候補合宿に参加していた。その後、3月中旬にはサンウルブズへ合流する。田中が三洋電機(現パナソニック)に加入した時から師弟関係にある「ブラウニー」ことトニー・ブラウンHC(ヘッドコーチ)に請われたからだ。
サンウルブズを率いるブラウニーは、キックやパスを使ってスペースを攻める「スマートなラグビー」が信条だ。相手を細かく分析した結果、スペースの狭い方(ブラインドサイド)を執拗に突いてみたり、前に出てくるディフェンスに対してあえて短いパスを多用することもある。
その分析が功を奏し、サンウルブズは前半、試合の主導権を握った。強豪ハリケーンズ相手にWTB(ウイング)セミシ・マシレワが2トライを奪い、23-10で前半を折り返す。
サンウルブズのエースWTBマシレワは、トライ後に「江頭2:50」のモノマネを取り入れたパフォーマンスで有名だ。最近では、そのモノマネのあとに自身の愛称である「スネーク」のポーズも披露する。実はこのパフォーマンス、マシレワのハットトリックで勝った3月29日のワラターズ戦前に田中が教えたものだ。そこからマシレワは、3戦で計7トライと絶好調である。
田中は「グローカル(glocal)」という考え方を大事にしている。グローカルとは、グローバル(global)とローカル(local)を組み合わせた造語で、「Think globally, act locally.(地球規模で考えつつ、自分の地域で実践する)」の理念を象徴する言葉だ。これはサンウルブズや日本代表でも大事にされている言葉で、田中は昨年チームの「グローカル賞」に輝いている。
サンウルブズでは日本だけでなく、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、トンガ、フィジー、ジョージアと、さまざまなバックグラウンドを持った選手がいる、世界でもユニークなチームだ。そんな選手たちが分け隔てなくコミュニケーションを取って「ワンチーム」で戦っていく際に、「グローカル」な考えや行動は欠かせない。
「外国人選手と話していても、日本のラグビーが本当に好きという選手が増えましたし、みんな日本語でしゃべりたがります。ラグビーに関係なく、日本語で会話している外国人を見るのはうれしいですし、これぞラグビーのつながり、広がりではないかなとすごく感じられます」(田中)
大学時代からニュージーランドでのプレー歴がある田中は、率先して外国人に英語で話しかけ、チームの和を保つことに尽力している。マシレワのパフォーマンスを引き出したのも、ピッチ外での田中のファインプレーとも言えよう。
ただ、試合はサンウルブズのゲームキャプテンFL(フランカー)ダン・プライヤーが後半からいなくなったこと、相手のプレーの精度が上がったこともあり、23-29と逆転負けを喫してしまった。
一方、60分以上プレーした田中を見るかぎり、フィットネス面は十分に戻ってきているようだ。
昨年、ブラウンHCが「5年前の田中に戻ってほしい」と言っていたことを思い出す。5年前と言えば日本代表がウェールズ代表を下した頃だが、田中のパフォーマンスは群を抜いていた。34歳となったが、3度目のワールドカップに向けて徐々に調子が上がってきたように感じる。
ハリケーンズ戦では後半25分、相手ボールのスクラムでNo.8(ナンバーエイト)にタックルしてノックオンを誘った。そのプレーは、かつて日本代表を率いたジョン・カーワンが田中を「小さな暗殺者」と呼んだこともうなずける迫力だった。また、相手FLに危険なタックルを受けたあと、何もなかったようにプレーに戻る姿もチームを勇気づけた。
試合後、田中は逆転負けを喫したことに反省の弁を述べる。
「僕もミスをしてしまいましたし、リーダーがいなくなってパニックになってしまった。日本のラグビーはまだまだできるぞ、ということをファンの皆様に見せたかったのですが……」
それでも、日本ラグビー界のパイオニアは前を向く。
「今日も勝てなかったけど、いいパフォーマンスを見せることはできた。サンウルブズがいらないと言っている人たちに対して、新しい道が開けるかもしれない。次の試合も、これからも、可能なかぎり自分たちの最高のプレーを見せたい」
サンウルブズの次の試合は4月26日。田中が2013年から4年間在籍したハイランダーズ(ニュージーランド)と対戦する。
パナソニックで12年間プレーした田中は今シーズン、「新しい挑戦をしたい」とキヤノンへ移籍した。34歳になっても、ピッチ内外のアクションで日本ラグビーを引っ張っていく。