★遠藤航(前編) 3月31日、ベルギーの地で遠藤航がケガからアジアカップ以来約2カ月ぶりにピッチに戻ってきた。所属す…
★遠藤航(前編)
3月31日、ベルギーの地で遠藤航がケガからアジアカップ以来約2カ月ぶりにピッチに戻ってきた。所属するシント・トロイデンのプレーオフ2(※ )の初戦にスタメン出場。残り6試合(4月19日現在)のプレーオフを戦いヨーロッパリーグ(EL)への出場を目指している。
※ プレーオフ2=レギュラーシーズン7位から15位までの9チームに、2部リーグの上位3チームを加えた12チームで行なわれる。

シント・トロイデンのEL出場に向けて奮闘している遠藤航
筆者は、3月上旬にシント・トロイデンの練習場に向かった。遠藤はリハビリのため、全体練習から離れグラウンドを黙々と走っていた。練習中なので目が合わないようにひっそり眺めていたら、「お久しぶりです!」と息を切らしながら声を掛けてくれた。チームでも年代別の代表でも常にキャプテンを務めてきた理由が垣間見えた出来事だった。
元気に走っているものの、アジアカップで痛めたケガの具合が気になった。
「ケガはほとんど大丈夫です。今はまだアップとパス練習だけをやってますが、来週から復帰する予定(その後3月31日に試合に復帰)です」
アジア杯の準決勝(イラン戦)でいきなり倒れて交代したので、心配したことを伝えた。
「左のもも裏の肉離れでした。もともと右の同じ個所を負傷したことがあったので、ケガをした瞬間にすぐわかりました。もう絶対無理だと思ったので、そのまま交代しました」
ケガをしたものの1カ月にわたるアジアカップでは中心選手として躍動した。これまでも日本代表には選ばれていたが、コンスタントに出場した大会は初めてだ。
「森保(一)監督の立ち上げから呼んでいただき、移籍もあったなか、ずっとボランチでプレーしていました。アジアカップは、自分の中で大事にしていた大会でした。ここでしっかり結果を残せれば、『自分のボランチの立ち位置が見えてくる』のでは、という位置づけにしていた大会でした。
ケガは残念でしたけど、コンスタントに試合に出て代表選手としてプレーして、ある程度、結果を残せたことは大きかったです。決して満足はしていないですけどね」
チームの心臓とも言えるボランチで出場していたイラン戦までの試合では、1試合も負けていなかったことも自信につながった。
「アジアカップのみならず、親善試合からずっとボランチで出場し、その時からチームとして調子が良くて結果が出ていたので、それは自分の中で少しずつ自信にはなっていきました。
アジアカップでもアジア相手とはいえ、やはり難しい試合でしたし、勝たなきゃいけないプレッシャーや、大会ならではの雰囲気を感じながらも、しっかりやれて結果を残せたというのは成長につながったと思います」
浦和レッズからベルギーのシント・トロイデンには、昨年7月下旬に移籍を果たした。ベルギーに移籍をしてからさらに代表の中でのプレーが際立ったが、どんな成長があったのだろうか。
「一番大きいのはポジションの変化です。もともと代表では基本的にボランチをしていましたが、Jリーグではセンターバックやスリーバックの右をやったりしていたので、ボランチとしてずっとキャリアを積んできた選手じゃないんですよ。
代表では(浦和とは違う)ポジションでやるところに難しさや、やりづらさを感じていたんです。でも自分の中では、ボランチとしてやっと代表に入って、やはりボランチで勝負したいという気持ちが芽生えていたんです。
そして夏に移籍し、ベルギーではボランチとしてコンスタントに試合に出て、代表でもそのままボランチでプレーできているのが一番大きいです。まだ移籍して半年強なので、これからボランチとしてさらに力を磨いていかなければと思っています」
どこのポジションでもできるユーティリティーな部分が強みでもあったが、ボランチへの強いこだわりがあったのだ。シント・トロイデンの立石敬之CEOからも遠藤のボランチへのこだわりを聞く機会があった。
「日本では、スリーバックと後ろ寄りでやっていましたよね。シント・トロイデンに加入する際に、遠藤から『ボランチで勝負したい』と最初に言われたので、うちでやるならボランチか右のサイドバックだよとは伝えていました。
そのポジションで今やれているのは、彼にとっていいことだと思いますし、ポジションの適正やベルギーでフィジカルの強い相手に対しての慣れもあり、成長していると思います」
複数のポジションをやっていた経験があるからこそ、サイドバックやセンターバックの気持ちもわかる。
「もともとは守備の選手なんで、やはり後ろの選手が求めていることはイメージしやすいです。それにプラスして、ボランチは前とも関わらなきゃいけないので、前の選手の生かし方はより考えなきゃいけないんです。ただ、基本的にはやはり後ろの選手をいかに助けられるかというところは常に考えているし、トライしています」
ポジション的に攻守において指示を出さないといけないシーンが多いだろう。遠藤にとって初の海外リーグということもあり、適応に時間がかかったのではないだろうか。
「最初はやはり言葉の壁がありました。ひとつ落としてもらうボールを何と言ったらいいのか、まずはそこから教えてもらう状況でしたので、言葉の面で慣れるのに時間はかかりました。
もちろん、特に大事なのは試合で結果を残すことだと思っていましたので、最初の試合に出場するまでは気持ち的にナーバスになっていました。そういう状況で、デビュー戦で得点を取れたことは自分の中で大きかったんです」
海外では点を取るなどのわかりやすい結果を出さないと認められにくい。特別に何か意識していたことはあるのだろうか。
「意識はしてないですけれど、結果を残してなんぼだと思ってましたので、それが目に見える得点という結果として出たのは自分でも驚きではありました。点を取ること以外にも、周りから受け入れられるためには、しっかり自分のプレーを見せることが大事だと思ってやっていました」
日本では浦和レッズや日本代表の遠藤ということで、周りから一目置かれる存在であった。
ベルギーでは、ほとんど誰も遠藤航という名前を知らない中、どんな想いで初めての練習に参加したのだろうか。
「ベルギーでまた新たな戦いが始まると思っていたので、そういう割り切りがあったからこそ変なプライドもなく、ゼロからのスタートでここにいる人たちを認めさせるという気持ちで入りました」
日本で活躍していても海外にフィットできずに帰国していった選手もこれまでに大勢いる。異国で選手として認めてもらうために必要なことは、これまでの経験から理解していた。
「プレーでしっかり示すことができれば、おのずといい選手だと周りの選手たちも思うだろうし、僕も日本でプレーしていた時に、外国人選手が加入した時は、まず最初の練習や最初の試合でどういう選手なのかを見ていましたからね。そのため初日の練習や試合はすごく気を遣っていました」
第一印象は重要だ。初めにインパクトを残せると、少しミスをしたとしても調子が悪いだけだろうとポジティブに思われるが、第一印象が悪いとすべてがネガティブに評価され悪循環に陥っていく。
そもそも海外志向だったのだろうか。
「18歳くらいからずっと、海外へ行きたいと思っていました」
プロになってからはそこまで見られなくなったものの、中・高の少年時代はプレミアリーグなどをよく見ていた。
「もともとブンデスリーガやプレミアリーグが好きでした。最終的には行きたいですけれど、いきなりプレミアというのはなかなか難しいと思ってました。僕がプロに入ってからブンデスに日本人選手が多く行き始めて、自然とそこを目指すようになっていったんです」
ベルギーリーグに行こうと思ったことは一度もなかったので、シント・トロイデンのことはまったく知らなかったという。
「海外志向が強かったため、海外からオファーが来そうだと思った時点で、『行きます』という姿勢だったから、あまり悩まなかったです。そう言ったら浦和に対して失礼に聞こえちゃうかもしれないですけど、浦和にリスペクトがあるうえで、自分の中では海外でやりたいという強い信念があったので、迷いはほぼなかったんです」
2018年のロシアワールドカップではメンバーには選ばれたものの、出場機会は訪れなかった。この悔しさが海外に移籍する引き金になったのだろうか。
「それはワールドカップだけじゃなくて、ずっと感じていたところでした。たまたまワールドカップがあって、もちろん(試合に)出られない悔しさもありましたけど、やはり海外でバリバリやっていないとワールドカップのピッチに立つのは難しいというのは理解していました。
もっと早くに海外へ行って、しっかりボランチとしての経験を積んだ状態で、ロシアで試合に出ているというのがイメージしていた一番の理想像でしたが、そこは現実もしっかり見ながら、これからまた経験を積み上げていければと思います」
(後編につづく)