オーガスタの18番ホールは、ハートブレイクヒル(心臓破りの上り坂)である。ティーグラウンドからグリーンの真ん中までの高低差は、なんと20mもある。成績の悪い選手にとっては、つらく、厳しい坂であり、優勝を間近にしている選手にとっては、ま…

 オーガスタの18番ホールは、ハートブレイクヒル(心臓破りの上り坂)である。ティーグラウンドからグリーンの真ん中までの高低差は、なんと20mもある。成績の悪い選手にとっては、つらく、厳しい坂であり、優勝を間近にしている選手にとっては、まさに”花道”となる。

 2019年マスターズ最終日。タイガー・ウッズ(43歳/アメリカ)は、2位のダスティン・ジョンソン(34歳/アメリカ)、ブルックス・ケプカ(28歳/アメリカ)らに2打差をつけての首位で、ここにたどり着いた。

 ファアウェーをグリーンに向かって歩んでいくウッズ。14年ぶりの優勝を目前にしている彼には、次の一打のことしか頭になかっただろう。でも、ギャラリーをはじめ、世界中のゴルフファンにとっては、まさしく感動的な上り坂のシーンとなったに違いない。

 そして、ウッズが最後のウイニングパットを決めると、大歓声がこだました。



マスターズを制して、完全復活を遂げたタイガー・ウッズ

「1995年にアマチュアとして初出場し、1997年に初優勝(その後、2001年、2002年、2005年に優勝)。そこから22年後に、またこうやって勝てるとは、感慨深い気持ちですよ。もちろん、苦労もあったからね。ほら、少し髪が薄くなっているだろ?(笑)」

 優勝会見の冒頭。ウッズは、静かに、ゆっくりと自分に話しかけるように語っていた。

 2005年以来、14年ぶり5度目のマスターズ優勝。それは、長い長い時間でもあった。

 膝や腰など、度重なる手術をこなしてきた。その間、スキャンダルにも幾度となく見舞われて、離婚や交通事故での逮捕など、プライベートでの失態も広く取り沙汰された。

「僕がマスターズの優勝に興味を持ったのは、1986年、46歳でジャック(・ニクラウス)が優勝したシーンを見たときです。当時、僕はまだ10歳の少年でしたからね。それでもその時の印象は強く、いまだに(脳裏に)焼きついています。

 彼が15番(パー5)で、第2打を4番アイアンで打ったシーンを見たとき、ショットの凄さもありましたけど、パトロン(ギャラリー)がものすごく喜んで、大歓声が沸いたんですよ。そのシーンが、僕にとっての大きなターニングポイントでした。『あっ、こうやってアイアンショットで果敢に攻めることで、みんなが喜んでくれるんだ』と」

 ウッズは、そのとき抱いた夢を実現。大活躍をして、世界中のゴルフファンを沸かすスーパースターとなった。

「あのときのジャックが46歳。今、僕が43歳……。なんだかうれしい気持ちですよ」

 あらためて、試合を振り返ろう。

 マスターズは3日目を終えた時点で、翌日のサンダーストームの予報があって、ひょっとすると「月曜日に最終日が持ち越されるのでは?」という懸念が選手や関係者の間で強まっていた。

 すると、マスターズ委員会は迅速に予定を変更。最終日は午前7時半スタート。アウト、インに分かれて、3サムでのラウンドに行なうことを決めた。

 マスターズでは、異例中の異例のことである。決勝ラウンドは2サム、ワンウェイが大原則の大会だからだ。

 そして、迎えた最終日。首位は13アンダーのフランチェスコ・モリナリ(36歳/イタリア)。2打差の11アンダーでトニー・フィナウ(29歳/アメリカ)とウッズ、3打差の10アンダーでケプカが続く。

 3人1組のラウンドとなったため、ウッズは最終組に入った。これが、ウッズにとっては、よかったかもしれない。目前の敵となる首位のモリナリがいたからだ。

 前半を終えて、13アンダーのモリナリが首位をキープ。それを、ウッズが12アンダーで、ケプカとフィナウが11アンダーで続いた。

 そうして、最終組が14番ホールを終えた時点では、12アンダーの首位には、ウッズ、ジョンソン、モリナリら5人が並んだ。しかも、1打差の11アンダーに2人、2打差の10アンダーにも3人が控えていた。

 モリナリは、12番に続いて15番でもダブルボギーを叩いて脱落。逆に、15番、16番と連続バーディーを奪ったウッズが14アンダーで単独トップに浮上。こうして、ウッズは2位のジョンソン、ケプカらに2打差をつけて、最終ホールを迎えることができた。

 ゲームの流れは、誰が勝ってもおかしくない状況だった。

 ウッズの楽勝ペースだったわけではない。むしろ、苦しい展開、紙一重の状況のなか、絶妙なショットやパッティングに救われたと言ってもいい。

 ただし、流れ的には”ウッズが優勝する”そんな空気感があった。それは、オーラである。ウッズ自身が発するオーラだけではない。オーガスタの森を囲むギャラリー全体のオーラが、ウッズのオーラに呼応するかのように、この日のゲームを包んでいた。

 とてつもない威圧。それが、他の選手の妙技を阻んだような気がした。

「本当に勝ててうれしい。僕はこの試合のために、6カ月前から照準を合わせてやってきたんです」と、ウッズは語った。

 6カ月前から照準を合わせる? それは到底、想像に及ばない。おそらくその難しさは、やった人間にしかわからないことだと思う。

「あの人なら、普通にやれば(マスターズで優勝する)そういう力がある人だと思うから」

 日本期待の松山英樹は、優勝したウッズについてそう語った。その松山は、残念ながら通算3アンダー、32位タイに終わった。松山は「ちょっとしたズレが修正できなかった」と言う。

 ウッズは、会見の中で「僕は決して諦めなかった。諦めないでやることしか、道は開けないんですよ」と言った。かつて、彼はこんなことを言ったこともある。

「僕の財産は精神力です。そして、僕の武器は闘争心です」

 43歳、タイガー・ウッズの優勝シーンを見た松山は今、何を思うのか。そしてこの先、どう取り組んでいくのか。いい刺激となっていることを期待したい。