プロドライバーとして一線から退く決断を発表したペター・ソルベルグ。想い出の多い日本のファンに向けてのメッセージをRALLY PLUSに語ってくれた。

──スバルから参戦したWRC活動の日々のなかで、特別な想い出は?
「特別な想い出は本当にたくさんあるよ。正直、あの日々のことについてなら一日じゅう話せるくらいだよ! 本当に特別なのは、もちろん、ウェールズで初めてのWRC勝利を獲得したこと(2002年)、でも、一番大きな思い出、そして決して忘れることができないものは、1年後に世界タイトルを獲得したことだね。




2003年のタイトル獲得は特別な想い出だけど、自分としては2004年の方が成績は良かったように思う。あの年は選手権で5勝をマークした。選手権順位はローブに続いての2位だったが、あの年もタイトルは獲れたかもしれないと思っている。あのインプレッサWRCが大好きだったし、本当に素晴らしかったよ。2005年のスウェーデンがあのマシンでの最後のラリーだったが、そこでも優勝した。正真正銘の勝利だった。

でも、スバルについては、勝ったことはもちろん、仲間のことについても話しておくべきだね。日本やプロドライブの人々は、誰もが本当のファミリーのような気分を感じていた。素晴らしいことだよ」




──ラリージャパンについての想い出はありますか?
「初めて日本で開催されたWRCで優勝しているので、いい想い出があるよ。1年後の2005年も優勝目前だったけれど、道の上の石に引っかけてしまい、最後のステージでリードを失ってしまった。

でも、2004年はいいラリーだった。最初のステージから最後までリードした。何より自分にとって重要だったのは、あのラリーがドイツでのクラッシュからの最初のラリーだったってことだ。

ラリージャパンには6回参戦したけど、毎回、本当に楽しかった。2010年が現時点で最後の開催だけれど、あの時も優勝目前だった。シトロエンC4 WRCをドライブしていて、セバスチャン・オジエが勝利を獲得している。彼は自分に対して15秒くらいの差で勝っているのだけど、自分はあるステージでジャンプスタートを取られ10秒のペナルティを受けていた。あのラリーは勝てるスピードがあったと思う。

日本は、雰囲気も人々も、食べ物も大好きだ。自分にとって特別な人々や想い出があり、ファンがいる。本当に本当に特別な場所なんだ。

日本が世界選手権に戻ろうとしていると聞いているが、それはとても重要なこと。トヨタがWRCに参戦しているし、日本の最高のファンにその機会を与えてあげなくてはならない。WRCが戻るべき、特別な国だ」

──日本のラリーファンとの特別な想い出はありますか?
「本当に素晴らしい想い出がたくさんある。帯広も札幌も、とても美しい場所だった。ラリーもかなりテクニカルで、時にはすごくトリッキーだった。

日本のファンは、ラリーへの情熱の燃やし方が世界でも例を見ないほどだった。自分たちで恒例のサインボードを作ったり、マシンのかぶりものしていた人たちがいたことを覚えているよ。ラリーを楽しんでくれて、それを思い思いに表現してくれているみんなのことが大好きだったよ。

すでにいくつか日程を発表したお別れツアーについては、まだ最終的なプランを練っているところなので、そのツアーで日本に行けるかどうかはまだ分からないが、いつか行きたいと思っているよ。日本での歓迎ぶりは信じられないほどだからね! それに、キャリアを通して応援してくれたみんなに“アリガトウ”を伝えるチャンスを作りたいと心から思っている」