【連載】チームを変えるコーチの言葉~平井正史(1) それはオリックスのキャンプ地ならではの光景だった。今年2月中旬、…
【連載】チームを変えるコーチの言葉~平井正史(1)
それはオリックスのキャンプ地ならではの光景だった。今年2月中旬、宮崎市清武総合運動公園。最大10人が同時に投球練習できる壮大なブルペンに入ると、通算284勝の球団OBで臨時コーチの山田久志(元・阪急)が各投手を見守っている。その視線の先、マウンド奥のスペースでは、投手コーチの平井正史がフォームをチェックしている。長年の師弟関係にある両者が、ともに後輩たちの指導に当たっていた。

現役時代は先発、抑えともに経験し結果を残した平井正史コーチ
オリックスは昨年4位ながら、チーム防御率3.69は12球団トップ。とくに救援陣は鉄壁の布陣を誇っていた。しかしオフには金子弐大(現・日本ハム)、西勇輝(現・阪神)が抜け、山本由伸が先発に再転向するなど、西村徳文新監督は投手陣全体の再編を余儀なくされた。試合中のブルペンを取り仕切る平井は、この状況をどうとらえているのだろう。かつて山田の指導でオリックスの抑えとなり、1995年のリーグ優勝に貢献した平井に聞いた。
「うちは金子、西も抜けて、若いピッチャーが多くなりました。今、ひと言で言うなら”投げたがり”がほしいです。怖がらず、やられることとか考えずに、『僕に投げさせてください』って言う選手がいっぱい出てきてもらいたい」
山本をはじめ澤田圭佑、近藤大亮、黒木優太と、25歳前後の投手たちは、体調に問題がなければ年間50試合を投げられる技量、力量の持ち主だ。十分に”投げたがり”だと思えるのだが……。
「いや、いることはいるんです。ただ、ブルペンに電話がかかってきて固まる選手というのは、自分のなかであまり信じることができない。不安だから隠れるんじゃなくて『オレが出ていく』ぐらいの気持ちを見せてほしいんです。もちろん、僕ら現役のときもありましたよ。電話がかかってきて、『あっ、オレじゃん。嫌やな、今日……』っていう時が(笑)。それでも、ブルペンっていう仕事はいつどんな状況でも投げなきゃいけないので、そこでスイッチがピッと入って、『ここはオレじゃないと!』ってなるぐらいの選手が僕は好きですね」
現役時代、平井のプロ初登板は1994年9月10日の対近鉄戦、無死満塁の場面である。まして同点の9回裏、一打サヨナラ負けという状況で、高卒1年目にしてマウンドに上がった。この時、当時の仰木彬監督に平井の登板を進言したのが、投手コーチの山田だった。
結果、最初の打者を三振に打ち取るも、次打者に犠牲フライを打たれてゲームセット。負けはしたが、失点を怖がらずに投げた。ランナーがいる、いないにかかわらず、目の前のバッターを抑えて3つアウトを取ればチェンジ、という意識が備わった。
「僕の場合、厳しい場面の方が集中できて、やりがいを感じていました。『ここで抑えたらヒーローだろ』と思うこともあったし、逆に『打たれたらしゃあない、代わるだけや』と割り切って投げられた。そういう意味では僕自身、”投げたがり”でしたけど、コーチとしては変な話、いつでも『はい、行きます!』ってどんどん行けるピッチャーばっかりだったら、基本的に楽なんですよ。でも、僕も経験した通り、なかなか常に同じ気持ちではいられないですから、そこは選手みんなにお願いして。『さあ行こう。やられたら次、後ろにおるから行ってこい。あとは任せろ、こっちに』ということは言ってます」
平井が21年間の現役生活にピリオドを打ったのは2014年10月。翌15年からオリックスの二軍投手コーチを2年間務め、17年から一軍に昇格した。同年は1年目の黒木、2年目の近藤が抜擢され、抑えの平野佳寿(現・ダイヤモンドバックス)につなぐ勝ちパターン継投が確立。苦境もあったが、シーズン終盤に若手投手陣が台頭。
オフに平野は海を渡ったが、日本ハムで実績十分の増井が加入して抑えにはまり、昨年のブルペンは充実した。この2年間トータルでは、平井による各投手への指導、監督への提案が実を結んだ部分が大きかったのではないか。
「まだまだ、僕はそこまではできていません。調子がよくない投手がいる場合には監督とベンチコーチに報告はしますけど、自分の仕事はあくまで、ブルペンのメンバーを100%、いい状態で保つことかなと。使うのは監督ですからね。それに、リリーフは1年、2年、3年と続けるのが大変なポジション。ですから、昨年によかった数字が今年、来年と続いていくとしたら、ブルペンの層は厚くなるはずです。しかしリリーフという職業は、継続していい結果を出すことが難しくなるという考えが、自分のなかではあります」
実際、17年に55試合登板の黒木は、昨年、安定感を欠くときもあって39試合。その一方で吉田一将が安定し、澤田の台頭もあり、黒木の不調は目立たなかった。ただ、今年2月のキャンプ序盤、黒木が右ひじ靭帯の炎症で離脱。2年連続50試合以上登板の近藤も、右ひじの張りのために一時は二軍で再調整となった。ブルペンの充実を維持できるか否か、そういう状況で平井は今季の開幕を迎えた。
「リリーフはスタートが大事なので、開幕して1カ月、ちゃんと流れをつくってあげられたら、1年、持つのかなと思ってます。というのは、リリーフのピッチャーはみんなそうなんですけど、たとえば、最初に1イニング投げて1点でも取られちゃうと、防御率が9.00になる。そこから数字を下げていくのは大変で、気分的に嫌ですよね、新聞とかに数字が載るので。逆に10試合、ゼロで抑えた後なら、1点、2点、取られても気分的には楽なんですよね」
短いイニングを投げるリリーフに特有の、防御率という数字を巡る悲哀――。平井によれば、球界を代表するような”守護神”でさえ、その数字を気にするものだという。
「現役時代の話ですが、ある先輩も防御率のことを言ってました。『開幕してすぐ2点取られちゃったよ。1点台に取り返すのに何イニング投げなあかんねん』って。1イニング投げて2点だったら防御率18.00ですからね(笑)。下手したら20点、30点になることもあるわけで、それはショックでたまらないです。その先輩に限らず、みんな言ってましたね」
このときの経験から、「とくにリリーフはスタートが大事」と、平井は選手たちに説いている。ただ、実績十分な投手になればなるほど、数字が悪くても”顔”で抑えられそうなものだが。
「それはあります、もちろん。ただ”顔”は毎年毎年の積み重ねで、その選手が見せた結果であり、財産であり、武器ですから。そうなるためには、何事も継続して取り組まないといけないのです」
つづく
(=敬称略)