開幕戦、1回表の初球が161キロのストレート。続く2球目も161キロ――4万人の観衆を飲み込んだヤフオクドームにと…

 開幕戦、1回表の初球が161キロのストレート。続く2球目も161キロ――4万人の観衆を飲み込んだヤフオクドームにとどろいたのは、大歓声よりも驚嘆のどよめきだった。

 3月29日、福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大がついに大台を突破した。2年連続で務めた栄光の開幕マウンドで”のっけから”快投を見せつけると、白星はつかなかったものの6回無失点と結果を残した。

 ただ、千賀には「真のエース」を期待するからこそ、周囲は手厳しい。投球回への不満の声は、当然本人の耳にも入っていた。すると、2度目の先発となった4月5日のロッテ戦では、3失点するも9回を投げ切った(試合は延長戦)。また、この試合でも160キロをマークした。

 じつは開幕戦の登板前に「千賀は160キロを超えますよ」と”予告”していた人物がいる。千賀がまだ背番号128だった頃から師事しているアスリート・コンサルタントの鴻江寿治(こうのえ・ひさお)氏だ。「鴻江スポーツアカデミー」の代表を務め、毎年1月にはプロ選手向けのトレーニング合宿を主宰。その合宿に、千賀はプロ1年目から毎年欠かさず参加している。千賀を最も知る鴻江氏に、今シーズンのピッチングについて聞いてみた。



今シーズンの開幕戦で自己最速の161キロをマークした千賀滉大

―― なぜ、千賀投手が160キロを超すとわかったのでしょうか。

「1月の合宿はフォームづくりがメインですので、捕手を座らせてピッチングを行なってもらいます。毎年彼を見ていますが、今年はとくに仕上がっていました。去年も悪くはなかったのですが、今年は格段によく見えました。

 簡単に言えば、体に合った使い方をする。すなわち、投手ですから投手の投げ方をする。そのように正しい動作のなかでピッチングをすることで、おのずと筋肉の質はよくなるのです。間違った形で投げてしまえば、ある箇所に負荷をかけることになるので、それは鍛えているのではなく消耗です。千賀投手は自身が”あし体”であることを理解し、それに沿った投げ方をしています。投げていくことが体の強化、最高のトレーニングにもつながっているのです。

 1月にしっかりと、その土台はできていました。2月のキャンプに入ると、投げ込む回数は増えます。つまり、体を熟成させる期間です。それを踏まえた上で3月のオープン戦を見ていたら、やはりスピードが上がっていました。

 最初の登板(3月2日の阪神戦)でそれまでの自己最速となる158キロをマーク。3月22日の広島戦では159キロまで達していました。だから、シーズンに入れば160キロを出すのは間違いないと思っていました」

 鴻江氏はさまざまな施術やトレーニングのノウハウから”骨幹理論”を提唱。人間の体は”うで体(猫背型)”と”あし体(反り腰型)”にわかれており、それぞれに合った体の使い方をすることで、その人が本来持つパフォーマンスを最大限発揮することができ、故障の予防も期待できるという。

「今のプロ野球界は”あし体”の選手が非常に多くなっているように思います。ひと昔前は”うで体”が大半でしたが、トレーニング法やマウンド、アンツーカーの部分が硬くなっていることなどが原因で、”あし体”の選手が増えたと考えられます。

 合宿やシーズン中のケアなどでたくさんのプロ野球選手と接することが多いのですが、そのなかでも千賀投手は”あし体”の最も理想的な投げ方をしていると思います。たとえば、走者がいない場面でもセットポジションから投げるのは、あし体の人は下半身から始動してタイミングを取る方がスムーズに体が動くからなんです。右足のかかとで『ポン』とリズムをつくってから左足を上げるのはそのためです」

 鴻江氏は”あし体”の投手(※右投手の場合)について、以下のような体の使い方を推奨している。

・左足を上げる際、つま先は地面の方に向けておく

・イメージの中で捕手(ミット)へ一本のラインを描く。その上を体、ボールが通っていく。起点は左腰

・軸足の右膝の内側にポイントを作っておく。捕手方向へ押し込む準備をしておく

・母子球から着地。かかとで体を回す

・踏み出す左足はインステップしても大丈夫

・腰は横回転となる

・グラブを持つ左手の甲を捕手に向ける

・最初に余計な力を入れず、ゼロから100のイメージ

・左足が地面に着いた時点から下半身に力を込め始める

・右腕は自ら振りにいくのではなく勝手に振れる

・指先は水を切るように、走らせるイメージ

・胸を張って、胸の前に壁を作る

・ストレートの握りは、通常よりも少し左側にずらして、中指がボールの中心にくるように握る(一見シュートのようだが、実際はシュートせずにボールにはタテの回転が生まれる。中指は指の中で一番長く、そのため最大限に指先の力をボールに伝えることができるのだ。これによって、千賀は球界トップレベルの回転数を記録するようになった)

―― 日本球界の最速と言えば、大谷翔平投手(エンゼルス)の165キロです。プロ9年目、ここにきて急成長を見せている千賀投手には、どんな未来が待っているのでしょうか。

「161キロが出たということが話題になっていますが、それは理想のフォームを追求するなかでも副産物でしかありません。彼自身も言っていますが、これまで球速表示にこだわって取り組んだことは一度もなかったですし、これから先もないでしょう。

 ただ、千賀滉大という投手は、まだまだ”のびしろ”があると思っています。彼は現在26歳です。今からですよ。人間の体は27歳を過ぎた頃から変わり始めると言われています。体が固まり、本当の意味で大人の体となっていきます。

 体が固まっていくことで可動域は狭くなり、スピード系からパワー系に変化していきます。だけど千賀投手はもともと人並み外れた柔軟性の持ち主です。これから筋力はしっかりついてくるでしょうし、狭くはなっていきますが柔軟性もある。可能性という意味では、ここから本物になっていくでしょうね」

 今シーズンはもちろんだが、来年には東京五輪も待っている。2017年のWBCで世界に衝撃を与えた「SENGA」が発揮する本物のピッチング。それが見られるのはこれからだ。