国内のMGC(マラソングランドチャンピオンシップス)シリーズは終了し、残るはワイルドカードを獲得できる4月30日までの国内外のレースのみ。現時点で、女子は14名の進出が決まっている。そのなかで、上位争いが期待されているのが鈴木亜由子(…
国内のMGC(マラソングランドチャンピオンシップス)シリーズは終了し、残るはワイルドカードを獲得できる4月30日までの国内外のレースのみ。現時点で、女子は14名の進出が決まっている。そのなかで、上位争いが期待されているのが鈴木亜由子(日本郵政グループ)だ。
昨年の北海道マラソンでMGCの出場権を獲得した鈴木亜由子
鈴木はこれまで、トラックの5000mと1万mで世界に挑戦し、世界選手権やオリンピックを経験してきた。昨年8月には北海道マラソンで初マラソンに挑戦し、2時間28分32秒で優勝。MGC出場権を獲得した。また、今年2月の丸亀ハーフでは初ハーフマラソンながら、日本歴代3位の1時間07分55秒で走り、持ち味であるスピードを見せつけた。
鈴木がマラソン挑戦を意識し始めたのは、2017年の世界選手権で1万mと5000mに出場したあとだった。入賞を狙った1万mで10位、5000mでは予選敗退だった。「あのあたりから、もっと違う自分の可能性を広げたい。そうなるとマラソンかな、と感じていた」と言う。
「最初は18年の冬にマラソンをやろうとしていて、チームメイトの関根花観ちゃんが(3月の)名古屋ウィメンズマラソンを走ったので、そこもあるかなと思っていたんです。でも、その冬は足の調子があまりよくなくて、見送りました。そうなると『暑い北海道かな?』という思いが湧いてきて、どうしてもそこで1本走ってみたくなりました。日本選手権前から考えてはいたのですが、(監督から)GOが出たのは、6月末の日本選手権の1万mが終わってからでした」
鈴木は、そこから本格的にマラソンの練習を始めた。
「7月にボルダーで初めて40kmを走ったんですが、精神的にも肉体的にも本当にきつかったですね(笑)。途中で『あと半分も体を動かし続けなくてはいけないんだ』とか、『ゴールをしなければ終われないんだ』と思って。止まれない競技だと実感しました」
春先に右足甲を痛めていたこともあり、高橋昌彦監督からは北海道マラソンを回避することも提案されたが、鈴木は「壊れたら、それも仕方ないこと」と挑戦することを主張した。
「最後には私が決めましたが、監督とはけっこう協議を重ねました。監督は私のスピードを生かせるところ(名古屋など春先のレース)で勝負させたかったようで、それは花観ちゃんで経験しているから『練習は絶対に失敗させない』とも言われました。私もその気持ちはわかったけれど、毎年のように冬には元気がなかったので、その中で練習をやって万が一というのもあるし。正直に言えば、ビビりですね(笑)。
北海道の場合、1位なら2時間32分以内、6位までなら2時間30分以内でMGCを獲得できるから、トライしやすかったのも事実です。高速レースよりもタイム的には緩いし、暑いのも好きだからいけるんじゃないかなという思いもありました」
まずは、2020年の東京五輪を見据えてマラソンに取り組む
初めて経験したマラソンは、練習より呼吸はきつくなかったものの、ラスト10kmで太腿の前側やふくらはぎに痛みが出た。
「単純に地面からの衝撃に耐えきれない状態だったので、力不足や練習不足を感じました」
ただ、中間点を1時間14分44秒で通過した時はこんなことを考えていたという。
「これで(タイムが)落ちなかったら記録はクリアできるんだ。たぶんこれより落ちることはないな」
そして、走り切ったあとはこんなことを思っていた。
「マラソンを走ると体には何かしらの異変が起きていると思うので、自分の体との対話が必要だなと思いました。まだ1回走っただけですけど(笑)」
北海道マラソンのあとは1カ月間走らない時期を経てから練習を再開し、駅伝も走った。そこからはとくに質を上げることなく練習を継続し、年末年始の徳之島合宿ではアップダウンのあるコースを走り込んだ。
冬シーズンにもう1回マラソンを走るという選択肢もあったが、「やるなら今度はもう少し準備期間が欲しい」と断念。その代わりに、1月13日の都道府県対抗駅伝で最終の10km区間を31分08秒の区間2位で走り、2月3日には丸亀ハーフで、日本歴代3位の記録を出した。
「都道府県の10㎞をいいタイムで走れた時は、マラソン練習で脚が前よりできている分、トラックで走っても後半に伸びる可能性を感じました。丸亀ハーフは、直前に足の具合が少し悪くなった中ではベストは尽くせたと思います。北海道マラソンだけだったら、私も監督もまだわからないところがあったかもしれないですが、監督も『ハーフでスピードを確認できたから、そこはよかった』と言ってくれました」
計画では、丸亀ハーフから2週後に行なわれる青梅マラソンで30㎞を走るという、1カ月強で3レースに出場する予定だった。
「青梅マラソンはコースもよくて、力をつけるにはいいレースだと思って出たかったんですが、10㎞とハーフで少し足に来ていたので、すごく悩んだけど一回立ち止まる勇気も必要だと思って断念しました。青梅まで走れなかったのは課題ですが、練習をうまく積み重ねていけばマラソンでも勝負ができる手応えは感じました」
9月のMGCへ向けては、マラソン練習をしながら、トラックレースかハーフマラソンを走っていくことになるだろうと話す。スピード練習も入れた方が動きがよくなり、心肺機能もある程度高められる。その感覚をつなげられれば、マラソンでの活躍も見えてくる。
「本当のマラソン練習はこれからだけど、動き自体は少しずつよくなってきている。故障の予防と並行してのフォーム改造は必須ですが、そこは今までイメージしてきたものがちょっとずつ私に合ってきた感じもあります」
MGCで五輪代表の座を獲得できれば、東京五輪までは暑い中でのレースが続くことになるが、「暑さは苦にならないというか、我慢できる」という鈴木。
マラソンをやろうと思ったのは、東京五輪を見据えたときに、勝負するならトラックよりマラソンの方が「可能性は大きいと思ったから」。ただ、東京五輪のあともマラソンを走るかどうかは、まだ考えが固まっていないのが正直なところだ。
「マラソンに対しては、まだまだ手つかずの部分が多いので、可能性があるということと、走っていると絶対に体に異変が起きるので、それに対していろんなアプローチができるというのが面白いです。どれだけ準備をしても、絶対に何かが起きると思うので、そのときにどれだけ引き出しを持っているかも大事だし、いろいろ考えられる。それに、ちゃんと練習を継続していけば絶対に結果もついてくると思っています。
ただ、現時点ではトラック競技もまだまだできる可能性があると思っていて、これまでもケガでやりたい練習を抑えることが多かったですが、『練習ができたらどうなんだろう』と思うところもあるので、そこまでやってみたいという気持ちもあります」
北海道マラソンを選択したことで、比較的低いスピードレベルでのマラソン練習となり、じっくりと脚作りができた。それが都道府県やハーフマラソンでの快走につながったと言える。その効果を考えれば、これからさらに高いレベルでのマラソン練習をじっくり継続していけば、これまで鈴木が課題にしていた脚作りもさらにできることになる。そうなれば、トラックでもマラソンでも、これまでよりもう一段レベルアップすることも可能だろう。
どちらかに専念するのではなく、「両方やっていきたい」と言う鈴木。彼女が東京五輪後に目指すのは、マラソンをやりながらトラックの記録もどんどん伸ばしていく、タフなランナーになることなのかもしれない。