蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.60 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカ…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.60

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎--。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。前回に続き、テーマは欧州CLの注目カード。今回は、近年、ともにCL優勝から遠ざかっているバルセロナとマンチェスター・ユナイテッドの一戦について。過去の対戦を振り返りながら、伝統ある強豪クラブ同士の激突を考察する。

--引き続き、チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝についてお三方に展望していただきます。今回は、カードのなかから、マンチェスター・ユナイテッド対バルセロナについて、両チームのラウンド16での戦いぶりを振り返りつつ、準々決勝をプレビューしていただけたらと思います。



今季、状態がさらに上向きになってきているメッシ

倉敷 4月10日にユナイテッドのホーム、オールド・トラッフォードで第1戦が行なわれるこの名門対決は過去に11戦の歴史があって、バルサが4勝4分け3敗とわずかにリードしています。

 この対戦が決まったときには、2008-09、2010-11のCL決勝を思い出したファンも多いのではないでしょうか。ローマで行なわれた2008-09のファイナルは2−0。エトーとリオネル・メッシのゴールでバルサが優勝。2010-11シーズンはロンドンのウェンブリーでファイナルが行なわれ、3-1でこちらもバルサがビッグイヤーを手にしました。

中山 2010-11はペップ・グアルディオラ対サー・アレックス・ファーガソンという新旧監督対決に注目が集まったなか、ペップがメッシを「偽9番」として起用した試合ですね。ユナイテッドも一度はウェイン・ルーニーのゴールで追いつきましたが、その策が奏功して最終的にはバルサが力の差を見せつけたという試合でした。

 ただ、当時と違って現在のユナイテッドにはあのときのようなビッグクラブのオーラが失われてしまっているので、かなり厳しい戦いを強いられそうです。

倉敷 では、両チームのラウンド16の戦いぶりを振り返ってみましょう。まずはユナイテッドから。第2戦ではパリ・サンジェルマンが圧倒的に有利だったはずですが、中山さん、何が起こったのでしょうか。

中山 サー・アレックス・ファーガソンの教え子であるオーレ・グンナー・スールシャール監督の神通力とか、ユナイテッド伝統のミラクルなどと報じるメディアもありましたが、個人的にはパリがユナイテッドにベスト8のチケットをプレゼントした、という表現が相応しいと感じます。通常ではあり得ないようなことが立て続けに起こり、論理的に説明できない試合でした。

小澤 とにかくパリは試合の入りの部分が悪かったですね。第1戦でアドバンテージを得てのホームでの第2戦ですから守備的に入ること自体は悪くないですが、チームとして集中力が切れたような入り方でした。すると開始早々の2分にいきなりティロ・ケーラーがあのようなミスをして失点します。当然、その後の全体の流れも悪くなってしまいました。それと、試合終了間際のPK判定がVARだったという点では、パリが毎年のように苦しめられているサッカー界の政治力が働いたのではないかという話も出てきそうです。

中山 最近、パリのアル・ケラフィー会長がUEFAの執行委員に選出されたので、順当に勝っていれば今回はベスト8の抽選で優遇されると予想していましたが、その前に敗退してしまったので、その予想は来シーズンに持ち越しです(笑)。

 とにかく不可解なことが多い試合でしたが、小澤さんがおっしゃったように、この試合のストーリーはすべてケーラーの凡ミスから始まりました。中央の状況をまったく見ないままバックパスをするなんて、なかなかあのレベルの試合で見られませんし、魔が差したとしか言いようがありません。2失点目につながったジャンルイジ・ブッフォンのミスも、経験豊富なレジェンドからは想像できないプレーでした。

 振り返れば、先制点を許した直後に追いついたキリアン・ムバッペの同点ゴールでさえ、このストーリーの流れを作ってしまったように思えるほどです。もし0-1のまま試合が進んでいたら、ブッフォンのミスもなかったような気もしますし、土壇場で勝者と敗者がひっくり返るようなストーリーは成立しなかったように思います。

倉敷 パリには悲しみのストーリー。でも、同情する気になれないのは一昨シーズン前のバルサ戦のことがあるからです。心からがっくりくるような大逆転劇を許した経験がありながら、そこから何も学んでいなかったのでしょうか。優秀な監督を呼んで、素晴らしい経験値を持つゴールキーパーを獲得し、どのような姿勢で第2戦に臨めばよいのか、準備は整っていたはずなのに。

中山 2年前はあの大逆転負けにサポーターたちはショックを感じていましたが、さすがに今回は怒りが爆発していましたね。とくにゴール裏のウルトラス(熱狂的なサポーター集団)は、直後に行なわれたマルセイユとのフランス・ダービーで応援をボイコットするとし、キックオフから30分間はホームのゴール裏スタンドをぽっかり空けると宣言しました。

 実際は、30分も我慢できず、15分くらいでゴール裏になだれこんできましたが(笑)。

倉敷 なるほど、微笑ましくもありますね(笑)。一方でユナイテッドのファンは、決してよくないチーム状況であっても勝負には勝つ、というファーガソン時代を思い出させてくれる、と喜んでいます。

中山 3ゴールすべてが自分たちで生み出したものではなく、パリにプレゼントしてもらったものばかりでしたし、内容的にも圧倒されていましたからね。そういう意味では、クローズアップされたのがスールシャール監督になるのもわかりますし、実際、就任後から彼は何か奇跡を起こしそうな雰囲気を醸し出していたことは事実だと思います。

倉敷 内容が良くなくても勝つのがユナイテッド。ファンたちがグローリーな時代の記憶を呼び覚ます試合だったわけですね。でも、そのリバウンドか、FAカップではウルブスに不覚をとり敗退しました(苦笑)。ベストメンバーとは言えないチームでパリに勝っておきながら、なぜ?という話です。まあ、ウルブスは大物食いなんですけどね。小澤さんは、スールシャール監督にどんな印象をお持ちですか?

小澤 可もなく不可もなくという印象です。ただ、監督としてまだまだ準備不足な印象は持っています。もちろん、古巣とはいえ、難しい状況のチームをシーズン半ばで率いたなかでのCL準々決勝進出はすばらしい功績ですが。

倉敷 スールシャールは正式にユナイテッドの監督に就任。マッシミリアーノ・アッレグリ(ユベントス)、ジネディーヌ・ジダン(レアル・マドリー)などいろいろな名前が挙がりましたが、ついにジョゼ・モウリーニョの後任が決まって、ファンはホッとしています。来季はセンターバックを中心に大型補強をするとか、ファンはすでにバルサ戦を通り越して来季を見ているようですが、どのように今季を結ぶかは大事です。プレミアでのトップ4入りとバルサ戦での印象が重要ですね。

 では、今度はバルサのラウンド16を振り返りましょう。小澤さん、第2戦でリヨンに完勝したバルサの印象はいかがですか?

小澤 レアル・マドリー、アトレティコ・マドリーの第2戦でのまさかの敗退劇を見たうえでリヨンとの第2戦を迎えたバルサですので、締まった試合の入りをして前半で勝負はつけました。ここぞというところの集中力、決定力はやはり欧州の中でも抜けている印象ですし、今季は何よりメッシのパフォーマンスレベルがまた上がっています。例えば、メッシは序盤からかなりスプリントでリヨンDFラインの背後のスペースを取りにいく、守備でも局面でしっかりとプレスバックして貢献していましたので、バルサの今季のCLにかける本気度がひしひしと伝わってきました。

倉敷 中山さん、リヨンはどこに問題があったのでしょうか。

中山 戦い方としては、2-2で引き分けたグループリーグ第5節のマンチェスター・シティ戦をイメージして、ナビル・フェキルを2トップ下に配置した3-4-1-2で臨んだのだと思いますが、そもそもリヨンがカンプ・ノウでバルサに勝つのは実力的に無理がありました。もちろんバルサの先制点につながったPK判定のシーンは、実際はルイス・スアレスのほうがジェイソン・デナイヤーの足を踏んでいたので、リヨンにとって不運な判定でしたが、仮にそのPKがなかったとしても勝つのは難しかったのではないでしょうか。

58分にリュカ・トゥサールのゴールで2-1とした直後は、「もしや?」という雰囲気も漂いましたが、結局はメッシの個の力にやられた格好です。再三好セーブを見せていたGKアントニー・ロペスが脳しんとうでベンチに下がった時点で終わりました。

それにしても、試合を決めるのはやっぱりメッシですね。しかも2-1になったあともバルサには余裕がありましたし、CLの常連という風格を感じました。そこが、若いリヨンとのいちばんの違いでしょう。

小澤 現在のバルサは、今シーズンのなかでも最もいい状態です。ラ・リーガでも2位アトレティコとの勝ち点差が大きく広がっていて、国内リーグのタイトルはほぼ手中に収めたと言っていいでしょう。CL準々決勝第1戦の前に予定されているアトレティコ戦を仮に落としたとしてもまったく問題ないと思いますし、ここからは選手起用も含めて多くのエネルギーをCLに注ぐことができます。

 それと、第28節のベティス戦ではアルトゥーロ・ビダルが左MFに配置されて新しい戦い方を見せてくれました。守備で4−4−2に可変するバルサですが、前線のルイス・スアレスとメッシのファーストプレスが機能することは少ないですし、彼らのプレッシング強度も弱いので、それを見越してベティスに対しては左サイドから中央までをプレーエリアの広いビダルにカバーしてもらう新戦術を披露しました。これがかなり機能していたので、今後のオプションになると思います。それも含めて、現在のバルサには死角が見当たりません。

倉敷 メッシはこの大会にかけるロナウドの鬼気迫る活躍を見て、闘争本能にバッと火がついたようです。天才をメラメラと燃えさせるものは同じレベルのライバルだけなんですね。今シーズンのファイナルが「メッシ対ロナウド」になったら熱いですね。

中山 今回は、UEFAがそれを想定したかのような組み合せになっていますしね(笑)。

小澤 最近は、メッシが頻繁にミックスゾーンでコメントしたり、試合後のフラッシュインタビューに登場するんです。これほどメディア対応に積極的なメッシは、ここ10年くらいで初めてだと思います。倉敷さんがおっしゃったように、メッシの今シーズンにかける思いは相当なものです。

倉敷 燃えるメッシのいるバルサにスールシャール監督はどんな対策を講じるでしょうか。中山さんはどのように予想していますか?

中山 大前提として、バルサはパリのようなヘマはしないでしょうから、ユナイテッドは相当に厳しい戦いを強いられるでしょう。確かにプレミアリーグでのスールシャールは選手が持っている能力をしっかり発揮させることができていると思いますが、リーグ戦とCLでは別次元の難しさがあります。

 たとえばオールド・トラッフォードで戦ったパリとの第1戦では、残念ながらスールシャール監督の采配に物足りなさを感じました。戦い方のディティールや試合中のベンチワークなど、CLで上位に進出するために必要な監督力の部分では、まだまだ経験が必要です。そういう意味では、メッシ封じも含めて、彼がどのような戦略でバルサに挑むのかが、この試合最大の見どころです。普通に4-3-3で挑んで、普通に負けたら、来シーズ以降のスールシャール体制も盤石とは言えないと思います。負けるにしても、その負け方が大事になりますね。

小澤 対バルサ、対メッシの対策というものは存在しないですし、奇策を打ったとしてもエルネスト・バルベルデ監督は簡単に違うプランを用意してきますし、それをピッチレベルで即座に遂行できるだけの戦術理解度も今のバルサにはあります。スールシャール監督もそれは十分理解しているでしょうし、ユナイテッドも個々人の選手の質では大きく劣っていません。ホームの第1戦もバルサにボールは保持されるでしょうが、コンパクトな3ラインでまずは守備から試合に入りカウンターとサイドからのクロス攻撃を徹底していけばそう大味な試合になることはないでしょう。CLの準々決勝ですからユナイテッドにも少なからずチャンスはあると見ています。

倉敷 スールシャール監督を得たユナイテッドは、CLにおけるミッションはほぼ完了と見て、この一戦にかける、というより国内リーグ戦に集中していくのではないでしょうか。トッテナム、アーセナル、チェルシーとの3、4位争いは最終節まで続くでしょうし、4位以上を確保できなければ新監督の高めの評価も落ちてしまうでしょうからね

 バルサ有利に見えていても、そこは欧州を代表する名門同士。この舞台で数々の名勝負を演じてきた両雄ですから、見応えのある2つの試合を期待したいですね。