過去、未来、現在で自問する!?
「過去に引っ張られない、というのが難しいのです」

野口啓代選手や楢崎智亜選手をサポートする東さんですが、メンタルの分野でどういった指導をされているのですか?

「メインのサポートはメンタルコーチングになります。メンタルコーチングはメンタルトレーニングと違い、本人の中にある価値観や感情など、潜在意識の部分を顕在意識へ引き出すというイメージですね。私たちはそれを“自分会議”と呼んでいます」

具体的にどういうことをするのですか?

「自分会議はタイムラインと言って、過去、未来、現在に飛んで、コーチが潜在意識まで深ぼる質問を投げかけながら今の自分の状況を整理する作業です。人生レベルで今、何が大事なのか?年間通してこの大会の価値は?その中でどう在りたいのか?どうなりたいのか?など、思考だけでなく五感で感じてセッションをします。例えばコンペシーンを思い浮かべてください。第1課題が登れなかったとします。この時、俯瞰目線で自分を見て冷静に“今、何が起こったのか”と、うまくいかなかった過去からヒントを得ます。次に“この先どうしたいのか”と、達成したい未来を感じたり、何が大事かを思い出したりして“じゃあ今、何ができるのか”という現在のやるべきことへ向かいます。この課題はこうチャレンジする、自分を表現する、会場と一体になる、ただただ登るなど、その状況によって答えが変わります。自分会議で自分との対話を促すために私が会議が深まる問いかけをし、自分の中にある答えを引き出して最終的なアクションプランを立てていきます。私の意見を伝えることはありますが、そこで私が2人にアドバイスをすることはほぼありません。その自分の中にある答えをどう引き出すかというのが、私のサポートになります」

野口選手の2018年シーズンは、その自分会議も充実していたのではないでしょうか?

「彼女は今シーズン、自分会議が非常にうまくいきました。どの大会にもすごく価値を見出して、うまくいかなかったところは次に活かし、捨てるところはそこで捨てていく。この過去を捨てる、手放すというのが難しいんですね。人は過去を引きずってしまうもので、そうなると前に進むことができません。でも彼女は必要なものだけを抜き取って、それ以外は手放すということを早い展開、高い質で行うことができました」

優勝した八王子W杯では彼女の思いの強さをすごく感じました。あの大会にはどんなメンタルの状態で臨んでいたのでしょう?

「年初の時点でシーズン前半のピーキングを八王子に置いて、自分自身ですごくプレッシャーをかけていましたね。あえてプレッシャーをかけることで価値を高め、日々の生活やトレーニングの質を大事にして準備をしてきました。この準備の質で気持ちの状態も決まります。気持ちが上がらない時は、だいたい準備の質が悪い時です。そういった意味で、彼女は非常に良い準備で八王子大会に臨むことができました」

楢崎選手の今シーズンはいかがでした?

「彼は本能的で、野性的で、自然体なところが魅力だと私は思います。変に大人になったり、周りに合わせ過ぎたりすると彼の良さが出なかったりするんですよね。世界選手権のボルダリング予選前日にセッションをしました。普段の彼は予選で泥臭く登ることがかっこ悪いというイメージがありましたが、その時に出た答えは違いました。そして予選の1課題目で、彼にとっては難しい課題ではなかったのに完登してガッツポーズをしたんです。その時のようにうまく気持ちがマッチすれば、彼らしくありながらさらに高いパフォーマンスが発揮できるかもしれませんね」

それは自分会議の質を高める必要があるということですか?

「質の高い振り返りによって過去を整理し、未来を描き、今どんな心で何をするか?にフォーカスできます。練習やトレーニングへのモチベーションも変わってきます。今シーズンはいろいろ模索し探求した結果、様々なヒントが見つかった1年だったのではないでしょうか。来年が本当に楽しみですね」

 

メンタルのブレを減らすには?

「想定外をイメージすることで

想定内を増やすことができます」

クライミングにおけるメンタルの重要性をどのように感じていますか?

「多くのスポーツはルールや環境がある程度決まった中で行いますが、スポーツクライミングのボルダリングとリードは課題による環境の変化が大きな割合を占める種目です。つまり“想定外が前提のスポーツ”なんです。選手のメンタルというのは想定内のことに対してはブレにくいですが、想定外のことには揺さぶられてしまいます。課題を見るまで何が来るかわからないというほぼ想定外のシチュエーションは他競技と大きく違います。また、体の使い方や感覚もかなり繊細なので自分の体の状態や感覚の変化を感じることも多いです。その点でメンタル面がかなり重要なスポーツだと思っています」

メンタルを揺さぶられると、クライミングにどんな影響が出るのでしょう?

「クライミングは動き自体もそうですが、呼吸の入れ方、重心の置き方、末端と中心の感覚、戦い方など、本当に繊細なスポーツです。繊細だからゆえに少しでもメンタルが揺さぶられるとうまくいかなくなってしまいます。例えば綱渡りをしているとして、感覚を研ぎ澄ませてバランスが取れていても『後ろからライオンが来ているよ』と言われたら途端に動揺して落ちてしまいますよね。クライミングはまさにそんな状況です。そのメンタルのブレを減らすために、想定外をイメージすることもやっています。想定外をイメージすることで想定内を増やすことができるので、それだけメンタルが揺さぶられる原因を減らすことができます」

登る時のメンタルというのは、落ち着いた状態に持っていく方がいいのですか?

「人によってまったく違いますね。イェルネイ・クルーダー選手のように感情が剥き出しの状態がいい人もいれば、野口選手のように自分の感情を感じながらコントロールする人もいます。自分の感覚がいい状態をどう作るかは、一概には言えない難しさがあります」

最後に、一般のクライマーにも取り入れられるメンタルコーチングはありますか?

「クライミングをやっている価値を引き出すことが大事ですね。続けているといつの間にか“登らなきゃ”という意識になり、なぜこの競技をやっていたかを忘れてしまいがちです。もともとはみんな、ただ純粋に登るのが楽しくてやっていたはずです。その感覚を忘れないために、自分の中でクライミングの価値観を整理して、引き出すようにしておくといいと思います」

 

東流“自分会議”のススメ
自分との対話で「価値観」「感情」「潜在意識」を表に引き出していこう

1.今、何が起きている?

何が起きていて、どんな感情なのか。俯瞰目線(鳥が上から自分を見ているイメージ)でまず感じよう。

2.本当はどうなりたい?

未来に飛ぶ感覚で、自由に理想の未来を描こう。描いた未来を自分の五感でありありと感じよう。

3.今、どんな心で何をする?

達成した未来の自分から今の悩んでいる自分にアドバイスを送ろう。そこから、今どんな心で何をやるべきか、ヒントが見つかるはず。あとは、具体的なアクションプランを描いて一歩一歩進んでいくのみ!

 
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