春は別れと出会いの季節である。2015年4月、大学入学を機にそれまで続けていた野球に別れを告げ、アイスホッケーという新たなスポーツと出会った男がいる。近藤伸哉(こんどうしんや・済4=立教池袋)。付属小・中学校上がりの“立教ボーイ”のこれまでの人生、氷上での大学生活に迫る。

マウンドから氷上へ


高校3年、引退試合でマウンドに立った近藤(本人提供)

小学生時代は、典型的な野球少年だった。漫画「メジャー」の主人公・茂野五郎に憧れ、3年生の時に地元の少年野球チームの門を叩く。投手として成長していく“ヒーロー”に自分自身を重ね合わせ、無心でボールを投げ続けた日々。「野球が楽しくて仕方がなかった」。

中学でも野球を続けた。だが、楽しい野球、自分のやりたい野球ができなかった。周りを見れば実力のある選手ばかり。投手としての出場機会を得られず、内野手に転向。レギュラーからも外れた。幼い頃に思い描いた選手像とかけ離れていく自分。高校に進学しても練習に身が入らず、大好きだった野球を「惰性でやっていた」。

人生の転機が訪れる。大学1年の春、新歓期間でのこと。体育会部活のパンフレットをめくると、アイスホッケー部のページが目に飛び込んできた。「かっこいい」。一目惚れだった。幼い頃のように、もう一度自分のやりたいことを全力で楽しめる経験を。バットをスティックに変え、マウンドから氷上の世界へ。氷が溶けるほどのアツい決意がそこにはあった。

愛するアイスホッケー


2018年12月29日、OB戦に出場した近藤

レギュラー定着のために、常に自分を追い込んだ。チームの練習だけでなく、他大学の部活やサークルの練習に自発的に参加。テスト期間中でも週5、6日は氷上に立った。部費や用具代はアルバイトで貯めたお金でやりくり。「アイスホッケーが好きだ」という気持ちが、日常の全ての原動力となった。

全てをアイスホッケーに捧げても、思い通りにはいかない。2年の春、同じFWの尾池(済4=沼田)、篠原(社4=立教池袋)、安保(法4=立教池袋)が試合に出始める中、自分はベンチから同期の活躍を見守った。「悔しかったし、心が折れた」。メンバーは固定化され、試合に出れない状況が続く。唯一のモチベーションは、氷上に立ち自分を表現できる練習の時間だった。

最終学年になっても風向きは変わらなかった。昨年5月、前十字靭帯断裂の怪我に見舞われた。自分たちの代が主力となり、少しずつ試合に出ることができていた中でのアクシデント。痛み止めを打ち、サポーターをしながらプレーを続けたものの、8月末の練習試合で相手と接触した際に再発。秋リーグ、インカレともに出場することができず、引退の日をむかえた。

レギュラー定着の夢は叶わなかった。だが、それ以上に大切なことを学んだ。「辛い4年間を過ごしたからこそ、悔しい気持ちをわかってあげることができたり、うまく行かなかった人にも、なんでできないんだとなるのではなく、弱い立場の人に優しくすることができるようになったと感じています(原文ママ)」。部員がホームページで日々の活動を報告する氷上奮闘記に、最後のあいさつとして記した。上手くいかなくても、同じような状況の仲間に寄り添う。人として成長できたことが、何よりの4年間の財産となった。


近藤直筆の「4年間満足度グラフ」。希望に満ちあふれた1年次、出場機会に恵まれない2・3年次、自分たちの代になり出場できるようになった3年次後期から4年次初期、怪我に悩んだ四年次の変遷を描いた。未来の自分は、期待を込めて右肩上がりに

表情は明るい


最後は直筆の色紙を手に笑顔。力強いガッツポーズを見せた

ヒーローに焦がれた少年時代、好きな野球ができなかった中高時代、アイスホッケーに“全力投球”だった大学生活。スーツ姿に身を包んだ近藤は、これまでの自分自身を笑顔で振り返る。目を細めて淡々と語るその表情からは、後悔よりも達成感が強く感じられた。

“素直に生きる!”。新しい生活をスタートさせる自分の信条、そして後輩たちへのエールとして色紙にペンを走らせた。「自分がやりたいことをやるべき。そうすれば、たとえ上手くいかないとしても後悔は無い」。

(3月31日 取材/編集:小根久保礼央)