「90分間で、足りなかったのはゴールだけだ」 サガン鳥栖の指揮官であるルイス・カレーラスは、誇らしげな顔で言った。 …
「90分間で、足りなかったのはゴールだけだ」
サガン鳥栖の指揮官であるルイス・カレーラスは、誇らしげな顔で言った。
スコアレスドロー。GKの好守で完封し、終盤にあった得点機を逃した。その言葉は事実と反してはいない。
しかし、どこか違和感があった。
「あとはゴールするだけだったのに」
横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督も同じように嘆いたが、その言葉の方がよほど腑に落ちた。

横浜F・マリノス戦では前線で身体を張り続けた豊田陽平(サガン鳥栖)
3月29日、日産スタジアム。鳥栖は、前節のジュビロ磐田戦でようやくリーグ戦初勝利を収め、最下位から15位に浮上して、7位の横浜FMの本拠地に乗り込んでいる。エース、フェルナンド・トーレスがハムストリングのケガで不在。磐田戦、交代出場で決勝点を叩き込んだイサック・クエンカも、膝のケガを抱えてのメンバー入りだった。
しかし皮肉にも、スペイン色が薄まったことによって、チームの調子は上向いていた。
開幕3連敗で崖っぷちに立たされたカレーラス鳥栖は、トーレスを温存したルヴァンカップの柏レイソル戦から、尹晶煥監督時代と同じ4-4-2というフォーメーションを採用している。鳥栖が伝統にしてきた布陣で、昨シーズン終盤、金明輝監督も用いて成功(3勝2分け)。ぎりぎりでJ1残留を果たした。
「前から行くぞ!」
柏戦は、ベテランFW豊田陽平を中心に選手同士で、そう話し合った。相手のパスを分断し、守備を旋回させることによって、どうにか1-0で勝利を手にした。その流れが、磐田戦も続いた。まずは前線からのハードワークで守備を安定させ、各選手が身体を張った。その結果、トーレスが負傷で途中交代し、退場者を出しながら、ひとり少ない状況でも、1-0で勝利を飾ったのだ。
「現実的な戦い方を選択している。そこは今の状況を理解し、我慢しながら」(鳥栖・高橋秀人)
スペイン人監督カレーラスは、信奉してきた4-3-3という攻撃的システムを、あっさりと捨てざるを得なかった。そもそも、サイドアタッカーと言える日本人選手がひとりもいない。センターフォワードだけが余るなど、チーム編成の問題もあるのだ。
「FWは守備で体力を使わず、前でボールを待て」
カレーラスはトーレスの負担を想定し、そう方針を打ち出していたが、現状を突きつけられた形だろう。
鳥栖は原点に立ち戻ったことで、戦える形にはなった。
しかし横浜FM戦も、前後半で20本ものシュートを打ち込まれている。
「90分間、ほとんどハーフコートでの戦いになった。どうすれば相手を崩せるか、というところで。大胆さが足りなかったのか、少し慎重にいきすぎたのか」(横浜FM・天野純)
ポステコグルー監督のプレーモデルは明確だった。GKがひとり余る形でビルドアップにおける数的有利を作り、サイドバックはインサイドにポジションを取って、中盤を厚くする。そしてインサイドハーフへ積極的にボールをつけ、コンビネーションでサイドを破る。MF三好康児を中心に、攻撃の渦ができていた。結果は得られなかったが、戦いの回路は垣間見えたと言えるだろう。
一方の鳥栖は、”守備練習”をしているに近かった。パス本数は半分以下だが、走行距離、スプリント数だけは上回っている。豊田、高橋義希、福田晃斗ら”古参組”の献身がチームを支えていたのだ。
「磐田戦も10人で勝つことができて、いい流れになっていたと思います。自分は今日の結果もポジティブに考えていますよ」
この夜、前線で身体を張った豊田は、その心境を口にしている。
「僕が出たら出たで、フェル(トーレス)やイサック(クエンカ)もそれぞれ、FWが自分の持ち味を出せばいいと思っています。今日のように(金崎)夢生と組むなら、自分は走ってボールを追い、潰れて、高さを活かし、夢生に得点を期待するというか。正直に言って、今はまず守備。攻撃の形まではいっていませんけど、試合の中で必ずゴールチャンスはあると思うので」
次節のベガルタ仙台戦は、トーレスが復帰する公算が高い。チームメイトも、「フェルはさすがケガにも慣れているのか。知識もあるみたい。自分のペースでリハビリもやって、すごい回復力を見せている」と洩らす。今後はクエンカのコンディションも上がってくるだろう。
スペイン人監督は、”スペイン色”を鳥栖にどう落とし込むのか。
「ここにいない選手については、一切、話をしたくない」
試合後の記者会見で、トーレスについて聞かれたカレーラス監督は、険しい表情で答えている。