今春の選抜高校野球大会(センバツ)には、あるトレンドがあった。それは「中高一貫校」が数多く出場していたことだ。

 中高一貫校とは、中学から高校まで6年間のスパンで教育するシステムの学校のこと。今大会に出場した中高一貫校のなかで強化策が顕著だったのは、札幌大谷(北海道)、星稜(石川)、大分高(大分)、明豊(大分)、日章学園(宮崎)である。初戦の先発メンバーを見ると、系列中学からの出身者は札幌大谷が6人、星稜が5人、大分高が7人、明豊が3人、日章学園が6人。



昨年秋の北海道大会、神宮大会を制し、センバツ初出場を飾った札幌大谷ナイン

 札幌大谷中と大分中は軟式野球部ではなく、リトルシニア連盟に所属する中学硬式野球部。2016年にそれぞれシニアの全国大会に春夏連続出場している。

 星稜中と日章学園中は、2016年夏に横浜スタジアムで開催される全日本少年軟式野球大会に出場しており、星稜中は優勝、日章学園はベスト8まで勝ち上がっている。明豊中は2017年夏の同大会でベスト8進出。つまり、甲子園に出場した球児の多くは中学でも結果を残していたメンバーだったのだ。

 中高一貫校のメリットとは何か。大分高の主将を務める足立駿はこう証言する。

「守備の連係はすごく取れていると思います。中学から高校まで継続できるので、完成度が高められます。コミュニケーション、アイコンタクトは他のチームより取れていると思います」

 大分高はセカンドを守る足立など、バッテリーを含めた内野6人全員が大分中シニアの出身者だ。松山聖陵(愛媛)とのセンバツ初戦では、大分高は鍛え抜かれた好守備を随所に見せ、4対1と守り勝った。

 とはいえ、大分高が中高6年間のスパンで強化に乗り出したのは、5年前と歴史は浅い。それまでは中学と高校の間に太い連携はなく、足立も大分中に入学した当初は「中学と高校がつながっていることすら知りませんでした」と語る。変革は2014年に同校に赴任した野田健二コーチの提案から始まった。

「せっかく同じ敷地で活動しているのですから、お互いにもっと入り込んでもいいのでは? と思って、いろいろと規定を調べたんです」

 大分高は内野手出身で、守備指導に定評のある松尾篤監督、大分中シニアはオリックスなどで投手としてプレーした岩崎久則監督が率いている。松尾監督には「ノッカーと選手の1対1の勝負」という守備へのこだわりがあり、選手たちもそんな野球にあこがれて入ってくる。そこで野田コーチは「中学では逆に打撃を強化して、高校で守備を伸ばせばいい」と考える。当初は中学野球部に籍を置いていた野田コーチがパイプ役となり、大分中高の連携を深めていった。

 2014年夏に大分高は春夏通じて初めて甲子園に出場する。当時の甲子園メンバー18人のうち、大分中シニア出身者は1人だけ。それが2016年夏に2度目の甲子園出場時には、18人中9人が大分中シニア出身者で占められた。そして今春センバツは18人中13人が大分中シニア出身である。

 昨年8月からは、野田コーチが中学・高校を巡回するコーチに就任した。日本高野連が定めた規定で、サブ指導者(副部長など)であれば中高共通のコーチは認められている。風通しは一層よくなったとはいえ、中高一貫校ならではの難しさもあると野田コーチは言う。

「マンネリ化をいかに防ぐかですね。中学、高校と同じ顔ぶれでやっていると、刺激がなくて行き詰まります。そこで外進生(高校から入学する外部進学生)の力が必要になります。彼らが活気を与えてくれるから、チームがさらに強くなっていける。だから内進生には『いかに外進生との壁を取り払えるかが大事だぞ』と伝えています」

 中高一貫校の最大のメリットは、中学3年夏の公式戦が終わった段階で高校野球部の練習に参加できるようになることだろう。私立学校の場合は中学・高校の学校長が同一人物であり、その承認が得られれば中学生でも高校の練習に参加できる。

 日章学園中でキャプテンを務めた稲森心は中学3年夏の全国大会で敗れた後、すぐに高校野球部の練習に参加したという。

「負けて次の日くらいから合流していました。夏休みに遊びたい気持ちは少しありましたけど、全国大会で負けて帰ってきて『今度は高校で甲子園だ!』という思いが強くなったんです」

 中学3年時の全国大会では、星稜中が優勝を飾っていた。日章学園もあと1勝すれば星稜中と対戦するはずだっただけに、対抗意識は強かった。それなら、いち早く高校野球に向けて準備を始めたかった。

 中学の軟式野球から高校の硬式野球に変わり、稲森が最初に戸惑ったのは「スピード感」だったという。

「ボール回しのスピード、ピッチャーの球のスピード、打球のスピード、走塁のスピード。何もかも中学よりもレベルが上がっていて、慣れるのに時間がかかりました」

 多くの中学3年生が受験勉強に励んでいる頃、中高一貫校の選手は高校生に混じって質の高い練習に取り組めるのである。この差は大きい。よく「高校野球は2年4カ月しかない」と言われるが、中高一貫校の選手は最大で丸3年間も高校野球ができるのだ。

 春のセンバツにこれだけ中高一貫校が出場したことは、決して偶然ではないだろう。センバツ出場校の選考対象になるのは、準備期間が短くどのチームも手探りの秋季大会である。そこで高校野球をすでに2年間経験し、しかも中学時代から連係を深めているメンバー中心で戦うチームが勝ちあがるのは、ごく自然ななりゆきだろう。

 一方、たとえ中学時代は目立たなくても、高校に入って突如開花する選手もいる。札幌大谷の背番号6をつける北本壮一朗は、中学時代は控え内野手だった。

「中学のときは身長が156センチしかなくて……。今はセカンドをやっている釜萢(大司)が中学ではショートのレギュラーで、僕はその控えでした」

 だが、成長のスピードには個人差があるものだ。中学から高校にかけて、北本は成長期のピークを迎える。身長は20センチ以上、体重は30キロ以上も増え、現在では身長181センチ、体重80キロと立派な体躯に育っている。

「中学3年の最後の大会が終わった1週間後に高校の練習に参加したんですけど、この中学3年の秋から高校1年の春までの期間で一番成長できたと思います。中学では控えでしたけど、体ができれば通用する自信はあったので、『高校では絶対にレギュラーを獲ろう!』と頑張りました。たぶん札幌大谷中から上がってきた選手で、一番うまくなったのは僕だと思います」

 北本は米子東(鳥取)とのセンバツ初戦で先頭打者アーチをレフトスタンドに叩き込み、チームを勝利へと導いた。昨秋の明治神宮大会を制した札幌大谷の勢いと実力が本物であることを印象づけた。

 そして中高一貫校の強みのひとつとして、忘れてはならないことがある。それは高校生の活躍を、中学の後輩たちがあこがれの眼差しで見つめていることだ。松山聖陵に勝利した試合後、大分高の野田コーチはこう言っていた。

「今日は大分中の部員たちもアルプススタンドで応援していました。彼らも『絶対に自分も甲子園でやってやる!』という思いを深めたはずです。甲子園という場所を間近で見て、いい刺激になったでしょう。今の中学1年生の代は九州の1年生大会で優勝していますし、これからが楽しみです」

 今後、センバツでは「春は中高一貫校」という定説が生まれるかもしれない。