3月下旬の花冷えの中、古野博人選手(日本大学)が厩舎に向かっていく。時刻は午前4時。相棒である桜陽の世話をするのだ。馬房の掃除に始まり、栄養剤が入った餌を与え、蹄に詰まった汚れを落とす。身体を撫でて異常がないか確認し、疲労や筋肉の状態も入念…

3月下旬の花冷えの中、古野博人選手(日本大学)が厩舎に向かっていく。時刻は午前4時。相棒である桜陽の世話をするのだ。馬房の掃除に始まり、栄養剤が入った餌を与え、蹄に詰まった汚れを落とす。身体を撫でて異常がないか確認し、疲労や筋肉の状態も入念にチェックする。19歳になる桜陽は、人間でいえば還暦に近いベテランだ。古野が桜陽と組むようになったのは、大学2年生の終わり。入学した年はほとんど試合に出られず、悔しい思いをしていた時期だった。選手が乗る馬は監督が決める。成績や相性次第で変更されていくが、“2人”は2018年3月に行われた三獣医大学大会、東都学生馬術大会を制すると、その後は破竹の勢いで大会首位の座を独占していった。しかし、桜陽は自分に乗ろうとする人間を観察する馬で、慣れるまでには苦労も伴った。遊び感覚で蹴られて、足を負傷したこともある。最初は怖かったが、悪いことをすれば目を見て叱り、毎日触れ合って調教していくうちに信頼関係が生まれた。

古野と桜陽が行うのは「馬場馬術」。ハーフパス(馬の方を先行させ、斜めに前足をクロスさせて前進する技)やピルーエット(馬が軸足を使ってその場で回転する技)などの美しさを競う。経路表に基づき、ラインに沿って正確に決まった技をこなせるかが鍵となる。心がけているのは、「自分が馬を邪魔しないようリラックスしてやってもらうこと」。桜陽は経験豊富なため、能力が存分に発揮できるような騎乗を意識する。馬とのコミュニケーションを大切にしている古野だからこそできることだ。

※桜陽について笑顔で語る古野(写真右)

彼の生活は、馬を中心に回っている。桜陽の世話は365日休みなく行うため、帰省や旅行はできない。プライベートで遠出することも難しい。それでも日本大学を選んだ理由は、名門であることはもちろん、「大好きな馬と常に一緒にいられることが嬉しかったから」。今、彼は馬の魅力を外部にも伝えようとしている。馬術部の練習場は閑静な住宅街にあるため、騒音や匂いなど、苦情を寄せられてしまうことがある。その中で、部員たちは周囲を清掃したり、乗馬体験会を開いて近隣住民との交流を図ってきた。馬術というと、乗馬のように“富裕層の道楽”というイメージを持たれがちだが、実際には「馬に合わせて」生活し、日々ひたむきに努力を重ねる、古野をはじめとした学生たちの姿があった。

団体スポーツは数多くあっても、動物と行う競技はほとんどない。言葉でのコミュニケーションが取れない相手と息を合わせることは至難の技だ。しかし両者に絆が育まれた時、人にとっては馬が、馬にとっては人が、最大の味方になってくれる。その証拠に、桜陽について語る古野の笑顔は輝いており、桜陽が古野を見つめる目もまた優しかった。

※大学アスリート1日密着動画「THE STARS」にて、古野選手を特集しています。
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古野博人(ふるの・ひろと)
福岡県北九州市出身。1997年5月23日生まれ。東筑紫学園高校を経て、現在は日本大学生物資源科学部4年。馬に興味を持つ環境に生まれ育ち、父の勧めで中学から馬術を始めた。2018年には桜陽に騎乗して全日本学生馬術大会を制した。相棒への感謝を忘れず、「前年よりも良い成績でダントツ優勝」を目標に、頂上を目指していく。