「デスパイネ」と呼ばれていることは、本人にとって不本意なのか。念のため確認すると、野村健太(山梨学院)は泰然と「イヤではないです」と答え、こう続けた。

「かといって、よくもないです。普通です」

 野村を囲む報道陣の間で笑いが起きた。札幌第一(北海道)との大事な初戦を控えた試合前取材。野村がまとう鷹揚な雰囲気は、またたく間にその場を支配した。


初戦の札幌第一戦で2本塁打を放った

「山梨のデスパイネ」こと野村健太

 最初にその名を呼んだのは、山梨学院の吉田洸二監督だ。入学当時の野村の体重は99キロ。独特の大物感を醸し出す野村に対し、吉田監督は親しみを込めて「デスパイネ」と呼んだのだった。

 デスパイネとは、ソフトバンクの大砲、アルフレド・デスパイネのことを指す。ひとたびバットの芯で捉えれば、どこまでも打球を飛ばすキューバの怪人。吉田監督には、そんなデスパイネと野村が重なって見えたのだ。

 昨夏の甲子園では、レフトスタンド中段に飛び込む特大弾を放ち度肝を抜いた。それ以来、野村の通り名は「山梨のデスパイネ」になっている。

 入学当初の野村は動きが鈍重で、その怪力をプレーに生かせていなかった。そこで、食事制限による減量に取り組み、体重を88キロまで減らした。甲子園球児の多くは大会期間中にホテル暮らしで体重を増やすものだが、野村は今でも「腹六分くらいまでしか食べられません」と語る。大好物の魚が朝食に出ることがささやかな喜びだという。

 野村は今春センバツ初戦・札幌第一戦でも、その怪力を見せつけた。打った瞬間にそれとわかるホームランを、左中間スタンドとバックスクリーン左にそれぞれ放り込んだ。野村の6打数3安打5打点の大暴れもあり、山梨学院は大会最多タイの24安打をマークし、24対5で圧勝した。

 試合終了後、甲子園球場内に流れる山梨学院の校歌をバックネット裏スタンドで立ち上がって聞き入る人物がいた。それは臨時コーチを務める小倉清一郎コーチである。横浜高(神奈川)時代は名将・渡辺元智さん(前監督)を支えた名参謀。松坂大輔(中日)、筒香嘉智(DeNA)ら数々の教え子に高い技術を仕込み、驚異的な分析力で対戦相手を丸裸にしてきた。現在はさまざまな高校の臨時コーチとして、全国を渡り歩いている。

 野村の進化は、小倉コーチとの出会いを抜きには語れない。小倉コーチは野村にこんなアドバイスを送ったという。

「0.1~0.2秒を大事にしろ」

 小倉コーチの目には、野村のスイングに欠陥があるように映っていた。小倉コーチが解説する。

「ステップしてからもバットを引くから、どうしても遅れるんだよ。球の遅いピッチャーならまだいいけど、速いピッチャーになると差し込まれちゃう。『トップの形を早くつくっておかないと打てないよ』と野村には言っているんですよ」

 小倉コーチは理論家の顔を持つ一方、歯に衣着せぬ強烈なキャラクターの持ち主として知られている。小倉コーチに初めて接する選手、指導者、取材者のほとんどが、その「小倉節」に強いショックを覚える。免疫のない野村もまた、例外ではなかった。

「最初はいろいろと言われてイヤだったんですけど、怒られ慣れて、今ではなんとも思わないです。すごい人なので、言われたとおりにやってみれば結果もついてきていますから」

 今春から小倉コーチのアドバイスどおり、トップをあらかじめつくって構えるフォーム修正に乗り出したものの、成果はもうひとつだった。大会直前になり、小倉コーチの判断で、手でタイミングを取る昨秋に近いフォームに戻した。センバツ初戦に2本塁打と結果は残したものの、野村に満足感はない。

「まだタイミングが遅れて詰まる打席が何度かあったので、修正していきたいです」

 小倉コーチに野村の将来性について聞くと、あっけらかんとこう答えた。

「馬力はすごいものがあるよ。でも肩はないし、足もない。大砲にはなるけど、プロとなるとどうかな。まずは大学に行ってからじゃないの」

 これは余談だが、山梨学院の対戦相手である札幌第一は、先発投手に昨秋の公式戦でわずか2/3イニングしか登板していない投手を起用した。明らかな奇襲戦法だが、山梨学院陣営はこの先発投手を完璧に読み切っていた。吉田監督と小倉コーチの情報収集力と分析力が生きた山梨学院は、初回に10得点を奪って試合を決めた。

 吉田監督の長男で小倉コーチの薫陶を受ける吉田健人コーチは、「2回戦以降ももちろん小倉さんのデータは生かさせてもらいます」と断言した。

 山梨のデスパイネの噴火はまだまだ続くのだろうか。札幌第一の試合後、またもや報道陣から「『デスパイネ』のニックネームは気に入っていますか?」と問われた野村はこう答えた。

「今こうして監督さんのおかげで名前が広まってくれたので、そこはよかったかなと思います」

 そう言ってニコッと笑うと、野村の口元からきれいに並ぶ歯列が白く光った。ちなみに、デスパイネの打撃フォームを参考にしたことは一度もないそうである。