写真:水谷隼/撮影:伊藤圭

「若手は飢えていてほしい」と日本卓球界の若手に活を入れる水谷隼。では本人が「一番飢えていた頃」はいつなのか。「一番つらかった」というロシア時代を紐解くと、水谷は驚きの年俸額について明かしてくれた。

「億超え」の真相

水谷が「一番変わった」と振り返るのがロシア時代での活躍だ。2013年から2017年までロシアリーグでプレーしたが、「あの時代が一番つらかった」と振り返る。

「まず言葉が通じないし、食事もね。それに移動距離だってハンパじゃない。当時、テニスの錦織(圭)が世界で一番移動してるっていうのをテレビでやってたんですけど、絶対僕だったんじゃないかっていうくらい。試合のたびにフライトで、日本とロシア、T2のマレーシアの3カ国をぐるぐる移動していましたから」




写真:水谷隼/撮影:伊藤圭

だが、北の地での孤軍奮闘は報われた。ロシアリーグでのUMMCでは全勝優勝、オレンブルグではヨーロッパチャンピオンズリーグで優勝という輝かしい実績を残した。「(2017年の)オレンブルクの頃からかなぁ。実は年俸は1億円を超えました」と打ち明ける。

実は水谷が卓球で飯を食っていくと決めた時から、目標に定めていたのが「億超え」だった。「ロシアとかで他の人の年俸聞くと1億超えてる選手がいるんですよ。たぶん海外だったらボルとかオフチャロフとかサムソノフとか。中国にもたぶん1億超えの選手はたくさんいる。日本でも最近の若手は増えてきているんじゃないでしょうか」

水谷が示唆するのは「卓球選手年収1億円時代」の到来だ。

水谷自身、過去のTV番組で、貯金が1億あると発言し話題になったが、「実はそれも少なめに言ったほうなんですよ」とこっそりと明かしてくれた。「一度、億を超えて以降はコンスタントに維持しています」というから驚きだ。

いい車に乗って、高級なレストランに行きたい。そんな欲があるわけではない。「ただ口座の数値ががーっと上がっていくだけ。じゃあ翌年はその数値を落とさないように頑張ろうって思うだけです」。自分がどれくらいニーズのある選手なのか、それを測る一番わかりやすい指標が年俸だっただけだ。

ベースが上がった卓球選手の年俸

スポーツの業界では、スタープレーヤーが誕生すると業界全体の活性化につながるのは事実だ。かつてはプロ野球界で、落合博満が「日本人初の1億円超え」プレーヤーになり、その後の選手たちの年俸に影響を与えたのは有名な話だ。自分が率先して業界を活気づける、水谷もそれを意識している。




写真:水谷隼/撮影:伊藤圭

「自分が納得する契約をさせてもらえることで、今は卓球界自体がかなり給料のベースが上がってきてると思いますね。10年前、僕は全日本で優勝して、ある程度活躍してたんですけど、そのときの給料は、今で言えば、ナショナルチームの中堅くらいの選手と同じくらいですから」。

自身が切り拓いたキャリアに続くように、若手たちが続々と台頭している。Tリーグも開幕し、今や、「卓球一本」で食っていくことは不可能ではなくなった。だからこそ「もっと貪欲になってほしい」と水谷は指摘する。「卓球で食っていくことが本当に現実的になってきた。1億円だって夢じゃない。そう考えると、Tリーグができたことは本当にプラスなこと。ロシア時代と比べると本当にありがたい環境ができた。でも、だからこそ貪欲に世界を見据えてほしいんですよ」と語る。



世界を知る男は自らの将来をどう考えているのか。2020年の「その先」をぶつけてみた。(続く)

文:武田鼎(ラリーズ編集部)