8月31日にバスケットボールの男子ワールドカップ(W杯)が中国で開催される。そして、9月5日には上海のメルセデス・ベンツアリーナで「ドリームゲーム」、つまり日本vsアメリカが行なわれる。日本バスケ界にとって史上最大のチャレンジだ。昨年…

 8月31日にバスケットボールの男子ワールドカップ(W杯)が中国で開催される。そして、9月5日には上海のメルセデス・ベンツアリーナで「ドリームゲーム」、つまり日本vsアメリカが行なわれる。日本バスケ界にとって史上最大のチャレンジだ。



昨年の9月に日本で開催されたイラン戦で出場した渡邊雄太

 アメリカ代表は言わずと知れた本家ドリームチームで、選りすぐられたNBAのスター選手がプレーする。日本とは比べようもないほど超格上。(FIFAランキング、アメリカ1位、日本48位)

 とはいえ、日本も過去最強の代表がW杯に出場する。2018年4月に日本国籍を取得したニック・ファジーカス(川崎ブレイブサンダース)、NCAA屈指の逸材として注目をされている八村塁(ゴンザガ大)、日本人2人目のNBAプレイヤー渡邊雄太(メンフィス・グリズリーズ)が揃ってコートに立つ。

 ここにファンが胸を躍らせる”我らのドリームチーム”が完成する。W杯予選では「ファジーカスと八村」「八村と渡邊」のワンペアこそあったが、スリーカードが揃うことは一度もなかった。

 日本バスケにとってコート内の戦いと同じく大切なのが、「コート外のネゴシエーション」だ。人材や強化日程の確保は地味な取り組みだが、結果に直結する。

 バスケ界は海外組の代表招集が他競技に比べて難しい。渡邊は24歳で、206cm、98kgのフォワードだ。左利きで、ハンドリングやシュートのスキルも持っている。長身、長いリーチは尽誠学園高(香川)時代からの武器だが、細身だった体はアメリカでの5年間でずいぶんと逞しくなってきている。間違いなく日本のトッププレイヤーだが、W杯予選は8試合中2試合しかプレーできていない。

 彼は昨年9月13日のカザフスタン戦、9月17日のイラン戦に参加している。カザフスタン戦は17得点、イラン戦は18得点と悪くない数字も残した。イラン戦は試合の途中から相手の得点源となっていたベヘナム・ヤハチャリのマークにつき、きっちり封殺する数字に出ない守備での貢献もしている。相手のポジションを問わずスイッチして対応できる、小柄な選手も足を使って守れることは、大きな強みだ。

 ただ、カザフスタン戦後の渡邊は「個人的に今日の出来は最悪だったと思っている」と反省を口にしていた。イラン戦後も「皆さんはもっと僕のことを期待して見ていたと思うんですけど、そのとおりの活躍ができなくて本当にすいませんでした」とファンに詫びていた。

 謙虚な性格もあるにせよ、これは間違いなく彼の本音だ。渡邊は攻守両面で周りのよさを引き出せるロールプレーヤーだが、9月の彼は良くも悪くも主役を張っていた。そんな様子を見た専門家からは「力んでいた」「いきすぎていた」という指摘も聞こえてきた。卓越した能力、本来のプレースタイルを知っているがゆえの低評価である。

 渡邊は18年春にジョージワシントン大学を卒業。6月のNBAドラフトでは指名を受けられなかったが、7月のサマーリーグに出場して契約獲得を目指した。そこでのアピールが奏功してメンフィス・グリズリーズとの契約を勝ち取ったが、トップの試合へ出場するためには戦術への適応が必須となる。そして、チームスポーツならば、連携の構築に時間がかかる。

 バスケットのW杯予選の「ホーム&アウェー化」は図られたのが今大会からだが、NBAやNCAAは予選を配慮した試合日程を組んでいないため、アメリカ組が合流できるのはオフ期間に限られる。八村は6月30日のオーストラリア戦、7月2日の台湾戦に参加したが、渡邊はNBAを優先してその2試合も欠場した。

 今さらアピールの必要がない大物ならばオフは旅行しようが、ビジネスをしようが自由だろう。しかし、日本人ルーキーはNBAの当落線上にいた。

 日本代表のW杯出場は重要だが、渡邊のNBA定着も日本バスケにとっては悲願だ。彼はNBA挑戦と両立して、確保し得るぎりぎりの時間を割き、9月の2試合に参戦していた。チームへの合流はカザフスタン戦の3日前。それを含めて考えると「ぶっつけ本番でよくやった」という感慨が湧いてくる。

 また、NBAとFIBAの公式戦ではボールも違う(※)。彼はFIBAの公式球に慣れるために、代表参加時にはこんな努力もしている。渡邊はこう説明していた。
※NBAはボールのサイズが少し小さいことや、1クォーターのプレー時間がFIBAより2分長いことなど

「今回は部屋にいる時もずっとボールを触って、移動する時もずっとボールを持っていた」

 イラン戦当日、大田区総合体育館の廊下でボールをつく彼を見て不思議に思ったが、限られた時間で適応する必死の努力だった。

 2006年のワールドカップ日本大会で、当時のヘッドコーチ(HC)であるジェリコ・パブリセヴィッチ氏は、当時NBA挑戦をしていた田臥勇太の招集を拒否した。同年の田臥はNBAのサマーリーグ、その後は下部リーグでプレーして、18年の渡邊と似た状況だった。田臥は連係を重視する指揮官の判断で、W杯のメンバーに入らなかった。一方でフリオ・ラマス現日本代表HCは渡邊の参加を受け入れた。渡邊の努力もあり、短い準備期間で戦力化に成功した。

 昨年9月、日本代表への参加を終えた渡邊はこう口にしていた。

「これから新たな勝負が始まって、自分の想像を絶する世界でやっていかないといけない。難しい世界だけどチャンスもあると思っている。帰ったらガンガンアピールして、しっかり試合に出られるようにしていきたい」

 渡邊の契約はトップと下部リーグを掛け持ちする2ウェイ契約で、45日以内というトップチームへの帯同制限がある。日本人ルーキーはその中でメンフィス・グリズリーズのレギュラーシーズン11試合に出場し、1試合平均9.7分のプレータイムを勝ち取った。

 Gリーグ(NBAのマイナーリーグ)のメンフィス・ハッスルでは主力として1試合平均33.9分の出場時間、14.1得点を記録(3月27日時点)。プレーオフ進出にも貢献している。日本人プレイヤーとして過去最高の到達点で、「チャンス」は半ばまで手にしていると言っていい。

 日本バスケットボール協会の東野智弥・技術委員長は、今季の渡邊をこう称賛していた。

「Gリーグでの活躍はすごいですね。プレーオフを決めるところの重要な試合で、彼がインタビューを受けている。成長している姿を見られています」

 もちろん、W杯は日本バスケにとってオリンピックと並ぶ最高の目標で、一般のスポーツファンを引き込むチャンスでもある。ファジーカス、八村、渡邊が揃い踏みを果たすだけでなく、しっかり準備を積んで連携を作って参加して欲しいというのが、大多数の思いだろう。

 一方で、激しいシーズンの戦いを終えた選手には、休養も必要だ。NBA定着、本契約獲得を目指す渡邊が7月のサマーリーグ(5試合)に参加することも自然だ。日本代表への合流時期、期間について誰もが納得する正解はない。

 本人は代表参加への意欲を以前から口にしているが、強化日程に「いつから」「どれくらい」参加できるかは難しい調整になる。仮に本人と協会が長期間の参加を望んでも、所属チームとの綱引きになる可能性が高い。代理人(エージェント)も交えた調整が行なわれて、結論が出ることになるはずだ。

 東野技術委員長は3月25日から2週間程度の予定で渡米しているが、クラブや代理人とのコミュニケーションも目的のひとつだ。

 8月31日に開幕するW杯は、バスケファンが手に汗を握りながら行方を見守る大舞台になる。一方で渡邊のような重要な戦力をどれだけ代表に引き留められるか、所属クラブの活動といかにバランスを取るかという「コート外のバトル」も重要だ。9月の本番に向けた戦いはすでに始まっている。日本バスケは今、世界で戦える人材が誕生したからこその課題と向き合っている。

 渡邊は守備も含めた賢い、渋いプレーが持ち味。相手のレベルが上がればより持ち味が引き出される。たとえ数週間でもチームと合わせた状態で本大会に参加できれば、予選とはまた違う姿を見せてくれるだろう。