2019年シーズンのMotoGPは、最軽量クラスMoto3の鳥羽海渡(とば・かいと/Honda Team Asia)初優勝という朗報で幕を開けた。Moto3の日本人選手優勝は今回が初。最軽量クラスという意味でも、125ccの小山知良が…

 2019年シーズンのMotoGPは、最軽量クラスMoto3の鳥羽海渡(とば・かいと/Honda Team Asia)初優勝という朗報で幕を開けた。Moto3の日本人選手優勝は今回が初。最軽量クラスという意味でも、125ccの小山知良が2007年の第7戦・カタルーニャGPで挙げた勝利以来、12年ぶりだ。



Moto3クラスの2019年シーズン開幕戦を制した鳥羽海渡

 Moto3クラスではトップグループが10台以上に膨れ上がることも珍しくなく、コーナーごとに目まぐるしく順位を入れ替える大集団のバトルが人気のカテゴリーだ。フロントロー3番グリッドから決勝レースに臨んだ鳥羽は、このトップグループで巧みな位置取りで周回を続けた。激しいバトルのさなか、誰かに前を奪われても臆してずるずる下がることなく、機を見ながら仕掛け返してポジションを回復していく様子からは、むしろ冷静さもうかがえた。

 最終ラップでは、最終コーナー立ち上がりからの加速勝負を制して、0.053秒差で誰よりも先にゴールラインを通過。勝つ時というのはそうしたものだろうが、おしなべて鳥羽の狙いがピタリピタリとハマってゆく勝負の流れで初勝利を呼び込んだ。

「1周目から3周目くらいにポジションを落としたときはちょっと焦りましたけど、そのあとは平常心に戻れて、最終的に1~2番手に上がった時に戦略的に考えながら戦えました。バイクがすごく速く仕上がっていて、チーフメカニックが考えてくれたギアリング(変速比の設定)は、最終コーナーでも立ち上がりが速くて有利でした。最終コーナーは1番手で立ち上がっても抜かれないと思ったし、2番で立ち上がっても抜ける自信がありました」

 この開幕戦に先だつ3日間の事前テストで、鳥羽は連日上位につけるタイムを記録していた。開幕戦のレースウィークが始まってもそのリズムを維持し、それどころかセッションを重ねるごとにむしろ調子を上げていった。この推移は、明らかに昨年とは違っていた。

 昨年までの鳥羽は、レースウィークを好調に走り出した時でも、他の選手たちの勢いに呑まれるようにセッションごとに順位を落としてゆき、決勝レースでは焦りが空回りして後方からの追い上げもままならず、中段以降の集団に揉まれながらチェッカーフラッグを受ける展開が多かった。

 今回の開幕戦でも、その悪循環にハマり込む危惧はけっしてゼロではなかった。だが、それをうまく回避して尻上がりに調子を上げていったのは、なによりも本人の努力とチームのレースウィークマネジメントの成果だが、その背後には青山博一監督の指導のもとに続けてきたメンタル・フィジカル双方のトレーニングの成果があることも見逃せない。

 鳥羽が、今回のリザルトで自信を深めたことは間違いない。次戦のアルゼンチンGPでもこの勢いを維持できれば、2019年は有力ライダーの一角を占めながらシーズンを推移してゆくことになるだろう。

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 今年から鳥羽のチームメイトとしてMoto3クラスのフル参戦デビューを果たした小椋藍(おぐら・あい)は、昨年4戦でワイルドカード参戦を果たした際にも、高いポテンシャルを発揮して注目を集めていた。今回の開幕戦ではルーキーながらトップグループにつけて、11位でチェッカー。

「あのペースでいっぱいいっぱいだったので余力がなく、今日はついていくのが精一杯。何か仕掛けるまでには至りませんでした」と、悔しさのにじむ口調でレースを振り返った。

 鳥羽とは同年齢の18歳で、「海渡は速かったですね。早く逆転できるようにがんばります」と話す口ぶりからも、チームメイトの優勝が小椋にとっていい発奮材料になったことがうかがえる。

 次の2戦、アルゼンチンとテキサスのサーキット・オブ・ジ・アメリカズは初体験の地だけに、ある程度の苦戦も予想される。しかし、第4戦のスペインGP以降は、欧州のCEVレプソル選手権時代に戦い慣れた馴染みのサーキットも多い。その経験や自信が、青山監督も認める度胸のよさとうまく噛み合えば、先頭集団に挑みかかってゆくシーンも何度か見られるかもしれない。

 真崎一輝(まさき・かずき/BOE Skull Rider Mugen Race)と佐々木歩夢(ささき・あゆむ/Petronas Sprinta Racing)も、鳥羽や小椋と同じ18歳。真崎は鳥羽と同郷の九州出身で子ども時代から競い合ってきた間柄で、佐々木は鳥羽と同年の2017年にMoto3クラスへデビューしている。それだけに、今回の結果はともにライバル心を強く刺激されたようだ。

 決勝レースでは、奇しくもふたりとも他車からの追突を受け、佐々木はオープニングラップでリタイア。5周目に追突された真崎は、マシンを引き起こして再スタートしたものの、ポイント圏外の19位で終えた。

 佐々木は昨年から何度もトップグループでバトルを続けていただけに、自分こそが久々の日本人優勝という栄誉を勝ち得るつもりでいたことは想像に難くない。レーシングアクシデントとはいえ、納得のいかないリザルトともあいまって、レース後の佐々木は唇を噛みながら鳥羽の優勝をテレビモニター越しに見つめていた。

「今まで一緒に戦ってきた仲間だしライバルだし、海渡が勝ったから自分もできると思える。これからシーズンは18戦あるので、追いつけるように集中して戦っていきたい」

 しずかに語る表情からは、次こそ自分が優勝してみせる、という強い意志も読み取れた。

 一方、昨年はデビューイヤーながら、シーズン後半にはフロントローを獲得するなど高い資質を発揮してきた真崎は「正直、ホントにとても悔しいです」と素直な感情を口にした。

「今回は海渡におめでとうと伝えたいけど、次は絶対に負けないので、今度は自分が優勝したいと思います」

 子ども時代から切磋琢磨してきた友人が目の前で優勝した姿は、他の誰が優勝するよりも真崎には最高のカンフル剤になったはずだ。

 Moto3クラス最年長の21歳、鈴木竜生(すずき・たつき/SIC58 Squadra Corse)も、開幕戦は不運にも転倒に巻き込まれてリタイアを喫した。

 2015年にデビューし、少しずつ実力をつけて自信を深め、今年で5年目のシーズンを迎えた。レースを振り返る際には、「とりあえず、鳥羽君にはおめでとう、ですね。ウィークを通して速かったし、レース運びもうまかった」と、歳下のライバルにエールを贈ったものの、自らのレース内容は苦笑とともに語るほかなかった。

「スタートがうまく決まってトップグループにつけることができたけど、横から突っ込まれて転倒して……自分のせいじゃないとはいえ、後ろから追い上げる展開だとそういうこともありえるから、そんな場所に自分がいたのが悪い、ということですね」

 彼ら日本人選手5名の実力を比較してみた時、それぞれが胸に期するものを持っているだろうことは間違いないが、そのなかで誰かひとりが抜きん出て速いわけではけっしてない。

 そんな彼らのなかから、まずひとりが優勝を飾ったことは、本人自身の大きな自信になるだけではなく、上記の各コメントからも読み取れるとおり、残り4名の自尊心と闘争心を強く刺激する結果にもなった。これが開幕戦の出来事だったことも、長いシーズンを高いモチベーションで戦い抜いていくという意味で、彼ら5名には絶好の報奨になったと言えるだろう。

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 Moto2クラスは、昨年同様に長島哲太(ながしま・てつた/ONEXOX TKKR SAG Team)が唯一の日本人選手だ。今季は、一昨年に所属していた古巣チームからのエントリーで、開幕戦は14番グリッドからスタート。3周目に転倒リタイアを喫し、ノーポイントで終えた。

「序盤からフィーリングがよくて、前に行きたかったけれども他の選手に捕まってしまった。その選手が1コーナーでワイドになったので、そのまま自分のラインでイン側からコーナーに入っていったら、少しだけ速く入り過ぎたようで、フロントが切れて転倒してしまいました。データでチェックしてみたら(理想の進入速度よりも)3km/h速かったようで、ホントに少しなんですけど、なにもできずに終わってしまい悔しい結果になりました」

 この言葉からもわかるとおり、この転倒は長島の特徴が悪いほうに出てしまったことが原因、と言っていいだろう。

 長島は、フリープラクティスから常に上位に顔を出すような選手ではない。どちらかといえば、中段かやや上あたりのグリッドからスタートし、周回ごとに追い上げてトップテン圏内を射程に収めていくようなライダーだ。決勝での勝負に強いとも言えるし、予選までのセッションの着実な積み上げに課題を残しているとも言える。

 今シーズンのMoto2クラスは、全員に供給されるワンメークエンジンが昨年までのホンダ600ccエンジンからトライアンフ765ccへと変更になった。シャシーサプライヤーの設計も一新されることになり、各チームのマシンセットアップという面でも、ホンダ時代からの応用はできたとしても、まるごとデータを流用できるわけではない。その意味では、全員がある程度横一線からのスタートになる、と言ってもいいだろう。

「Moto2のエンジンがトライアンフにならずホンダのままだったら、全日本に戻ることも考えていたと思う」

 この言葉からもわかるとおり、長島は今シーズンの技術仕様変更を大きなチャンスと考えている。しかし、それは他のライダーたちにとっても同様だろう。

 長島にとって、今のチーム環境をポジティブに活かす材料のひとつは、チャンピオン候補の一角、レミー・ガードナーがチームメイトであることだ。彼が刺激材料となり、また、ガードナーのデータと相互比較をすることで、モチベーションやセットアップ作業のプラス要因とすることができれば、トップテン圏内やそれより上の順位も射程圏に見えてくるだろう。

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 MotoGPクラス2年目を迎える中上貴晶(なかがみ・たかあき/LCR Honda IDEMITSU)は、開幕戦をトップテン圏内の9位で終えた。

 開幕前のインタビューにもあるとおり、中上は2019年シーズンを「ライダー人生の勝負の年」と捉えている。開幕戦の戦いぶりからは、その気迫が十分に感じ取れた。

 フリープラクティスの上位タイム10人がダイレクトに進出する予選Q2を逃したものの、残りの選手で争うQ1で上位2名に入ってQ2への進出を果たした。そのQ2では、一時セッション中に2番手タイムを記録するパフォーマンスを発揮し、存在感をおおいに披露した。

 決勝レースでも、スタート直後から積極的に攻めた。先頭集団の一翼を占める果敢なライディングは、去年には見られなかった姿だ。

「自分の課題だったレース序盤の競り合いやペースアップは、今までと180度違っていい走りができました。前がホンダとドゥカティのワークスで速くてオーバーテイクできなかったんですが、それを抜きにしてもいいレースだったと思います」

 タイヤが摩耗してきた中盤以降のペース維持には少し課題も残したが、ホンダ勢では中上が唯一リアにソフトコンパウンドのタイヤを装着していたことを考えれば、まずまずの結果というべきか。

「去年は6位が1回あるけど、内容は今回が一番うまくいったと思います。序盤からトップ集団で走れたし、上位の転倒などで繰り上がって得た結果じゃないですから」

 ホンダ、ドゥカティ、スズキ、ヤマハの2019年型マシンを数えるだけでも12台、という現状を考えると、開幕前に掲げた「予選で毎回Q2にダイレクト進出、決勝はトップテン」という目標の達成はけっして容易なものではない。

 しかし、「もうちょっと行けたかなとも思うけど、重要なシーズン序盤3戦のいいスタートを切れたと思います」と本人が語るとおり、今季の中上が駆る2018年型RC213Vの仕上がりはよく、開幕戦で彼が見せた走りも期待に十分見合うものだった。

 それを念頭に置きながら、2019年マシン勢のセットアップの煮詰まり具合と中上の相対的な趨勢(すうせい)を比較すれば、とくにシーズン序盤の数戦は、戦い方次第で開幕戦と同様か、あるいはそれ以上の結果を得られるチャンスも見えてきそうだ。