「あなたたちは、すごく細かいことを気にするのね?」 彼女が口にしたその言葉が、新鮮で無垢な光とともに胸に残ったのは、3年前のマイアミ・オープンだった。 当時、18歳。世界ランキングは104位。ワイルドカード(主催者推薦)を得てグランドス…

「あなたたちは、すごく細かいことを気にするのね?」

 彼女が口にしたその言葉が、新鮮で無垢な光とともに胸に残ったのは、3年前のマイアミ・オープンだった。

 当時、18歳。世界ランキングは104位。ワイルドカード(主催者推薦)を得てグランドスラムに次ぐ格付けの大会に出場した大坂なおみは、2回戦で第14シードのサラ・エラニ(イタリア)を破り、このステージで戦う力が自分にはあると証明してみせた。



大勢の記者に囲まれながら大会への意気込みを語る大坂なおみ

 その試合後の、会見の席である。

 サービスゲームでのポイント獲得率が高かったこと、あるいは、この大会のコートの特性や相性について聞かれた18歳は、瞳を不思議そうに丸くしながら、「そんなこと、まったく気にしてなかったわ。私にとって、テニスはテニス、ハードコートはハードコートだもの」と答えたのだ。すると、そのやりとりを見ていたイタリア人記者が、笑い声を交えながら大きな声で指摘した。

「あなたは、こういう状況に慣れなくちゃいけないわ! だってこの手の質問って、記者が偉大な選手にする、とっても典型的な内容ですもの。あなたは偉大な選手になる。だから、そのうち慣れないと!」

 そんなものなのかな……そう不思議に思ったのだろうか。彼女は首をかしげて、少し笑った。キービスケイン島のテニス専用スタジアムに設置された、小さなインタビュールームでのことである。

 それから3年の年月が流れ、大坂なおみは64,767人収容可能なアメリカンフットボール・スタジアムのスイートルームで、大勢の記者に囲まれていた。

 今年からマイアミ・オープンは、会場をNFLのマイアミ・ドルフィンズがホームとするハードロックスタジアムに移して開催される。その大会開幕に先駆けてシード選手が行なう会見で、彼女は集中砲火のように向けられる種々の質問に、丁寧に答えていた。

「新しい会場のコートは、どんな感じ?」

 3年前には、「ハードコートはハードコート」と応じたその問いにも、「すごくいいわ。遅すぎも速すぎもしない。私はマイアミに住んでいるから、汗をかくのも大好きだし。それに前の会場より風が少ないのはありがたいこと」と詳細に答える。

 3年前の予言どおり「偉大な選手」になった今の彼女は、その手の質問にも、もう慣れていた。

「慣れる」ということで言えば、彼女は世界1位であることにも、すでに慣れてきたと言う。

「まだ数カ月しか経ってないのに、こんなこと言うのは奇妙な感じだけれど……」

 そう自嘲気味に笑いながらも、「インディアンウェルズ(BNPパリバ・オープン)で多くのことを経験した。世界1位として初めて出たドバイも含め、その2大会が大きな助けになっている」と柔らかに断言する。

 たしかに、インディアンウェルズでの彼女は、行く先々でサインや写真を求め生まれる人垣に覆われた。その差し伸ばされる手のひとつひとつに応えるように、彼女はコートを囲むフェンスを1周しながら、何十回とペンを走らせ、幾度もスマホに向かって微笑んだ。

 今年1月の全豪オープンを制して世界1位になった時、「これからはロールモデル(お手本)となることも求められるけれど、その準備はできている?」と問われた彼女は、悲しそうに眉毛を下げて、「まだわからないわ。もう少し後に聞いてみて」と答えた。

 それから、2カ月――。彼女は、「今は(ロールモデルであろうと思うことは)自分にもいいことだと感じている。試合中にイライラした時も、小さな子どもが見ていると思ったら、ラケットを投げてはいけないと思えるから」と言う。

 11歳の頃、マイアミ・オープンの会場を訪れ、憧れのセリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)の練習を見るも、「サインをねだることはできなかった」シャイな少女は、今では少年・少女たちのロールモデルであろうとすることで、さらなる成長を自身に促していた。

 目眩を覚えるほどの激流の時を生きる彼女は、細かいことを気にする周囲の人々にも、世界1位やロールモデルとして見られる視線にも、急速に身体を馴染ませながら、淡々と頂点を狙っている。

「インディアンウェルズとマイアミは、グランドスラムと同じくらい大切な大会だと思っている。インディアンウェルズで連覇できなかった分、ここで勝ちたい気持ちは強い」

 真の世界1位としての戦いは、大坂が住み慣れたこのマイアミから始まる。