春のセンバツは投手力――。 選抜高等学校野球大会(センバツ)は冬が明けたばかりの3月に開催される。実戦感覚が戻っていないため、打者は調整が遅れがちになり、投手優位になりやすい。それがもはや定説になっている。 だが、センバツの大会ハイラ…

 春のセンバツは投手力――。

 選抜高等学校野球大会(センバツ)は冬が明けたばかりの3月に開催される。実戦感覚が戻っていないため、打者は調整が遅れがちになり、投手優位になりやすい。それがもはや定説になっている。

 だが、センバツの大会ハイライト番組『みんなの甲子園』(毎日放送制作)のメインキャスターを務める赤星憲広(元阪神)は、まったく逆の見方をしている。

「僕は、夏よりも”打つチーム”が勝てると思います。春に完璧に仕上げることが難しいのは投手も同じ。近年は打撃が強いチームほど結果を残している気がします」

 2017年から連覇した大阪桐蔭などは、その典型だろう。センバツに出場するほどのチームなら、だいたい好投手を擁しているもの。そのなかで優勝を争うとなると、最後は攻撃力がカギを握る。赤星はそう考えているのだ。

 今大会は右投手なら奥川恭伸(星稜高校/石川)、左投手なら及川雅貴(横浜高校/神奈川)が目玉選手と言われている。一方、打者の目玉は誰か。候補は挙がるものの、誰もが認める”大看板”はまだ見当たらない。

 そんななか、赤星はセンバツに向けた取材先で強烈な逸材に出会ったという。

「東邦高校(愛知)の石川くんを見て、久しぶりに感動しました」

 石川昂弥(たかや)。身長185センチ、体重81キロ。愛知・知多ボーイズ時代から有望株として知られていた、右投げ右打ちのスラッガーである。


投手との

「二刀流」で注目を集める東邦の石川 photo by Kyodo News

 赤星は取材で東邦を訪れた際、森田泰弘監督から「石川にはもう教えることがないんです」という話を聞いていた。とはいえ、どんなに好素材であろうと、まだ高校生である。プロの目から見れば、多少の気になる部分は見つかるもの。森田監督の言葉を聞いた赤星は、実際に石川の打撃を観察することにした。

 そして、言葉を失った。赤星の目から見ても、石川の打撃には欠点が見当たらなかったからだ。

「想像以上に完成されていました。フォーム、タイミングの取り方、いろんな要素を見ても気になるところがない。あの根尾くん(昂/中日)や藤原くん(恭大/ロッテ)だって、バッティングの欠点は目についたわけです。でも石川くんは、練習や紅白戦を見る限りでは『どこに投げればいいんだろう?』と思うくらい穴がない。真ん中から外のボールはセンターからライト方向に持っていくし、インコースのさばき方もうまい。多少右手の力が強すぎるきらいはありますが、気になるほどではありません。バッティングに関しては、今大会でずば抜けていいんじゃないですか?」

 石川は昨春のセンバツにも出場したが、1回戦の花巻東高校(岩手)戦で技巧派左腕・田中大樹(現同志社大学)の術中にはまり、4打数0安打に終わっている。最後のセンバツに向けて、期するものがあるはずだ。

 石川の課題は「投手として登板する時にいかに打てるか」だと赤星は見ている。

「去年の秋は、エースとしてマウンドに立つと打撃の成績が落ちていました。いかに打席でも集中できるか。もしくは、他のピッチャーが石川くんの負担を減らすために踏ん張れるかがカギになりそうです」

 東邦には他にもショートの熊田任洋(とうよう)ら、能力の高い選手がひしめく。赤星が指摘するように、石川が投打両輪で奮闘するか、投手陣全体の成長次第では優勝争いに絡んできそうだ。

 さらに赤星が打線を評価するのが智辯和歌山高校(和歌山)である。

「昨秋の近畿大会ではうまく噛み合いませんでしたけど、1番から4番までは去年の甲子園を経験しているメンバーです。あとはピッチャーの出来次第で優勝も狙えそうです」

 智辯和歌山の指揮を執る中谷仁監督は、赤星にとって縁深い間柄である。阪神時代のチームメイトというだけでなく、オフには自主トレーニングのパートナーでもあった。中谷が監督に就任する際には、真っ先に赤星に報告の連絡があったという。

「”智辯和歌山=高嶋仁監督”というイメージがあるなかで引き受けることは、相当なプレッシャーがあったはずです。でも、彼は野球に対する情熱や豊富な知識を兼ね備えている。後輩ながら『すごいな』と思っていました。プロではレギュラーの選手ではありませんでしたが、周りを見る力があって、広い視点から物事を見られる。だから長く現役生活を送れたのだと思います。その気質は監督として生きるでしょうね」

 智辯和歌山を訪ねた赤星は「大人のチームだな」という印象を受けたという。指導者にあれこれ指示を出されなくても、主将の黒川史陽(ふみや)を中心に選手間で打ち合わせをする。智辯和歌山の豪快なチームカラーに加えて、元プロ捕手だった中谷監督の緻密さが融合しつつある。

 赤星は打撃力がカギを握るとにらんでいるとはいえ、もちろん投手力を軽視しているわけではい。優勝候補筆頭は、やはり奥川を擁する星稜だと考えている。

「奥川くんの完成度はずば抜けています。ストレートはもちろん速いのですが、スライダー、フォークの変化球もいい。高校生であのレベルを打つのは難しいと感じました」

 赤星は星稜にも赴き、奥川にインタビューしたという。

「マウンドでは他を寄せつけませんが、普段はおっとりと柔らかい雰囲気でギャップがありました。でも話を聞いてみると、どういう目的で練習をしているかを語ってくれるなど、考え方がしっかりしている。ゲームのなかでも、さまざまなシミュレーションをしながら投げられるピッチャーだと感じました」

 インタビュー中、赤星が奥川の変化球を絶賛すると、奥川は「大事なのは真っすぐなので……」とストレートへの意識を口にしたという。その言葉を聞いて、赤星は奥川の芯の強さに触れた思いがした。

「ピッチャーとして大切なことがよくわかっている。秋から数段仕上げてくるんじゃないかと思いました」

 赤星は横浜の及川についても「左で150キロを超えるピッチャーはなかなかいませんし、ひと冬越えてさらに伸びてくるはず」と期待する。出場校選考では関東・東京の最後の枠に滑り込みで選出された横浜だが、タレントをそろえるだけに優勝争いに加わってもおかしくない。赤星は他にも明石商業高校(兵庫)や札幌大谷高校(北海道)も、実力のある優勝候補として名前を挙げた。

 とはいえ、これはあくまで前評判に過ぎない。赤星は、春のセンバツを制するためには絶対にクリアすべき条件があると力説する。

「春のセンバツは”準備力”を競う大会だと思っています。どの学校も実戦経験が少ないなかで、仕上げていかなければならないのは一緒です。そこで差が出てくるのは、準備力。生き物のように目まぐるしく変わってくるゲーム展開のなかで、対応できるパターンをいくつも用意できるか。または、予想外のことが起きた時に、試合中に自分たちの殻を破って変えていけるかどうか。それができるチームは間違いなく強いです。

 これはレギュラーの力だけでなく、控えのメンバーを含めたチーム全体の力が問われます。ここまで名前が出なかったチームでも、個々ではなくチーム力で勝ち上がってくる高校が必ずあるはず。そんな実戦のなかで応用力を持ったチームが出現してほしいですね」

 3月23日に開幕するセンバツ。高い準備力で大会の主役になるのはどの高校なのか。その答え合わせがまもなく始まろうとしている。