ボクシング「田中恒成×田口良一」の軌跡@後編 3月16日、ついにWBO世界フライ級チャンピオン田中恒成(23歳/畑中)と、元WBA&IBF世界ライトフライ級統一チャンピオン田口良一(32歳/ワタナベ)が激突する。見逃し厳禁の一戦について…
ボクシング「田中恒成×田口良一」の軌跡@後編
3月16日、ついにWBO世界フライ級チャンピオン田中恒成(23歳/畑中)と、元WBA&IBF世界ライトフライ級統一チャンピオン田口良一(32歳/ワタナベ)が激突する。見逃し厳禁の一戦について、両選手に話を聞いた。
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前日計量で顔を合わせた田中恒成(左)と田口良一(右)
チャンピオンの田中恒成がWBO世界フライ級王位の初防衛戦の対戦相手に田口良一を指名したのは、くみし易(やす)しと判断したためか?
答えは真逆だ。田中は、「田口さんは強い」と断言する。
「指名戦ではないので、やらなくてもいい試合と言われれば、その通りかもしれない。でも、やりたいからやる。ただ戦いたい。
偉そうな言い方に聞こえたら申し訳ないんですが、客観的に見たとき、王座陥落後の田口さんのやりたい試合は、ブドラーとの再戦か、俺との試合くらいだったと思うんです。(ヘッキー・)ブドラーとの再戦がなくなったことを知り、『じゃあ、やりませんか?』とオファーさせていただきました。
あの時(2017年)とは状況も立場も違うので、この試合が別物だと言えば別物なんです。ただ、どこかで自分の言葉に責任を持つための戦いでもあります」
しかし、その心意気は理解できても、”あの時”と”今”では、リスクとリターンのバランスがあまりにも取れない。それでも田中は、「バランスの話ではない」と一蹴した。
「以前の発言をなかったことにしても、田口さんが戦いたい選手であることは間違いない。田口さんは強いですから」
田口との対戦を希望したのは、それ自体がまさに田中のイズムと言っていい。
「チャンピオンになると、ベルトや地位を守りたくなったり、金や名誉がほしくなるんですよ。でも、僕が本当にほしいのは、そういったものじゃない。ボクシングを通して、カッコよくなりたいんです。
たとえば、僕はいつまでも『漢気(おとこぎ)のあるマッチメイク』を組めるボクサーでいたい。僕がプロ4戦目で東洋太平洋のベルトをかけ、原隆二さん(大橋)に挑戦させていただいた試合は、何者でもなかった僕にとって、挑戦を受けていただけたのはメリットしかないんです。逆に原さんには、メリットがまったくなかった。それでも、『やりましょう』と承諾してくれた。
ボクシングのマッチメイクは、ジムが断ったのか、選手が断ったのか、表には出ない部分があります。もちろん、ビジネスという側面もある。ただ僕は、いつか何の実績もない若手が『やりましょう』と言ってくれた時に、メリットがあるかないかで二の足を踏む選手にはなりたくない。どんな時でも、『じゃあ、やりましょう』って心意気を持っていたい」
そして、だから田口との一戦は、「漢気のあるマッチメイクではない」と言う。
「だって、僕にもメリットがありますから。勝ってもベルトが増えない? 田口選手に勝つ。それだけで十分じゃないですか」
一方、オファーを快諾した田口だが、田中が強敵というだけでなく、オイシイだけの対戦ではないことを十分理解している。
この試合はデビュー以来、ライトフライ級一筋だった田口にとって、初めてのフライ級での試合。できることなら一度、ノンタイトル戦をはさみ、試運転したかったのが本音だろう。しかし、田口は首を横に振る。
「正直、フライ級の感覚を掴むために一戦してみたかったというのは確かにあります。でも、僕がボクシングを通じて学んだのは、チャンスはそう簡単にやってこないということです。一戦はさんだら、きっと状況は変わっている。チャンスは掴める時に、掴まなくてはいけない」
そして、田中と同じく、この試合を行なうことが、田口にとってのイズムだ。
「小学生時代のいじめられっ子だった経験からか、僕は自己肯定感が低いんです。同時に認めてもらいたいという承認欲求が人一倍強い。ボクシングで強さを認めてもらうのは、強い相手に勝つしかない。ファンの人はちゃんと見てますから、弱い相手とばかりやって作られた成績では認めてもらえない。
そう考えると、3階級制覇する田中選手は間違いなく強いので、これ以上ない対戦相手です。これは僕のボクシング人生の転機になる試合。このチャンスを掴んで飛躍のきっかけにしたいです」
紆余曲折を経て、いよいよ両者は拳を交える。
どんな試合展開で、どんな結果が待ち受けるのか、興味は尽きない。そこで、両選手がこの試合に対してどんな思いを抱いているのか、いくつかの同じ質問を両者に投げかけた。
―― 対戦相手を分析してください。
田中 気持ちが強くてスタミナがあり好戦的。手数を出しながらも後半に勝負をかける印象がありますが、巧みにジャブで距離をコントロールして空間を支配しつつプレッシャーもかけることもできるので戦術の幅が広い。何かひとつの武器で戦うよりも総合力の高い選手だと思います。
田口 頭のいい、クレバーな選手。試合中も対戦相手を観察し、考えながらボクシングをしているのがわかります。スピードがトップクラスに速いだけでなく、パンチも周囲が思っている以上にあり、気持ちも強い。
―― どんな試合展開になると思いますか?
田中 やってみなければわからない部分が大きいです。ただ、打ち合うことになると思います。
田口 打ち合いにはなるでしょうね。少なくとも打ち合う時間帯が長い、盛り上がる試合になると思います。
―― 対戦相手にメッセージを。
田中 全力で倒しにいきます。田口選手のことを好きですし、認めています。認めていると言うと発言として失礼ですけど、どう取りつくろっても、言葉では敬意のようなものは伝えられないので、拳で伝えたい。思いっきり倒しにいくのが、俺にとっての敬意の示し方だと思うので、倒します。
田口 面白い試合をしましょう。自分も、もちろん倒しにいくんで。
―― 試合を楽しみにしているファンへメッセージを。
田中 どういう展開を予想しても、つまらない試合になるとは思えません。間違いなく見ていて面白い試合になると思いますので、楽しみにしていてください。
田口 見てよかったと思える試合を、感動を与えられるような試合をしようと思います。応援よろしくお願いします。
―― 最後に、どちらが勝ちますか?
田中 俺が勝ちます。勝つだけじゃない、内容でも圧倒したいです。1年半前なら、どんな形でも勝てば100点だと思っていましたが、今は倒して勝ちたいという思いが芽生えています。
田口 負けるつもりはないし、勝ちにいきます。前回の試合は応援してくれた人をガッカリさせてしまったので、今回は東京から会場の岐阜まで足を運んでくださる方に、勝って喜んでほしいので。
◆ ◆ ◆
田中恒成と田口良一の「宿命の一戦」。ボクシングファンは、その実現を待ち望んだことだろう。
しかし、試合開始のゴングが鳴れば、1時間後には田中恒成と田口良一、どちらかひとりだけが、その腰にチャンピオンベルトを巻いている。
もちろん、どちらかひとりは敗者だ。正直に胸のうちを告白するなら、日本人ビッグネームの対戦を心待ちにしながら、同時にどこかでもったいないという思いも拭いきれない。そう伝えると、減量中で苦しいはずの田口は、清々しいほどの笑顔で答えた。
「だから、ボクシングは魅力があるんです」
田中も飄々(ひょうひょう)と言った。
「だから、僕にとってボクシングは、刺激的なものなんです」
WBO世界フライ級チャンピオン田中恒成vs元WBA&IBF世界ライトフライ級統一チャンピオン田口良一。運命に引き寄せられたふたり、宿命のゴングが3月16日16時に鳴る――。
【profile】
田中恒成(たなか・こうせい)
1995年6月15日生まれ、岐阜県出身。畑中ジム所属。2013年11月プロデビュー。プロ戦績:12戦12勝(7KO)。右ボクサーファイター。身長164cm、リーチ162cm。
田口良一(たぐち・りょういち)
1986年12月1日生まれ、東京都出身。ワタナベジム所属。2006年7月プロデビュー。プロ戦績:32戦27勝(12KO)3敗2引き分け。右ボクサーファイター。身長167cm、リーチ172cm。