神野プロジェクト Road to 2020(27)

東京マラソン(後編)

 東京マラソンは、気温5度、冷たい雨が降るなかでスタートした。

 神野大地は、先頭を行く2分56秒前後のペースメーカーではなく、3分のペースメーカーについた。多くの選手がその背後につき、集団は30名程度の大きな塊になった。しばらく順調に見えたが、15キロを超えた給水地点で異変が起きた。

「みんな取りたいので前の集団からスピードを落として給水によっていくんですよ。すると全体が縦長になり、前とうしろの差が開くんです。しかも、この給水を取る時に僕はペースダウンしたので、さらに前と差が開いてしまった。その瞬間、『アー終ったかな』と思いました」



MGCに向けてエチオピア、ケニアでトレーニングを積むという神野大地

 選手は給水ボトルを取るとまた加速していく。神野も8番のボトルを取って前に追いつこうとしたが、なかなかペースが上がらない。16キロを越えると口を開き、喘ぎながら走っている姿がプレスルームの大きなモニターに映し出された。

「もしかして腹痛か?」

 そんなことを思いながら見ていると、神野が集団から落ちていった。モニターを見ている人たちがざわつき、「あぁー」という落胆の声が上がった。

「正直、自分もヤバいと思いました(苦笑)。あそこで遅れると絶望ですもんね。腹痛が起きたわけでもないのに、なぜあそこでキツくなったのか。あとで心拍数を計った時計を見てみると、その時は心拍数が199になり、レース中で一番数値が上がったんです。たぶん、離されて焦ってしまったのと、浅草付近は2回カーブがあるんですが、うまく回れず、さらに焦ってしまった。そこで心拍数が一気に上がり、キツくなったんだと思います」

 だがこの時、神野は非常に冷静な判断をした。遅れるとランナーは心理的に前を追いたくなる。だが、神野はここで我慢した。それは過去の経験が生きたからであろう。苦しいなか、無理して走ると必ずと言っていいほど腹痛が起きるか、もしくは後半にダメージが残った。ここで無理に前を追えば、さらに状況が悪くなると察知したのだ。

「前と差がかなり開いてしまったんですが、追う力を使わなかったというか、いい風に言えば、追う力を使わずにそのまま自分のペースでいきました。あそこで無理して追っていたら腹痛が出るか、25キロぐらいでダラダラになり、ゴールするのがやっとみたいなレースになっていたと思うんです。それだと、MGCを獲れない可能性が出てくる。タイムを見てもそんなに落ちていなかったので、最後まであきらめずに自分のペースで走ろう。そこはブレずにいました」

 しかし、自らを鼓舞して走るなか、神野は”中だるみ”に陥りそうになっていた。その時、神野はペースメーカーの村山紘太(旭化成)のうしろについた。走りながら、ケニア合宿のことを思い出したという。

「大会前のケニア合宿で、紘太さんと一緒に練習をしていたんです。あの時はキツかったなぁとか、こうして走っていたなぁとか思い出して走っているうちにペースが戻ってきたんです。そうして1人、2人と抜いていくと、『あれ、みんなペースが落ちてきてるな、これならいけるじゃん』って思って力が出てきたんです」

 村山とは1月のケニア合宿で同じ時期を過ごした。ホテル住まいだった村山が食事に困っていたので、日本食の食材持参で一軒家を借りた神野は、週に数回、日本食などのおもてなしをしたという。

「ケニアで合宿を一緒にやった鉱太さんがペースメーカーで走っていたのは、偶然とはいえ、僕にとってはラッキーでした。ケニアで一緒に走った人がいてくれたことで安心できたし、ここからペースを保って最後までいくことができた」

 レース後、神野は村山にすぐに連絡をした。

 感謝の言葉を述べると村山は「あそこからひとりで行けるのは、おまえの強さだよ。(MGC獲得)おめでとう」と、喜んでくれたという。

 ペースをつくり直した神野は、順位をどんどん上げていった。いや、寒さと疲労で、ほかの選手がどんどん落ちていったという方が正しいかもしれない。本命の大迫傑は29キロで寒さから体が動かなくなり、棄権。先頭集団にいた佐藤悠基(日清食品グループ)、中村匠吾(富士通)もズルズルと順位を落としていった。

 一方、村山のフォローで息を吹き返した神野は、25キロで32位だった順位を30キロでは24位、そして35キロでは16位にまで上げていった。

「35キロでMGCを初めて意識しました。そこでタイムを見たんですが、『これは絶対にいける。今までダメだったのが続いていたけど、これでやっとMGCを獲れる』と思いました。油断しちゃいけないですけど、この距離でもし腹痛が起きても絶対に大丈夫だという余裕があったので、最後の7キロは初めてマラソンが楽しいなって思いながら走れましたね」

 ゴールに向かうなか、沿道からは「神野、がんばれ!」「ラスト!」という声がかかった。 大声援のシャワーを浴びて、ゴール。すると、小さなガッツポーズが出た。

「恥ずかしながら出ちゃいました(笑)。でも、その『よし』っていうのが、僕の思いだったんです。優勝しているわけでもないし、自己ベストを更新したわけでもない。今まで普通に走っていれば(MGCを)獲れるでしょという感じだったので、今回獲れてホッとした。その気持ちが、あのガッツポーズに出たんだと思います」

 神野は少し恥ずかしそうに、小さなガッツポーズの真意を解説してくれた。

 このレースの最大の収穫はMGC獲得だが、もうひとつは腹痛が起こらなかったことだろう。過去4レースはいずれも腹痛に悩まされ、目標タイムをクリアーできなかった。天敵ともいえる腹痛が姿を現すことがなかったのは、神野の今後を考えると非常に意味のあるレースだった。

 では、なぜ今回、腹痛が起きなかったのか。

 一昨年の福岡国際マラソンの後、さまざまな検査を行なうも、疾患的な要素が見つからないなか、トレーナーの中野ジェームズ修一氏が、最後の原因として挙げたのが「メンタル」だった。結果を出そうとするあまり緊張し、レースで力みが出て、それが腹痛につながっているのではないか。その腹痛を意識し過ぎてしまうあまり、発症すると「またか」とメンタル的に落ちてしまう。その悪循環に陥っているという見方だ。

 そのためベルリンマラソン以降、スタッフは腹痛問題を口にしないように提案したこともあったという。

「一切、腹痛からシャットダウンしようという案も出たけど、僕は『それはできない』と言いました。メディアはそこを気にしてくるだろうし、『その質問をやめてください』というのもしたくなかった。腹痛とトコトン向き合いたいと思っていたんです。でも、医学的には何の問題もない。じゃあどうするのかって話になった時、中野さんと(髙木)聖也さんから『起きたらどうしようじゃなく、腹痛は起こるもの。起きてからが勝負でしょ』というが話が出たんです。そういう心の余裕というか、心の持ちようでレースに臨もうって」

 メンタルが原因かもしれない、というのは神野も薄々は気づいていたのかもしれないし、それを認めたくなかったのかもしれない。だが、最も信頼する中野の説明によって納得することができた。「心の余裕」の重要性を学び、今回、それを初めてレースに反映することができた。

「腹痛は、今回たまたま出なかった可能性もありますが、やっぱりメンタルの部分が大きかったのかなと思います。1回、腹痛が出ない経験ができれば、それが今後のマラソンに活きるし、僕のマラソン人生はもっといけると思っていた。今回、ひとつの成功体験を得られたのは、すごく大きいですね」

 この成功体験が、今後の神野のマラソンに及ぼす影響は非常に大きい。

 おそらくMGC本番では腹痛を恐れず、攻めのマラソンができるはずだ。だからといって勝てるかどうかはわからない。MGC本番は、タイムも実力もある強力なライバルたちが神野の前に立ちはだかることになるからだ。

 これから半年で、どのくらい成長できるかが勝負になる。

「今回、棄権する人が出るなど、あの過酷なレース環境下で、しかもラストチャンスでMGCの切符をつかめたのは自信になりましたし、これからはどんなプレッシャーにも勝てるんじゃないかと思います。MGCも、今までやってきた取り組みや自分を信じて臨めばやれるんじゃないかなと。無理にそう思うんではなく、本当にチャンスがあるんじゃないかなと思っているんです。力は僕よりも上の人が大勢いますけど、本番は9月ですからね。すごく楽しみです」

 レースが終わってまだ数日だが、表情が変わったなと感じた。

 ベルリンマラソン以降は、結果を出すことにとらわれ、ストレスも抱えていたのだろう、表情が常に緊張していたように見えた。だが、つきものが落ちたようにさっぱりとした表情からは、ひとつ山を越え、自分への確固たる自信を垣間見ることができた。MGCの挑戦権を獲得しただけだが、この切符を掴み取るためにかけてきた時間と労力を考えれば、神野にとって、この結果はとてつもなく大きな意味があったのだ。

「神野くんは、1回成功すれば絶対にいける。その1回が難しいんだけどね」

 レース前、高橋尚子は神野にそう語ったという。そして神野は、その1回をついに超えた。その源になったのは、「心の余裕」ではないだろうか。

 マラソンはメンタル勝負である――。人生最大の挑戦をひとつ乗り越えた神野は今、その言葉を噛み締めつつ、さらに強くなるためにエチオピア、ケニアで自分と戦う準備を進めている。