世界記録とはならなったが、今シーズン好調を維持した新濱立也

 標高1423mのソルトレークシティで行なわれた、スピードスケートW杯ファイナルの男子500m。2月16日に標高690mのインツェル(ドイツ)の国際大会で、加藤条治が持つ日本記録に0秒03まで迫る34秒24を出していた新濱立也(高崎健康福祉大)が、初の高速リンクとなるこの大会で期待されていたのは、世界で2人目となる33秒台だった。それを彼はあっさり実現させた。

 この日のレースは、全体的に好記録を期待できる展開が多く、まずは第3組インスタートで今季W杯表彰台4度の村上右磨(村上電機)が日本記録を0秒10更新する34秒11を出した。

 続く新濱もインスタートだったが、村上が日本記録を出したことで、「これはヤバイかな」という気持ちが生まれたという。それでも「自分を信じてレースをすれば大丈夫」と、スタートからゴールまで無駄な力を使わずに滑り切った。

「バックストレートで軽く躓きかけたけど、リラックスして自分のレースをした。タイムが出たという感覚もなく、ゴールしてバックストレートまで行った時にコーチのデニスがガッツポーズをしていたので、そこでやっと電光掲示板を見て33秒台が出たんだと知りました」

 同走の羽賀亮平(日本電産サンキョー)を少しリードして、33秒83と、この時点で世界新記録だった。

 しかし、その2組あと、アウトスタートだったパベル・クリズニコフ(ロシア)が33秒61とすぐに記録を塗り替えた。新濱が世界記録保持者でいた時間は、約2分間で終わった。

「自己新を出したインツェル大会は、トライアルのような試合だったので、正直今大会でどれだけ出せるかというのもわからなかったし、33秒台の世界というのも想像できませんでした。

 日本記録の34秒21も6年間破られていなかったので、正直それを破れればいいかなと思っていたけど、まさか自分が33秒台を出せるとは思ってなかった。33秒83はうれしかったけど、世界記録を出してもすぐに更新されたので勝ち切ったとは言えない。これからさらに上を目指してもう1回世界記録更新を目標に頑張っていきたい」

 昨年10月、全日本距離別選手権500mで34秒76の自己新を出して優勝し、初のW杯代表に選ばれた新濱は、その後、一気に成長した。

 W杯では、屋外リンクだった第2戦の苫小牧で連勝し、ファイナル前の500m総合順位は2位。2月の世界距離別選手権は500m、1000mともに16位と結果を残せなかったが、500mと1000mを2本ずつ滑る世界スプリントでは、500mの初日が1位で2日目は2位。1000mはともに5位で総合2位と、初出場で大きな成果を出した。そして、そのままソルトレークシティに移動にして、この大会へ向けて備えていた。

 2日目に行なわれる500m第2レース、レーンは、ドローで決める事情もあり、新濱はまたしてもインスタートになってしまった。

 アウトレーンには、W杯種目別ランキング3位のホーバル・ロレンセン(ノルウェー)。

「最初の100mに関しては、ちょっと体が重くてあまり動かなかった」と言う新濱だが、ロレンセンには0秒11先行していた。

「ロレンセン選手はラストの400mが速いというのを知っていたので、自分の滑りで逃げることだけを考えていました。昨日は(高速レーンで)初めてのレースだったので、ちょっとビビりがあったけど、今日は1本滑ったあとなので、思い切りいけた」と言うように、自信を持って直線をグイグイ攻めた。

 そして最後のホームストレートでも力を出し切ってロレンセンを引き離し、前日の日本記録を0秒04更新する33秒79を出した。

 初日のレース後、新濱の33秒台の感想を問われた小平奈緒(相澤病院)は「単純にすごいなと思います。ただ明日もあるし、2本そろえて本物だと思うので気を抜かずに集中してやってほしい」とエールを送っていた。

 新濱も試合後、「1本だとフロックだと思われるけど、2本目でしっかりタイムを更新できたので、33秒を出せる実力があることを証明できたのではないかと思います」と顔をほころばせた。

 それに対してクリズニコフは、最下位の12位でも総合優勝が確定するためか、スタートから力を抜いた滑りで41秒28でゴール。観客からはブーイングもあがった。

 結局、1位は新濱になったが心境は複雑だった。

「今日は順位よりも自分のタイムを更新できたことの方がうれしかったです。ただ、今の状態で小さな第2カーブをどのくらいで回れるかも知りたかったので、アウトスタートをやってみたかったですね」

 昨年5月に強化選手としてナショナルチーム入りした時は、日本のトップになることや、33秒台を2回も出せることなど想像すらしていなかった。

 コーチ陣からは「クリズニコフに勝つぞ」「33秒台を出せる力がある」と言われていたが、そこまでの自信もなく「実力もまだまだと思っていた」という新濱は、笑いながら「冗談でしょう」と受け流していたという。だがそれから10カ月あまりで、ここまで成長した。

 今大会、33秒台を出したにもかかわらず「とくに何か違う感覚があったということはない」と言う鈍感力も魅力のひとつだ。

「映像を見ても全体的な滑りの技術は少しずつよくなっていると思う。ただ、コーナーワークに関しては本当に100%出し切れたという感覚はあまりなくて、まだまだ未熟なので、そこは成長していきたい。それができれば、クリズニコフとも戦えるのではないかと思っています」

 ナーバスになったことはなく、この日もレース直前まで笑顔を見せていた新濱。髙木美帆の1500mの世界記録樹立の瞬間も、控室で寝ていて見損ねたと苦笑する。そんな図太さを持つ22歳が、22年北京五輪のメダル候補へと育っていくはずだ。