奥村政稔(まさと)はこれまでの野球人生において、プレー続行の危機が幾度となくあった。 まず中津商(大分)で過ごした…

 奥村政稔(まさと)はこれまでの野球人生において、プレー続行の危機が幾度となくあった。

 まず中津商(大分)で過ごした高校時代。中津工との合併により、中津商最後の在校生となった。最速147キロを誇る県内屈指の好投手でありながら部員が集まらず、最後の夏を戦った時はわずか10人。0-10と初戦コールド負けで高校野球を終えた。



オープン戦でも結果を残すなど、開幕一軍に向けてアピールを続ける奥村政稔

 そして大学時代。九州国際大では入学と同時にベンチ入りを果たした。1年春のリーグ戦前に組まれたソフトバンク三軍との試合に先発し、5回を完全に抑えるパーフェクトデビュー。2年秋には九州六大学リーグ優勝に貢献。しかし、そのシーズンを最後に突如、大学を中退してしまう。

 その後、社会人野球の三菱重工長崎が路頭に迷っていた奥村を救った。そしてJR九州、西部ガス、Honda熊本といった全国的な強豪チームが集まる九州地区の社会人野球で、奥村の才能に磨きがかかった。

 球速はたびたび150キロを超え、2015年からは2年連続で都市対抗(補強選手を含む)に出場し、日本選手権にも出場を果たすなど、全国の舞台を経験。

 とくに2016年の充実ぶりは目を見張るものがあり、日本選手権予選の決勝では1安打完封の快投を演じ、九州ナンバーワン投手の称号を得た。

 球速も最速154キロまで伸び、ドラフト指名も現実味を増し、奥村自身も「ドラフト当日が妻の誕生日なので、これでプロ入りできたら100点満点の1年になる」と語るなど、自信に満ちていた。

 ところが、この年のドラフトで奥村の名前が呼ばれることはなかった。しかも、シーズンオフにチームは休部と、三菱日立パワーシステムズ(横浜市)との統合を発表した。

 奥村は妻と話し合った結果、単身で横浜に行くことを決意。移籍1年目に都市対抗4強入りに貢献したが、2017年秋のドラフトではまたしても指名漏れ。

「地元に残してきた家族に迷惑をかけてまで野球は続けられない」

 そう決断した奥村は、移籍2年目の2018年に「今年いっぱいで辞めさせてください」と後藤隆之監督に直訴する。強く慰留されたが、奥村の決意の固さに了承せざるを得ず、2018年シーズンを最後に社会人野球から身を引くことが決まった。つまり、ドラフト指名がなければ、野球そのものから引退しなければいけなくなったのだ。

「地元で看護師を続けながら僕のわがままに付き合ってくれた妻のもとへ帰ろうと思いました。子育ても任せっきりで、本当に申し訳ない気持ちのなかで野球をしていたので……。転職サイトにも登録して、真剣に仕事を探していましたよ。1日に100件ほど情報がメールで送られてくるのですが、その対応にもあたふたして……」

 昨秋のドラフト当日、一縷(いちる)の望みにかけていたが、名前が呼ばれることなく時間だけが過ぎていく。「いよいよ野球とお別れする時がきたか……」と天井を見上げた時、福岡ソフトバンクホークスが7巡目で奥村を指名したのだ。

「ないものだと思っていた野球人生が、まだこうして続いている。そして今回、夢にまで見たプロ野球への挑戦というチャンスをいただけた。人生、ホントに何が起こるかわからないものですよね」

 そんな奥村にとってのプロ1年目キャンプ。昨シーズンの被本塁打がリーグワースト(163本)だったことを受け、チームは投手陣に速球の質と精度向上を求め、第1、第2クールでのブルペンはストレートだけを投げるように指示されていた。

 ブルペンでは同期入団のドラフト1位の甲斐野央(東洋大)や、2位の杉山一樹(三菱重工広島)が150キロを超すストレートを連発して首脳陣を唸らせるなか、奥村は浮かない表情でこう漏らした。

「球速で若い甲斐野や杉山に対抗しようと思っても苦しい。自分がアピールすべきポイントは真っすぐじゃないので」

 最速154キロを誇る奥村をもってしても、ドラフト上位右腕が叩き出すストレートは球威、スピードともに異次元だった。さらにチームには千賀滉大や森唯斗といった日本代表クラスの剛腕もいる。奥村も140キロ台後半のストレートをマークするも、やはり”居心地の悪さ”は感じていたという。

「カーブ、スライダー、カットボール、フォークとすべての球種を使い切ること。顔を振って体を大きく使うフォームもそうだし、ボールを動かすこと。自分は経験によって練り上げてきた投球術で勝負するしかない」

 全球種が解禁となった第3クール以降は、状態も評価も上昇。シート打撃で対戦した柳田悠岐から「お前のような球は見たことがない。面白いと思うよ」と肩を叩かれ、工藤公康監督からも「真っすぐは素直な回転じゃない。持ち味が出せていた」と賞賛された。

 また倉野信次コーチは「ブルペンよりも実戦で映えるタイプ」と語るなど、開幕一軍に向けて着実に歩を進める奥村の現状を評価する。

「突然のケガだとか疲労のたまり方だとか、目に見えない部分に対する怖さはありますが、目に見えているものに対する恐怖心はいっさいありません」

 強気の姿勢を崩さない26歳のオールドルーキー。幾度もの危機を乗り越えてきた男の矜持を見たような気がした。