東京パラリンピックに向け様々な競技やアスリートの魅力に迫る、MEN’S NON-NOの連載「2020年TOKYOへの道」。今回は18歳で日本代表に招集された車いすバスケットボールの若きホープが登場!

世界で飛躍的に存在感を高めている日本の車いすバスケに新星が現れた。昨年、高校生ながら日本代表に招集された赤石竜我。5歳の頃に脊髄損傷により車いす生活になった彼と、バスケの出会いは必然だった。

「バスケをやっていた3歳上の兄や仲のいい友人たちの影響もあって、中学1年の頃に埼玉ライオンズの練習見学をきっかけに車いすバスケを始めました。そしてちょうど同じ頃に2020年の東京パラリンピック開催が決まったことにどこか運命のようなものも感じました。とはいえ、まさか本当にそこをめざせる立場になれるとは。だからまだまだ夢の中にいるような感じもありつつ、実力的にも海外遠征などで力不足を痛感させられています。でもその分、自分には逆に伸びしろがあるし、まだまだうまくなれる、強くなれる! とポジティブにとらえています」

持ち味はスピードを生かしたディフェンスと、自信を持って言い切る。

「自分が代表に選ばれた原点であり、一番の強み。そこをもっと伸ばして世界トップレベルに、という思いや、目の前の相手に対して何があっても負けないという気持ちはずっとブレずに持ち続けていきたいですね」

実に堂々とした口ぶりだ。若くして自分自身を俯瞰的に見る術を知る18歳。その地に足のついたスタンスはどのように培われたのだろう。

「それほど真面目人間でもないですし(笑)、ネガティブな面もあります。ただひとつ確実に言えるのは、僕は友人に恵まれたということ。彼らが子どもの頃から車いすの僕に対してみんなと同じように接してくれたから今があるのかなと。今まで試合でたくさん負けましたし、思うようなプレーができないことも多かったですが、悔しさの積み重ねをバネにできているのもそのおかげ。だから今後も感謝の気持ちを忘れずに、日本代表でいろんなことを吸収しながらどんどん強くなっていきたいです」

【プロフィール】

赤石竜我さん

あかいし・りゅうが●2000年9 月11日生まれ、埼玉県出身。5歳の頃にホプキンス症候群という病を患い、脊髄損傷により車いす生活になる。中学1年時に現在所属する埼玉ライオンズに加入して本格的に車いすバスケをスタート。2017年にU-23世界選手権で国際大会デビューを果たすと、昨年はアジアパラ競技大会でフル代表にも初招集。日本代表の将来を担う存在として期待されている。この春から日本体育大学に進学。