アンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸、34歳)のプレーは、変幻自在だ。 J1リーグ第2節。対戦したサガン鳥栖の選…

 アンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸、34歳)のプレーは、変幻自在だ。

 J1リーグ第2節。対戦したサガン鳥栖の選手が、必死の形相でイニエスタを後ろから追いかける。つかまえたと思って飛び込んだ途端、クルッと回転されてかわされた。置き去りにされた選手は、呆然とするしかない。

 そこで今度は2、3人の選手が、よってたかって一気に包み取ろうとする。逃げ道はすべて塞いだはずだった。ところが、後ろ向きのイニエスタにヒールキックで股間をとおされ、唖然とする。

 彼らはまるで、捕り物で地団駄を踏む刑事のようだった。



サガン鳥栖戦で華麗なボールコントロールを見せるアンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)

「練習からそんな感じですよ。信じられない光景が広がるというか」

 ヴィッセル神戸のセンターバック、渡部博文はそう言って肩をすくめた。

「ボールをキープしながら、上体をブンっと振るだけなんですよ。それだけで、3人ぐらいの選手が簡単に振られます。アンドレスは、ボールすら触っていないんですけどね」

 それは、もはや魔法だ。Jリーグ2年目のイニエスタ。その技に一点の曇りもない。

「『イニエスタ選手はうまいですね!』『チームに何をもたらしますか?』『得点ですか、アシストですか?』などという聞き方をされる。でも、それは本質的な問いではない。アンドレスは、フットボールを創り出せるんだからね」

 フアン・マヌエル(ファンマ)・リージョ監督は、イニエスタのプレーを哲学的にこう表現する。

 イニエスタは大袈裟に言えば、ボールに命を与えられる。寸分違わない精度だけでなく、彼の蹴るボールにはメッセージが込められている。次にどんなプレーを選択すべきか――。受け手は視界が広がり、タイミングまで伝わって、より速く、より正確に、次の動きに入ることができる。

「アンドレスは、左サイドを中心に”世界”を構築することができるんだ」

 リージョ監督の盟友であり、各地で転戦を続けてきたスペイン人ヘッドコーチ、イニーゴ・ドミンゲスはそう説明している。

「ルーカス(・ポドルスキ)との呼吸は、高いレベルで合っている。それは2年目ということもあるだろう。(スペイン代表、バルサでチームメイトの)ビジャとのコンビネーションのよさについては言うまでもない。アンドレス自身が信頼されているから、周りの選手を輝かすことができるのさ」

 イニエスタの奥深さは、スペクタクルなドリブルやパスよりも前に、まず、ボールを失わない点にある。だから周りは信じて走り出せる。圧倒的なキープ力。どれだけ相手に寄せられても、むしろその力を利用し、軽やかにかわしてしまう。

「自分に対して相手選手が寄ってくれたら、それだけ周りの選手が自由にボールを受けることができる」

 イニエスタは言うが、それはボールプレーヤーとしての信条である。

 2012年EURO決勝のイタリア戦だった。スペイン代表でプレーしていたイニエスタが、5人ものイタリア人選手に囲まれた写真が話題をさらったことがある。その後、彼は包囲網を見事に突破し、屈強なイタリア代表ディフェンダーを手玉に取った。

 イニエスタはどんなときもプレーの渦の中心にいる。彼がパスを授けることで、周りの選手はアドバンテージを得ることができる。その結果、チーム全体に正しいプレーの流れが生まれるのだ。

「アンドレスのプレーは、思わず見とれそうになる」

 練習で空間、時間を共有する神戸の選手たちは、口々にそう洩らしている。

 中盤の隣でプレーするMF三田啓貴は、天運に恵まれたと言えるだろう。背番号のひとつやふたつ、譲っても損ではなかった。左サイドバックの初瀬亮も、FWの古橋亨梧も、大いに影響を受けるに違いない。また、練習で対峙するディフェンスの選手たちも、違う次元を体験しているはずだ。

 2年目のイニエスタがチームに与える影響とは?

 その答えは、単なるゴール数や勝利では収まらない。チームメイトに絶え間なく与えるカタルシスというのだろうか。1シーズン戦い続けたら、その周囲からは日本代表を狙うような選手も出てくるはずだ。

「アンドレスは自分の力を引き出してくれる。年齢など関係ない。ピッチで最高のパートナーで、自分がうまくなった錯覚を受けるよ」

 かつてカメルーン代表のFWサミュエル・エトーは、当時10代だったイニエスタについて、最大限の敬意を表していた。周りを輝かせる。サッカーという集団スポーツにおいて、最大の能力だ。

「自分が一流だなんて、意識したことはないよ。自分はどこまでいっても自分でしかない。平常心でプレーし、生きているだけさ」

 人並み外れた能力に恵まれたイニエスタだが、謙虚に語っている。

「僕はボールを蹴られるだけで幸せなんだ。たとえ日常で嫌なことがあっても、ピッチでボールを蹴っていれば、だんだんと自分がリセットされていく。いつの間にか、楽しい気分になっているのさ」

 イニエスタはサッカーの化身だ。