蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.56 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サ…

蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.56

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。今回も欧州CLの注目カードについて分析する。テーマは、開幕前に優勝候補と目されていたユベントスと、アトレティコ・マドリーの一戦。

――今回は、チャンピオンズリーグのラウンド16のなかから、アトレティコ・マドリー対ユベントスの第1戦をお三方に振り返っていただき、3月12日に行なわれる第2戦を展望していただきたいと思います。



アウェーで敗戦し、ホームで巻き返しを図るユベントス

倉敷 ホームのアトレティコが2-0で先勝。ユベントスはフルタイムで枠内シュート3本しか打てませんでしたし、珍しくインスピレーションにも欠けましたね。

中山 とくに後半は枠内シュート1本。ほとんどチャンスを作れずに守勢に回ってしまいました。確かに72分にミラレム・ピアニッチが負傷交代をしたというエクスキューズはありますけど、その後は2失点も含めてまったくよいところが見当たらなかったという印象を受けました。

倉敷 VARに関する議論はこの試合でもおこりました。アトレティコは78分にホセ・マリア・ヒメネスがコーナーキックから先制ゴールを決めましたが、シュートの直前にヒメネス自身にファールがあったように見えました。

小澤 あのゴールの前にアルバロ・モラタがヘディングシュートを決めた場面では、モラタが手でジョルジョ・キエッリーニの背中を押したということで、VARによってゴールが取り消されましたからね。あれをファールとするなら、ヒメネスのプレーもVAR判定にかけてもよかったのではないでしょうか。そもそもモラタのファールも、確かに手はかかっていましたが実際にキエッリーニを押していたのかどうかは怪しかったと思います。

中山 確かにあのシーンでは、キエッリーニの演技が入っていたように見えました。競り合いに負けたと判断した瞬間にVARを意識した演技に切り替えるとは、さすがイタリア人だなと見ていて思いました(笑)。

倉敷 VARの使い方によってはもはや違う競技になりそうで心配です。

中山 この試合はVAR担当も含めて審判団全員がドイツ人でした。

倉敷 今季のドイツ・ブンデスリーガは開幕節からVARが試合に介入しすぎると問題になっていましたから、ここにも目立つ人がいたのかな?と疑ってしまいますね。

 国内では審判も上手に味方につけると対戦相手から揶揄されることもあるユベントスですが、今回は違いましたね。少ない点差でしっかり勝つのがマッシミリアーノ・アッレグリ監督のスタイルですが、今回は2失点してアウェイゴールも奪えなかった。これは第2戦での誤算でしょう。対処が難しいと思います。今季は3点目をなかなか奪えないでいるからです。まずは2-0を目指すかもしれません。

中山 今シーズン序盤の戦いぶりを見たとき、ユベントスは優勝候補筆頭に挙げてもいいんじゃないかというくらい強かった。いろいろな戦い方ができるし、クリスティアーノ・ロナウドが加入したことで確実にパワーアップしていましたしね。

 ところが、次第に3バックを使うケースがほとんどなくなって、基本が4-3-3もしくは4-2-3-1と、4バックしか使わなくなってしまいました。昨シーズンまでのユベントスは試合によってアッレグリが自在に戦術を変えるということが特徴のひとつでしたが、今シーズンはそういった変化がなくなったことで、対戦相手にとっては戦いやすいチームになってしまったように見えます。

倉敷 おふたりに質問したいのですが、ユベントスが4バックに固定した理由は、今シーズンからロナウドが加入したことと関係があるのでしょうか?

小澤 あると思います。

倉敷 中盤のブレーズ・マテュイディはロナウドの背後をカバーするためにかなりのエネルギーを費やしてしまい、3バック時は遅れが出てしまう傾向がありますね。

中山 この試合でもそうでしたが、前線左のロナウドが中央、右サイドと自由に動くため、それに伴ってマリオ・マンジュキッチとパウロ・ディバラもポジションチェンジを繰り返すという傾向があります。そうなると、当然前から相手の最終ラインに効果的なプレッシャーをかけることができないので、アッレグリとしては最終ラインを3枚にするのが怖いと考えているのではないでしょうか。要は、守備バランスの問題ですね。

倉敷 さらに言えば今季はロナウドが高いアウトサイドの位置を主戦場にするために、マンジュキッチがコーナー付近に開いたプレーの脅威が減った印象を受けます。

中山 とくに逆サイドからクロスに対して、サイドからゴール前に入ってヘッドで決めるというプレーは、マンジュキッチの得意技ですからね。

倉敷 ロナウドが加入したメリットの大きさは言わずもがなですが、一方でユベントスが失った攻撃のオプションもありそうです。ディバラを使った別のオプションなどが欲しいですね。

小澤 ロナウド級の選手になると、監督が妥協しなければいけない部分も出てきます。ロナウドに守らせるより、ロナウドがプレーしやすいように全体をうまくオーガナイズしなければならないというタスクが、今シーズンのアッレグリにのしかかっているのだと思います。特に守備面で今のロナウドに多くの注文はできませんので、そこは戦術的な変化がなくなってきた原因と見ていいでしょう。

倉敷 マドリー時代は、すべての選手がロナウドを見ていました。すべての攻撃のベクトルが彼に向き、フィニッシャーとして世界最高のアタッカーをどう活かしていくかが、ハイレベルで完成されていました。ラストパサーの象徴がカリム・ベンゼマであり、ギャレス・ベイルだったと思います。

 しかし、この試合のユベントスにはピアニッチしかクリエイティブな選手が見当たらず、ロナウドを活かすアイデアに乏しい状態でした。ジョアン・カンセロがスタメンに入っていたら、多少期待できたかもしれませんが、最近大きなミスもありアッレグリ監督の信頼度が低下していたのかもしれません。

中山 最近の傾向からすると、アッレグリの信頼を勝ち取っているのはマッティア・デ・シリオのほうですよね。彼は左右両方のサイドバックができるので、デ・シリオ、アレックス・サンドロ、カンセロといったサイドバックの駒のなかでは現在アッレグリのファーストチョイスになっています。

 ただ、たしかに彼はミラン時代より成長していると思いますが、及第点のパフォーマンスしか望めないような印象を受けます。ときに稚拙な守備を見せることもありますしね。それもあってか、この試合ではアトレティコの2トップ、ジエゴ・コスタとアントワーヌ・グリーズマンが途中から左右入れ替わって、前線に張るジエゴ・コスタがデ・シリオとマッチアップしようとする動きが目立っていました。

小澤 前半のVAR判定で、PKではなく直接フリーキックになったシーンもジエゴ・コスタとデ・シリオのマッチアップのところでしたね。

中山 おそらくジエゴ・コスタはキエッリーニやボヌッチとのマッチアップを避けてデ・シリオと対峙したほうが得策と考えての選択だったのだろうと思います。

倉敷 ユベントスは慎重だったのか、選手交代も遅かったですね。選手交代はアトレティコのディエゴ・シメオネがすべての交代枠を切ってからでした。

小澤 シメオネは67分までに全部の交代カードを切っていますからね。ユベントスとしては、サミ・ケディラが使えなかったことも痛かったと思いますが。

倉敷 ケディアラは中盤から駆け上がってシュートを打てる選手ですものね。ロドリゴ・ベンタンクールも良い選手なのですが、やはりディバラが鍵ですね。例えばフェデリコ・ベルナルデスキを右で使って、左にマンジュキッチ、中央にロナウド、トップ下にディバラを起用したほうがアトレティコは嫌なのではないでしょうか。

中山 中盤はピアニッチが負傷交代したので、第2戦に間に合わないとさらにユベントスの中盤の編成が難しくなりそうですね。

小澤 この試合では、シメオネのピアニッチの消し方がよかったですね。とくに後半はジエゴ・コスタとグリーズマンの2トップを縦関係に変えて、完全にグリーズマンを彼に付けました。その辺はアトレティコがしっかり対応できていましたし、さらにタイミングよくコケとサウールが復帰したことも大きかったと思います。

 結局、アトレティコはボランチの選手を4人中盤に並べたときが最もハマる。この試合でそれをできたのも大きかったですし、復帰という点ではジエゴ・コスタもギリギリで間に合ったことも大きかったと思います。モラタもいい選手ですが、ジエゴ・コスタが前線にいるのといないのでは、脅威の部分で違ってくると思います。

中山 アトレティコは直前のマドリー・ダービーで今シーズンからチャレンジしている攻撃的な戦い方をトライして完敗を喫したことが逆に奏功し、このユベントス戦では割り切って原点回帰することができたように思います。やはりシメオネのアトレティコは堅守速攻で強くなったチームですし、この試合ではコーナーキックから2ゴールを決めるなどシメオネのチームらしい勝ち方ができたことは、今後の自信にもつながるでしょうね。

倉敷 ああいう戦い方ができる時はやっぱり強いですね。ユベントスと戦えるチームは、キエッリーニに対抗できるセンターバックを持っているチームだけだと思っていて、その点でディエゴ・ゴディンは申し分ありません。

 ただ、第2戦に向けて心配なのは、アトレティコのジエゴ・コスタとトーマス・パーテイが累積警告で出場停止であることです。

中山 おそらくジエゴ・コスタの代わりはモラタ、トーマスのポジションにはサウールが入って、サイドをトム・レマルで対応するという方法が考えられます。いずれにしても、ホームとはいえユベントスがアトレティコから最低2ゴールを奪わなければ負けてしまうことを考えると、かなりハードルが高そうに見えます。しかも頼みのロナウドも、今シーズンは珍しくチャンピオンズリーグで1ゴールしか決めていないという点も不安材料です。

倉敷 移籍した今季、ロナウドはまずセリエで結果を出すことが重要でした。得点が少なかったのは予選突破が確実に計算できるチャンピオンズよりも国内リーグでのアピールを優先したからという気がします。彼は例年どおり、欧州タイトルのかかるシーズン後半に向け、下半身を猛烈に鍛え上げ、決定力をあげているはずですが、アトレティコ相手に第一戦の負け方は逆転が難しい。それでも個人の決定力でなんとかできるでしょうか?

中山 しかも今シーズンはワールドカップの後のシーズンという難しさもあって、それに加えて長年プレーしたクラブを離れて新天地に移ったことによって、さすがのロナウドも想定外のことが多かったのではないでしょうか。

 それと、ユベントスは選手層という部分で言うと、国内で連覇を続ける絶対王者のわりに、ベンチの駒に寂しさを感じます。この冬のマーケットでも、マルティン・カセレスを呼び戻しただけでした。

倉敷 アトレティコが逆転負けをするケースは考えられますか?

小澤 グループステージのドルトムント戦のように、イケイケの展開に持ち込める相手であれば可能性はあるかもしれません。しかし、今のユベントスにはドルトムントのようなイキのいい若手が数多くいるわけではありません。序盤はインテンシティ高くバチバチ来るとは思いますが、それが90分続くようなインテンシティの持久力はありません。アトレティコとしてはユベントスにボールを持たせて、ある程度ブロックを作って試合に入るでしょうから、仮に先制されたとしてもそれほどバタバタしないと思います。グリーズマンとモラタでカウンターも狙うでしょうし。

倉敷 今シーズンは3点以上をマークした試合が少ないユベントス。アトレティコが1点取ってしまえば決着がついてしまいそうです。早い時間に得点が奪えるか?誰よりもバロンドールにこだわるロナウドはどう立ち向かうのか? とても興味深い第2戦ですね。