日本記録保持者の大迫傑(ナイキ)も出場し、日本勢の好記録再びと期待された3月3日の東京マラソン。あいにくの雨に加えて、気温はスタート時が5.7度、ゴール時は4.9度と厳しい条件の中での戦いになった。



一度は先頭集団から離されたものの、ラストは日本人2位に入った今井正人

 レースはペースメーカーが下り基調の最初5kmを14分37秒で引っ張り、次の5kmも14分32秒、そのあと、中間点通過は1時間02分02秒と、2時間3分台も狙えるハイペースで進んだ。

 そのトップ集団についた日本勢は、すでに9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)出場を決めている大迫と中村匠吾(富士通)、佐藤悠基(日清食品グループ)だった。だが22kmを過ぎたあたりから日本勢は全員が遅れ始める展開に。

 いつもより肩に力が入った感じで集団の後方を走っていた大迫は「スタート地点から寒くなって、身体が動かなくなった」と29km地点で棄権。37kmまで日本人トップを走っていた佐藤も「30kmを過ぎてから急に寒くなって(身体が)動かなくなった」と最後は16位に落ちた。また、中村も15位と失速して、途中まで世界レベルの記録を狙うレース展開だったが、寒さという悪条件に阻まれてしまった。

 一方、優勝したビルハヌ・レゲセ(エチオピア)は、ペースメーカーが外れた30km過ぎから並走していたビタン・カロキ(横浜DeNA)を徐々に突き放し、ほとんどの選手が16分台に落ち込んだ35~40kmも15分04秒で走り、ラスト2.195kmも唯一の6分台でカバー。自己記録より33秒遅いだけの2時間04分48秒で世界トップレベルの強さを見せた。

 日本陸上競技連盟の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、この結果をこう分析する。

「優勝したレゲセ選手は寒い中でもあの記録だから2時間2分台の選手だと言っていい。日本はまだ(トップクラスの選手で)2時間6分前後なので、その力の差が雨の中で出てしまった。日本選手の力はまだまだだと認めなければいけない」

 結局、日本勢は前半から2時間6分台を狙う集団にいた選手たちが後半になって順位を上げ、5位(2時間10分21秒)になった初マラソンの堀尾謙介(中央大)と6位(2時間10分30秒)の今井正人(トヨタ自動車九州)、7位(2時間10分35秒)の藤川拓也(中国電力)が日本人3位以内で条件のタイムをクリアし、MGC出場権を獲得した。このほか、2レース平均タイムのワイルドカードで8位(2時間11分05秒)の神野大地(セルソース)がMGC出場権を獲得する結果になった。

 その中で、安堵の表情を見せていたのが今井だ。

「25km手前の橋の下りで、四頭筋や座骨系の結節あたりがちょっと動かなくなって『いけないな』という感覚が出てきてしまった」と、4人になっていた日本人集団から遅れ始めた。だが「気持ちはまだあったので、まだまだ終わりじゃないと思って走った」と粘りを見せた。

「給水ボトルに長男が『頑張るのが男だ』と書いてくれたので、勝負はそこからだと思って、そのボトルを30kmの給水に置いていたんです。でも係員が置いてくれた瞬間に倒れてしまって、そのボトルだけが取れなかったんです。その時に『クソッ』と思ったのも、ある意味で気持ちが入ったというか。それからは沿道で家族や知り合いがいたりすると『男だろ!』という気持ちでガッツポーズをして気合いを入れたり……。前もまだ見えていたから『ここで諦めてたまるか』とか、こういう天候こそ自分の見せ場だと思って走りました」

 日本人1位になった堀尾には追いつけなかったものの、日本人2位でゴールを果たした。

 2015年の東京マラソンで、日本歴代6位の2時間07分39秒を出して、同年の世界選手権北京大会代表になった今井は、暑さに強いこともあって、その世界選手権だけではなく16年リオデジャネイロ五輪も日本のエースとして戦うだろうと期待されていた。しかし、世界選手権へ向けた練習中に髄膜炎を発症して欠場。翌年の東京からまたマラソンを走り始めたが、低迷する時期が続いた。

 そんな中、昨年3月のびわ湖毎日マラソンのあと、指導する森下広一監督と話し合って半年間は、朝練習に参加するだけで、それ以外はチームと離れて時間を過ごしていた。10月にチームに復帰してからは、「新しいチャレンジをしたい」と練習も見直し、量や質のみを追求するのではなく、休むときは休むなどメリハリに気をつけた。

「やっぱり体の問題もあるけど、一番は僕の気持ちの部分だと思っていたので。それに、(レースに)臨むための気持ちをうまく作っていかないと体も動いてくれない。その意味では、特に気持ちの上げ下げを意識しました。

 以前のマラソン練習は、ガーッと集中してやっていたこともありましたが、今はポイント練習とポイント練習の間はかなり気持ちを落ちつかせて、トコトコ(小走りを)やってみたりしています。自信を持てない弱い要素は何かと言うと、やっぱり気持ちの部分が大きかったのだなと思いました」

 元旦の全日本実業団駅伝でエース区間の4区を走って区間3位になった後も、今年はきっちりと休みを取り、フレッシュな状態で次に臨もうという気持ちになれたと言い、休む勇気を持てるようになっていた。

「今回は攻める楽しさとか、きついのを我慢する楽しさを全力でやってみようと思っていました。25kmで(日本人トップ集団から)離れた後もそこからはあまり差が開かなかったので、逆に『ここは勝負どころだな』と思って走っていました。実際には前との差は詰まっていなかったかもしれないけど、1kmごとに1秒とか0.5秒ずつ詰まっているような感覚で、自分をプラスに持っていけたと思います」

 今年9月のMGCや来年8月の東京五輪は暑さとの戦いになる。「今回の寒い中でのレースとは条件が異なりますが、その中でも最後の最後まで何があるかわからないという気持ちで前だけを見て走れたことは、次のMGCへ向けて1歩になったのではないか」と、今井は言う。

「最後は駅伝だと思って前の堀尾くんを追いかけました。その走りは自分の持ち味でもあるので。結局とらえられなかったけど、最後の最後まで集中していたので寒さはそれほど感じなくて、『冷えたな』というくらいでしたね。追いかけている時はちょっと川内優輝くんのイメージもありましたね。ああ、こういう走りを彼はしているんだなって(笑)」

 今回の東京マラソンの結果で28人となった9月のMGC出場者。その中に今井が入ったことで、面白さの要素がまたひとつ増えた。