「久しぶりの優勝で、すごくうれしいです」

 3月2日、3日の『第32回リード・ジャパンカップ』(以下LJC)に優勝した野口啓代(のぐち・あきよ)は、喜びをそう表した。彼女にとって「リード日本一」は2年ぶりのことだが、久しぶりに感じた理由は別にある。



左から、2位の森秋彩、優勝した野口啓代、3位の平野夏海

 昨季の野口は、国際大会で5度も表彰台の真ん中に立った。これはヤーニャ・ガンブレット(スロベニア)の8度に次ぐ回数で、昨季のW杯ボルダリング年間女王になった野中生萌(のなか・みほう)の1度をはるかにしのぐ。

 それが今年は、1月の『ボルダリング・ジャパンカップ』(以下BJC)と2月の『スピード・ジャパンカップ』を野中が制した。例年はスロースターターで国内大会の成績が奮わない野中の二冠が、野口にとっては昨年11月の最終戦・アジア選手権以来の定位置回帰にもかかわらず、「久しぶり」な気持ちにさせたのだ。

 初日の予選を3位通過した野口が、「明日は難しいルート(課題)になればいいなと思います。難しいものに挑戦するほうが登っていて楽しいですから」と望んだとおり、ルートの難易度は準決勝、決勝とラウンドが進むごとに増していった。

 難度の高さに「完登者ゼロ」という結果に終わった決勝は、準決勝8位通過の野中がひとつ順位を上げて7位でフィニッシュ。野口は獲得高度で前年リード日本一の森秋彩(もり・あい)と並んだものの、予選ラウンドの成績で上回っていたことで優勝を手にした。

「決勝のルートはすごく難しくて、中間部でムーブに迷いが生じましたけど、終了点近くまでいけてよかったです。オブザベーション(課題の下見)はしっかりできていたので、国際大会シーズンでは万全な状態で臨めるように、リードの調子も上げていきたいですね」

 4月から始まる国際大会シーズンに向けた調整段階ながらも優勝し、充実した表情で大会を振り返った野口に、「最後までいい勝負ができてよかった」と言わしめたのが、この春から高校生になる15歳の森だ。

 TOPホールド手前の壁に隠れるようにつけられたホールドを、野口は取りにいこうとしてフォール(落下)したが、森はその存在を見落としていて、一気にTOPホールドに飛びついたが届かなかった。

「予選でオブザベーションのミスをしていたのに、決勝でも同じことを繰り返してしまって。登り終わってから気づきました。まだ余力はあったので悔しいです」

 競技後に連覇を逃した悔しさをにじませた森だが、彼女にとっては収穫の多い大会になった。

 昨年の森は『BJC2018』に準優勝し、『リード日本選手権』では優勝したが、今年の『BJC2019』は準決勝敗退の7位。今大会が2位のため、順位だけを見れば好不調の波が大きいように映るが、森が昨年から「将来に向けた大きなテーマ」に取り組む一環として見れば、彼女が順調にステップを踏んでいることがわかる。

「去年1年間で、体重を8kg増やしました。今までは軽さで登っていたけれど、体重を増やしたことで一手一手のダメージは大きくて、腕がパンプするのは早くなったし、それまでスッと登れたものも以前よりしんどくなりました」

 森が体重を増やしたのは、今年から年齢制限をクリアして出場できるW杯シーズンや、その先を見据えているからだ。スポーツクライミングの国際連盟は、出場選手のBMI値を規制している。理由はファッションモデルのBMI規制と同様に、極端な痩せすぎは健康を害することになりかねないからだ。

「野口さんたちのトップクライマーが、こんなに負荷のかかった状態で登っていたんだなと思うと、そのすごさが前よりもわかるようになりました」

 それでも「以前の体重に戻したいとは思わない」という森は、進化に手応えを感じていると明かす。

「今は体重を増やす前よりも、もっと強くなれる可能性を感じています。パワーアップもしているので、今はとにかくもっと登りこんで、この身体の感じに慣れたいと思っています」

 白い歯をこぼしながら報道陣からの質問にハキハキと答える森の表情は、以前に比べて格段に明るい。その森と「最近仲良くなったんです。ずっと刺激になっています」と話すのは、今大会で初めて8名のファイナリスト入りし、5位になった15歳の中川瑠(なかがわ・りゅう)だ。

 森の一学年下になる中川が、20歳未満の選手のための『世界ユース』に出場するには、2年に1度は森と同じカテゴリーで日本代表の座を勝ち取らなければいけない。だが、中川は「同じ世代にいてくれるから、私も強くなれている」と打ち明ける。

 これは「森秋彩年代」に限ったことではない。

 昨年はW杯リードでファイナリストを経験し、今年1月のBJCで4位、この大会では3位と成長著しい16歳の平野夏海は、五輪強化選手の伊藤ふたば(今大会9位)と同学年。平野が出場できなかった2年前の『BJC2017』で優勝した伊藤との距離感について訊ねると、「他の人と自分を比べたりしないですが、追いついたというよりは、少しは戦えるようになったかなと思います」と自信をのぞかせる。

 国内のスポーツクライミングシーンは、各年代に国内トップ選手とわたり合える選手がいることで、他の若い選手たちが刺激を受け、同年代で切磋琢磨しながら実力を伸ばすことにつながっている。若い選手たちがトレーニングを積み続ける高いモチベーションを維持できているのは、「国内トップ=世界トップ」という構図をもたらしている第一人者の存在があればこそ。「オリンピック化」による重圧を受け止めながら、道を切り開く野口啓代の背中は、まだまだ遠く、そして大きい。