ヤクルトの春季キャンプ(沖縄・浦添市)が2月25日に終了した。練習は長く厳しかったが、内容の濃さに時間を忘れてしま…
ヤクルトの春季キャンプ(沖縄・浦添市)が2月25日に終了した。練習は長く厳しかったが、内容の濃さに時間を忘れてしまうほど充実していた。そのなかでも、とくに引き込まれたのが早出練習での”バット投げ”だった。
スイングしたバットを遠くへ放り投げる”バット投げ”は、じつにシンプルな練習だが、その風景から連想されるホームランを打つことを目指しているわけではない。

浦添キャンプの名物となった早出のバット投げ練習
「体幹を使ったなかでのスイングを体に覚えてもらいたいと思って始めました。バッティングはボディーバランスが重要であり、バット投げはその一環で、言ってみればバッティングをするための予備運動です」
石井琢朗打撃コーチは”バット投げ”の意図についてそう説明してくれた。石井コーチは、これまでも前頭葉を鍛える”暗算ティー”や、体幹と再現性をつくる”サンドバッグ&メトロノーム”など、ユニークなメニューをいくつも考案してきた。
「バットを高く遠くへ飛ばすために必要なのは体幹です。でも、この練習で一番大事なことはバットを真っすぐ飛ばすこと。そのためにはスイング軌道と腕の使い方をしっかりしないといけない。とくに、うしろの腕の使い方ですね。前の手をしっかりとリードして、力を入れすぎずに、ヒジは内側から出す。よく、インパクトの時に手首をこねたりする選手がいますが、そうなるとボールは真っすぐ飛びません。極端に言えば、バッティングとはトップの位置からインパクトまでなんです。つまり、インパクト以降は力を入れる必要はありません。バット投げでそこを身につけてほしい」
バット投げの練習がスタートするのは、午前9時15分を過ぎる頃で、場所はライトのファウルゾーン付近。選手たちのフルスイングしたバットが、クルクルと回転しながら、バックスクリーン方向に飛んでいく。ひと投げするたびに選手たちから歓声が上がるなど、じつに楽しそうで、競技会を見ているようでもある。
「オッケー」
「今のはまあまあ」
「飛ばしているのはバットだけど、ボールをイメージする!」
「ヒジの抜けがよかったよ」
そう石井コーチや宮出隆自コーチが選手たちに声をかける。選手たちはライバルたちの”バット投げ”を参考にするなど、どうすればうまく投げられるかを考える。美しい放物線を描くバットを見れば、彼らの”躍進”を期待せずにはいられない。
浦添キャンプに参加した野手は20人で、そのうち下記の13人が早出練習として朝8時半から汗を流していた。
捕手:中村悠平、西田明央、松本直樹
内野手:西浦直亨、奥村展征、太田賢吾、廣岡大志、宮本丈、村上宗隆、吉田大成
外野手:山崎晃大朗、渡邉大樹、塩見泰隆
“バット投げ”練習は1日に5人。選手たちから何度も「うまいなぁ」と感心されていたのが渡邉だ。そのほとんどが真っすぐ、高く、遠くへ飛んでいた。渡邉がその秘訣について語る。
「バットがきれいに飛んでいくのは気持ちいいです(笑)。僕はこの練習をほかの選手より多くしているので、それもあると思います。今は、宮本(慎也)ヘッドコーチからの課題で、右手を離してフォローする練習をしていて、その意識を持つことで正面に飛ぶようになりました。打席でもああいう風にバットが内側から出て、ボールがバットに乗っかり、前に大きくフォローがとれたら、きっと”バット”みたいにきれいに(ボールが)飛んでいくと思います。でも、実戦ではまだまだです(笑)」
その練習の成果か。渡邉は韓国のKIAタイガースとの練習試合で逆転満塁ホームランを放った。4年目の今シーズン、内野手から外野手登録となり「結果がほしいです」と意気込んでいる。
「レベルの高い環境でやらせてもらっているので、いろんなことを吸収して今シーズンにつなげたいと思っています。僕の場合は走塁からだと思うので、まずはそこでアピールして、なんとか食らいついていきたい」
6年目となる奥村も、頼もしい”バット投げ”を見せた。宮本ヘッドが「この種目がオリンピックにあったら金メダルやな(笑)」と言うほど、美しい放物線を描いていた。奥村が言う。
「バットを真っすぐ投げるにはどうすればいいのか。投げる時になぜ引っかかってしまうのか……そのことを自分で考える練習でもあると思います。毎日いろんなことを教えてもらいますけど、それを単に消化するだけじゃ成長しない。ユニークな練習もしっかりした意図があって、すごく大事だなと思いました。
僕の場合は、コーチから『振れ』と言われたら、とにかく真面目に数多くそれをこなしていました。それができたら次のことを教えてもらって……。でも、その繰り返しでは”点”でしかなく、自分の形はぼんやりしてしまいます。今年は積み重ねてきたものを1つの”線”にしたいですね。それが自分のバッティングになると思います」
奥村は今シーズン、外野守備にも取り組み、背番号も56から00に変更。「今まで以上に大事なシーズンになると思っています」と気を引き締めた。
廣岡と塩見は「真っすぐ飛ばす」という点で安定感はないが、ツボにハマった時の圧倒的な飛距離と高さは群を抜いていた。
4年目となる廣岡は「まだ(2回目なので)よくわかっていないのですが……」と前置きした上で、次のように語った。
「この練習はバランスという意味でとらえています。バランスが悪くなると引っかけたりしてしまう。手だけでやるのではなく、体全体でセンター方向へ向かって……という感覚です。僕は腕が長いこともあるのですが、どうしてもバットが外側から出てしまいます。まずそのスイング軌道を変えることから始めて、それをずっとやってきました。飛距離は伸びたので、それが実戦でもできてくれば自信になる。そのためにも、試合で縮こまらずにやっていきたい。やろうとしている方向性は間違っていないと思います」
続けて廣岡は「昨年の悔しい思いを忘れずにやっていきたい」と、今シーズンにかける思いは強い。
2年目の塩見は、バットが真っすぐ飛ばずに苦しんだが、高く、遠くへ飛ばすことにかけてはトップクラスだった。
「この練習が大事だと思っていますが、見てのとおりです。引っかくようなバット軌道が多いので、なかなか真っすぐに飛ばすことができません。小手先でやっても、うまくいかない。きちんと体全体を使って、覚えていかないといけないですね」
塩見は昨年オフに台湾で開催されたアジア・ウインターリーグで打率4割2分9厘の好成績を挙げ、首位打者を獲得。チームの期待も大きい。
「誰にも負けないのはスピードだと思うので、そこをアピールしたいです。そこを消さずに、まずは出塁率を上げていきたい。パワーは二の次です。飛ばすバッターは村上とか、ほかにもいますので……。出塁率を高めていくなかで、長打も打てますという形になればいいですね」
この”バット投げ”の前には、体幹やボディバランスを強化するトレーニングメニューが組まれており、選手たちは地道な取り組みを丁寧に繰り返していた。
「選手たちには球際に強い打者を目指してもらおうと。それは体勢が崩されたなかでの適応力などです。そのためには下半身の粘り強さ、タイミングを崩された時にいかに粘ってバットを出せるか。早出練習ではそういうところを重要視しています。最初にも話しましたが、バッティングをするための予備運動なんです」(石井コーチ)
石井コーチに「バット投げは、野球マンガの『ドカベン』で岩鬼がバックスクリーンにボールではなく、バットを放り込んだ場面を思い出します」と話すと、少し笑ってこう続けた。
「まあ、そうですね。まだ基礎工事の段階なので、そこまで夢は描いてないですけど……」
若手選手たちの振る力と打球の強さは間違いなくアップしている。その成果をシーズンでも発揮できるのか。レベルアップした燕打線から目が離せない。