創部から30年間、昭和第一学園高校の監督を務めた深沢守之監督が定年退職。2018年シーズンをもって監督を退任することになった。

2月17日、毎年恒例となっているOB戦には深沢監督最後の試合を盛り上げようと、創部当初のOBも選手として参加。サイドラインから試合見ていた深沢監督含めフィールド内外から笑顔が絶えない温かい『引退試合』となった。

深沢監督は1954年1月10日生まれ。町田工業高校時はサッカー部に所属。高校卒業後は日本体育大学に入学し、アメリカンフットボール部に入部した。1年時はQBだったが、2年時からDBとして活躍した。

大学卒業後、昭和第一学園高校に赴任。赴任当初からフットボール部の創部を考えていたが、13年間はサッカー部の顧問を務めた。1988年、念願のフットボール部を創部。30年間一貫してフットボール部の監督を務めてきた。関東高校連盟の理事長も20年間務め、高校フットボールの発展に大きく貢献してきた。

OBの中には大学や社会人のトップリーグでフットボールを続けている選手も多い。今回のOB戦にはノジマ相模原ライズOL土方元(日本大)、WUC日本代表に選ばれた法政大学オレンジDL利根川公紀(4年)が参加した。

「私が在学中は部員が私を含めて3名しかいなかったので練習するにもトレーニングするにも工夫が必要でした。先生は相談には乗ってくれますが、何をするにも自分たちで考えたことを優先させてくれて温かく見守っていてくれました。高校の経験があったから自分で考える力が身についたと思います」と、利根川は深沢監督の指導が今でもフットボールに生きていることを明かした。

「先生にはずっと『忍耐』と言われ続けていました。いまでもその言葉が支えになっています」

土方は社会人になっても先生から教わった言葉が支えになっていることを明かした。

「『忍耐』は創部当初から選手に言い続けていた。社会に出ると理不尽なことは多い。そういったことにも耐えられる精神力をフットボールで通じて培ってもらいたかった」と、深沢監督。

チームの監督は退任となるが、関東高校連盟の理事長は継続。今後も日本フットボールの発展に力を注ぐ。