写真:早田ひな(日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部
Tリーグ日本生命レッドエルフ所属、現在18歳。開幕から怒涛の11連勝でTリーグ初代女子MVPの座に輝いた早田ひな。

超えたくても超えられなかった「壁」石川佳純にも、今年1月の全日本選手権の舞台で遂に打ち勝った。そこに重ねて今回のMVPである。先日のポルトガルOPでは元世界ランク1位の劉詩ブン(中国)を破った末に優勝を飾るなど、ホットなニュースに事欠かない早田。いま卓球界で最も勢いに乗っている女子選手のひとりだ。

弱冠18歳・・・日本女子卓球の黄金世代と呼ばれ、同い年には伊藤美誠、Tリーグで同じ日本生命レッドエルフに所属する平野美宇がいる。かつてないほど期待が集まる日本女子卓球、そして国内外から注目が集まるTリーグを牽引する早田の「強さのルーツ」に迫った。

卓球三昧 気負うより楽しむという強さ

「まさか自分が選ばれるとは思っていませんでした。まず、MVP賞があることも知らなかったのでMVP賞があることに驚いて(笑)、そのあとMVPに自分が選ばれたということにはもっと驚きました。練習しているときにチームメイトに言われて、みんなで盛り上がりました」。

屈託なくそう話すその姿には、11連勝という快挙についても気負いがない。



早田はTリーグの顔として開幕前から積極的にリーグをPR


写真:早田ひな(日本生命レッドエルフ)/撮影:ラリーズ編集部

「11連勝しているのもあまり頭にありません。たしかに自信にはなるけれど、いざ試合が始まったら一戦一戦目の前の試合に集中するだけ」。

自然体――そんな言葉がしっくりくる早田ひな。一つ一つの機会を着実に成長につなげてきたプロフェッショナルとしての歴史が伺える。それにしても、私たちは心配もしてしまう。18歳という年齢で、従来の国内試合とワールドツアーに加えて、Tリーグにもコミットすることは大変ではないのか、と。しかし、早田はこの環境の変化にも前向きだ。

「卓球三昧という感じ(笑)。Tリーグが始まったので全国を回って試合をして、それが終わったら海外の遠征に行って、またそれが終わったらTリーグに参加するという生活をしています。これまではずっと試合が続くということはあまりなかったし、環境やボールも変わってくるので自分にとってすごく良い経験だと思います」。

会話の中で、その言葉の端々から強さの秘訣が見えてくる。自然体、前向き、楽しむ・・・どれも簡単なようでいて、なかなか出来ることではない。ましてや常に勝負にさらされる環境で自分をコントロールし続けるなど、並大抵のハートの持ち主ではない。

「ダブルスもシングルスも」 女王に優劣なし

早田ひなといえば、その左利きを活かしたダブルスの腕前でも有名である。同い年の伊藤美誠、平野美宇との「みまひな」「みうひな」ペアで、ワールドツアーや全日本選手権で、数々の優勝を飾っている。いまやシングルスでも急成長を遂げている早田にとって、ダブルスの立ち位置とはどのようなものなのか。

「ダブルスで結果を出すことは自信にもつながるし、ダブルスもシングルスも同じくらい成績を出したい。ダブルスのサーブからの台上展開やレシーブからの4球目、6球目の展開などは、うまくなればシングルスでも一段強くなれると思います」とダブルスで磨いた技術をシングルスにも活かす相乗効果を狙う。また、

「ダブルスでは、パートナーがどこにいったら打ちやすいかを意識しながら試合をしています。それでもうまくいかないときはコミュニケーションがすごく大事で、どこに打つとやりやすいか、とにかく話し合うことです」とペアとの意思疎通の重要性を強調する。

実際に、同い年の彼女たちがダブルスで組んで試合する時、そのお互いに声をかけあうチームワークの良さは、会場やTVで観ている全ての人にも伝わってくる。

ダイナミックなフォアドライブなど卓越した技術ももちろんだが、どんな時でも楽しむことを意識しているという早田ひなの姿勢は、観客を惹きつける大きな要素だろう。そんな実力と魅力を兼ね備えた18歳の、選手としての原点は、地元福岡にある。

サッカー、バレー…可能性に溢れた幼少期 それでも選んだのは卓球だった

「もともとはお姉ちゃんが卓球をしたいと言って、送迎についていくような形で石田卓球クラブに行っていました」

石田卓球クラブと言えば、早田の地元福岡で、かの岸川聖也(世界選手権ダブルスメダリスト)を輩出したことでも有名な名門クラブである。

「小さなころから岸川選手をTVで応援したり、田添兄弟(健汰・響選手)や徳永(大輝・美子選手)兄妹など毎日間近で強い選手を見たりして、自分も早くあれくらいラリーができるようになりたいと思っていました」。

当時まだ子供用の低い台で練習していた早田少女は、晴れて大人と同じ高さの台を使えるようになった小学校2年生から、先輩選手と同じ技をプレーする楽しさにのめり込んでいったという。

「本当に良い環境で練習できたと思っています。良いお手本を見て学ぶことができ、先輩たちと同じ環境でプレーできたことは、卓球人生で本当に良かったことです」。

一般的に見れば地元に有名クラブがあった環境はとても恵まれていると言える。しかし、早田は卓球界でお馴染みの“両親が卓球経験者で自ら熱血指導する”・・・という英才教育は受けておらず、両親は卓球とは無縁だという。

ちなみに早田の父は、社会人サッカーチームの選手である。「お父さんはサッカーをやらせたかったみたいですが、お母さんが、日焼けして色が黒くなるから駄目だと言って(笑)卓球かバレーかで迷いました。小学校1年生のとき、友人とバレーの体験教室に行ったことがあって。そこでバレーのサーブが卓球のフォアハンドスイングに似ていたのでサーブが全部入って、先生から『センスがあるから真剣にやらないか』と言われたことも。でも、卓球のほうが楽しいと思ってやりませんでした」。

早田は、誰に言われるでもなく、幼い頃から自分で卓球を選び、卓球の「楽しさ」に魅せられてここまで強くなった。

そして、楽しさそのままに卓球界で早くも頭角をあらわした早田は、全国中学校卓球大会で2年連続優勝(2013、2014)、2014年9月アジアジュニア卓球選手権大会カデット女子団体に平野美宇、伊藤美誠とトリオ出場、決勝で中国を下し優勝するなど、大躍進を遂げる。

快進撃の裏側で早田を襲った試練 「やめたいと思ったことは一度もない」




写真:早田ひな(2015年全日本選手権)/撮影:アフロスポーツ
早田自ら「自分らしいプレースタイル」と表現する、体を大きく使った両ハンドドライブや、ラリー戦に強いという特長を武器に、高校に入ってからも早田の快進撃は続く。

2016年にはインターハイ女子シングルス優勝、さらに12月の世界ジュニア選手権大会では平野、伊藤、加藤美優らと共に団体優勝、直後の12月ITTFワールドツアーグランドファイナルではU-21優勝、ダブルス(ペア:浜本由惟)も優勝し、日本選手初の2冠を成し遂げた。

しかし、実はこの快進撃の裏側で、早田に大きな試練が降りかかる。そう、怒涛の快進撃で結果を出し続けてきたその体には、少しずつ限界がきていたのだ。

「楽しさ」を原動力に強くなってきた早田ひなが初めて直面する、「卓球が辛かった」という時期。それでも、「やめたいと思ったことは一度もない」。そう豪語する早田は当時、何を想い、何を糧に更なる強さを手に入れたのだろうか。(第2回“「楽しい卓球」から「楽しめる自分」へ たどり着いた新たな強さ”は2月26日21時頃公開予定)

文:大塚沙央里(ラリーズ編集部)