代表入りを告げる連絡を受けたのは、昨年のクリスマスの頃だった。 2月9、10日にかけて、北九州市で行なわれたフェド…

 代表入りを告げる連絡を受けたのは、昨年のクリスマスの頃だった。

 2月9、10日にかけて、北九州市で行なわれたフェドカップ(女子国別対抗戦)対スペイン戦。ただし、シングルス2名、ダブルス二人一組のレギュラー4名に対し、代表選考枠は5人である。世界ランキングを考慮すると、シングルス3番手の奈良くるみには、たとえ代表として同行しても、出場の機会が回ってこない可能性も高かった。



フェドカップ・スペイン戦で勝利を奪い取った奈良くるみ

 フェドカップに出場するということは、世界各地で開催される大会を線でつなぐように転戦するスケジュールに、綻(ほころ)びをきたすことにもなる。ツアー大会に出れば稼げたであろう賞金やランキングポイントを、犠牲にすることにもなりかねない。

 それでも奈良は、「行きます」と返事をした。

「試合には出ないかもしれないけれど、今の自分の、何かきっかけになれば。何か拾えるものがあれば……」

 それが、彼女に日の丸を背負う決意をさせた、一番大きな理由だった。

 2014年には世界の30位に達し、以降も常にトップ100内に名を連ねてきた奈良の、現在の世界ランキングは156位。昨年末の時点でも100位を割り、1月の全豪オープンには5年ぶりに予選からの出場が決まっていた。

 テニスのクオリティや技術面に、とくに問題を抱えているわけではない。ただ、競った局面でポイントが取りきれず、勝ち切れない試合が続いた。すると、「自信をなくし、フィジカルも落ち……というのが重なる」という、悪循環に足を取られた。

 さらには、自分と同程度のランキングの選手たちが出る大会に身を置いた時に、あらためて感じたのが、「世界的に見ても、年齢的に上になってきたんだ……」という現実。

 昨年12月に27歳を迎えたばかりの奈良ではあるが、プロ生活はすでに10年。周囲の10代の選手たちは、トップ100へと駆け上がろうと、野心とハングリー精神をたぎらせている。何もかもが目新しく、今が楽しくて仕方ない……それは、かつての自分も感じた、心身の活力の充溢だ。

 そしてだからこそ、「若い選手のハングリー精神と戦っていくには、よっぽどのエネルギーが必要だな」と、郷愁に似た実感を覚えるのだという。

 もちろん、今の自分には、若い選手にはない経験がある。だが時に、その経験が既定の枠に自分をはめ込み、邪魔することもあると彼女は言った。

「負けが続くと、気力や体力を上げていかないといけないというのが、去年から今年にかけて感じていることです」

 フェドカップ日本代表に奈良が求めた「何か」……。それは、若さに対抗し、足かせとしての経験を打破するための足がかりだった。

 フェドカップでの奈良は、予想どおりシングルスの控え選手で、当初発表された2日間のオーダーに名はなかった。だが、1勝1敗で終えた初日の夜のミーティングで、翌日のシングルスに起用されることが伝えられる。対戦相手との相性や状況から見て、自分が使われる可能性を十分考慮していた奈良に、別段、驚きや焦りはなかったという。

 それでも、試合当日の朝は、眠りを妨げるほどの胸の鼓動とともに目覚めた。

「あ~、昨日の夜に戻れたらな」

 そんな想いを抱えながらも、同時に試合を……あるいは試合に向かうまでのプロセスを、どこか楽しみにしている自分もいる。

「試合に入るまでに覚悟を決めないといけないし、そのあたりのコントロールが、今のところうまくできていると思います」

 それは、経験があるからこそ、可能な心の制御だろう。

 自分の勝敗がチームの命運をも左右しかねない一戦で、奈良は突然の起用にもかかわらず、価値ある勝利をもぎ取った。たとえポイントを失おうとも、155cmの小柄な身体で最後までボールを追い、何度も相手にリードされてもその都度追いつく奈良の姿は、常に見る者の胸を打ち、熱の帯びた一体感をチームメイトたちにもたらす(結果はトータル2勝3敗でスペインに敗れた)。

「くるみちゃんと(土居)美咲ちゃんのことを、本当に尊敬している。このふたりの先輩と一緒に、フェドカップで勝ちたい」

 奈良より3歳年少の日比野菜緒は、その思いこそが、日本代表への情熱の中核にあると言った。

 小学生の頃から国内のタイトルを総ナメにしてきた奈良を、周囲は「天才少女」「超エリート」と見なしたが、本人の見解は周囲とまるで違う。

「私は才能もないし、本当にコツコツ積み上げてここまで来たので……」というのが、自己評価。

 目標や目指す地点を尋ねても、答えはいつも「100%の力を出し切ること」「常に成長を感じられること」と、プレー同様に安定している。

「経験が邪魔になっているのではないか?」という無垢なジレンマを抱え、それを克服しつつ前に進むのも、今に連なる彼女の変わらぬ姿勢だろう。

 もっとも、今週京都で開催された国際大会で奈良と対戦した19歳の本玉真唯は、最終セットに入った時、奈良が全身から放つ「まだまだ戦える、今から試合が始まる、という雰囲気」に、完全に飲まれてしまったと言った。本人が意識しなくとも、経験と実績が醸し出す威厳や気配を、周囲は確実に嗅ぎ取っている。

 フェドカップでは「100%、力を出し切れた」という奈良は、その実績をたずさえ、再びツアーへと戻っていく。もちろん、目指すはトップ100とその先だが、「私ははるか先を目指すより、目の前を見ないとがんばれないタイプなので」と、全力を注ぐのはあくまで今、この瞬間だ。

「選手によっては『絶対にコイツには負けたくない』というライバル心がエネルギーになると思いますが、私はとにかく自分を上げて強くしたいというのがモチベーション。人に負けない努力をすることが面白いし、ツアーや選手生活もそこが一番の魅力なので。そこは、あんまり昔から変わらないというか」

 そんな彼女も、「いつか自分も『コイツには負けたくない』というライバル心を抱き、それを活力とする日が来るのでは」と、未来を予想したこともあるという。

「でも、そういうふうに思うと、なんとなく、どこか気持ちが変なところに行っちゃうので……」

 10代の頃とさほど変わらぬあどけない笑みで、奈良は自分を俯瞰した。

 そんな彼女が今、求めるのは、とにかく、試合数をこなすこと。

「試合数を重ねたら、またいい勝負勘だったり、ガンガンガンと勝ち続ける瞬間が来るのではと思う。なので、そこまで持っていきたいです」

 変わらぬ自分に小さな劣等感を抱き、経験が成長を阻害すると感じたこともある。それでも、経験を積み重ねるなかで導き出したひとつの答えが、「自分は変わる必要がない、変わらなくていい」という真理なのでは――? そう思い本人に問うと、「はい、そうですね」とコクリとうなずく。

 昔から変わらぬその姿勢と純粋なる向上心で、再び、かつていた場所を目指す。