人との出会い

数少ない同期とともに1年間主将としてチームの先頭に立った瀧澤璃菜(スポ=岩手・沼宮内)がワセダの地から飛び立つ。幼少期からホッケーとともに歩んできた彼女には大学の競技生活はどのように映ったのだろうか。早大で過ごした4年間を振り返る。

 「周りが始めたから」と振り返るホッケーとの出会いは小学校4年生。地元の地域は町技がホッケーという環境であり、競技を始めたことは自然な流れだった。小学生時代は夏にホッケー、冬に卓球という生活を送り中学校では一度ホッケーを離れ他の部活にと思ったこともあった。しかし1度始めたホッケーをもう少し続けてみようと、中学校でも競技を継続。「周りの子がすごく上手くて、楽しかった」という16歳以下の日本代表の選考会の経験が瀧澤を高校でもホッケーを続けさせるきっかけとなった。高校は全国での優勝経験もある強豪・沼宮内高校へ進学。自身も高校時代に国民体育大会に出場し3位に入るなど輝かしい成績を残した。


最後の早慶戦でプレーする瀧澤

  「自分では予想していなかった。」という大学でのホッケー生活。これまでホッケーに打ち込んできた分、大学では勉強も頑張りたいと思っていたとき、巡ってきたチャンスを掴み文武両道を目指せる早大へ入学。OB・OGのサポートや練習環境に恵まれ、周りに気を配れなかったと反省点を挙げながらも競技に打ち込み、フィールドを縦横無尽に駆け回った。1年次から守備として試合に出場し3年次には副将という立場も経験した。

 そして迎えたラストイヤー。「主将に就かせていただいて幸せだった。」と振り返るが、それまで全く経験がなかった主将になりチームを率いていくことには不安があった。春季リーグでは怪我や教育実習でチームを離れる時期があったが同期の助けもあり乗り越え、秋季リーグではディフェンスに加えフォワードも経験した。エンジを着ての最後の試合は4年間で一番印象に残っている試合だと答えた早慶戦。11連覇の中迎えた最後の早慶戦は主将としても、4年生としてもその肩にのしかかったプレッシャーの大きさは想像に難くない。苦しい場面が続くなかで決勝点を決めたのは瀧澤自身だった。伝統の一戦を制し12連覇達成というチームとしても個人としても最高の形で大学4年間の競技生活を締めくくった。

 「どういうホッケーをしたいのかわからない」―。そんな言葉を幾度と耳にした。この1年はやりがいとともに悩みの尽きないシーズンだったに違いない。しかし周囲が「真面目」と表す性格でひたむきにホッケーと向き合うその姿が自然とチームメイトを引き付けていたのだろう。卒業後は地元の役場に勤めながら、社会人チームで競技を続けるそうだ。「ホッケーは人との出会い」と表現した瀧澤のホッケー街道はまだ終わらない。これから先も素敵な人々との出会いが待っているだろう。

(記事 新藤綾佳、写真 成瀬允氏)