「おい、ところで訊いてみたいことがあったんだ」 ヴィッセル神戸の指揮官であるフアン・マヌエル(ファンマ)・リージョは…
「おい、ところで訊いてみたいことがあったんだ」
ヴィッセル神戸の指揮官であるフアン・マヌエル(ファンマ)・リージョは、おもむろに言った。
「日本のボールペンは、なんでこんなに性能がいいんだ? スペインでも高級な店で手に入れたら、それなりのものはある。でも、日本はどのボールペンを使っても、インクが出ないなんてことはないし、滑らかで使い心地がいい。いったい、どうやったらこんなことが可能なんだ?」
リージョは真剣な顔つきで言った。
好奇心が強く、感受性も鋭い。しかし、論理的な人間にありがちなひ弱さはなく、剛直で人間味が旺盛だ。一方、天才にありがちな偏執さ、許容できない一点というのはあるのだろうか。
ジョゼップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ)からも支持を受ける名将リージョは、2年目の指揮となる神戸をどこに導くのか。

ヴィッセル神戸を率いて2季目となるフアン・マヌエル・リージョ監督(右)
「Jリーグ優勝を真剣に狙えるチームで挑みたい」
昨シーズン終盤、リージョは野心的に語っていた。当然ながら補強は不可欠だった。
補強の目玉と言えるのが、元スペイン代表FWダビド・ビジャだろう。その得点力は、37歳になっても衰えていない。Jリーグを見渡しても、実績、実力は比類なし。サガン鳥栖のフェルナンド・トーレスですら霞むほどだ。
このオフ、神戸は他にも積極的な補強に動いた。ロシアW杯に出場したMF山口蛍の他に、日本代表に招集経験のある右SB西大伍、左SB初瀬亮の2人も獲得。さらに、ポルトガル1部リーグ、ヴィトーリアでプレーするブラジル人CBダンクレルの獲得が内定している。
一方でリージョ監督は、伊野波雅彦(横浜FC)、高橋峻希(柏レイソル)、藤田直之(セレッソ大阪)という放出した選手たちを、高く評価していた。それだけに、必ずしも戦力アップにはつながらない部分もあるだろう。戦術にアジャストさせるには、それなりの時間を要する。CBに関しても、リージョ本人がコンタクトしていたのは、ウルグアイ代表マルティン・カセレス(ラツィオからユベントスへ移籍)だった。
リージョの求めるサッカーは、特殊性を含んでいる。それだけに、経歴豊富な選手が来たからといって、必ずしもプラスアルファに直結しない。
「4バック? 3バック? 日本人はすぐにそうやってサッカーを捉えたがる。試合の中で、人やポジションが入れ替わることができなければ、話にならない」
リージョはそう明言している。
実際、アメリカ遠征でシステム上は3-4-3でスタートするも、4-3-3、4-2-3-1も試してきた。しかも、どれもスタートポジションの話で、システムの並びは曖昧なもの。たとえば3バックも、他のチームが採用している5バックの守備陣形ではない。
リージョの場合、センターバックがサイドバックのような位置をとって、ワイドの選手はウィングのように押し出す。ただ、その説明さえも局面の中では流動的になるだけに、本質からずれてしまう。
リージョ神戸は、極めて難解なサッカー回路に挑んでいる。それは監督自身のキャラクターとも似ているだろう。昨今の戦術ブームのように”脆弱”な代物ではない。
「日本に来て『しょうがない』という言葉を知った。それはひとつの考え方だろう。しかし少なくとも90分の世界で、私はそれを受け入れられない」
リージョは勝者のメンタリティを語っている。
「プロの選手は『しょうがない』というのがないところまでできるか。たとえばディフェンスの選手なら、シュートに対して最後は顔面を差し出す、という気概が必要になる。ウルグアイ代表の(ディエゴ・)ゴディン、(ディエゴ・)ルガーノはみんなそうだ。そのボールのコースを変えることで、運命が変わる。『あ、シュートしたなぁ』と突っ立っていたら、運命を引き寄せられない。その覚悟、責任を持てるか」
男っぽい戦いの流儀に、リージョの戦術の骨格はある。
では、リージョ率いる神戸はクラブ史上初の優勝に近づけるのか?
「Jリーグは何が起こるかわからない」
リージョは慎重な口調で言った。
「とにかく、どこが勝つかわからない。優勝したチームが残留争いをしたりする。昨シーズンのように、連勝で上位にいたサンフレッチェ広島やFC東京が連敗で順位を下げる、そこで重要なのは、自分たちが安定した戦い方をすること。そうするなかで、チャンスも見えてくる」
2月22日、神戸はセレッソ大阪の本拠地に乗り込み、開幕戦に挑む。ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督とは同じバスク人で旧知の仲。手の内を知り尽くす者同士、火花を散らす。
試合を数日後に控え、リージョは、セレッソの直近のスターティングメンバーを諳(そら)んじていた。