荒波乗り越えて

 昨年度、早大ヨット部は最強世代と呼ばれた4年生を擁しながら全日本学生選手権(全日本インカレ)4連覇を逃した。その悔しさを胸に戦った今年度。全日本インカレで王座を奪還したうえ、1年を通して団体戦で負けなしという快挙を成し遂げた。チームの支柱である主将・岩月大空(スポ=愛知・碧南工)は浮き沈みの激しい四年間を乗り越え、最後に栄光を手にした。

 高校3年時の総体で6位入賞を果たした岩月。だが、優勝筆頭候補という前評判に及ばなかったこの結果に悔しさを覚え、頂点への思いをより一層募らせたという。「日本一になりたい」という一心で、同じ年全日本インカレで優勝を果たしていた早大への進学を決めた。入部当初掲げていた目標は、4年時に前人未到の全日本インカレ5連覇を達成すること。しかしそんな青写真と裏腹に入学後は苦しい日々が続く。想像以上にハイレベルだった先輩たちに圧倒され、1年時はレギュラーの座を獲得できず。「どう頑張っても勝てない」と絶望を覚え、心が折れかかったことも何度もあったという。早大はこの年の全日本インカレで見事連覇を達成したが、歓喜の輪の中心に岩月は立てなかった。

 2年時には、470級からスナイプ級へ転向し、1年後輩の入江裕太(スポ3=神奈川・逗子開成)とメンバー入りを争った。後輩には負けられないという意地と、ペアを組んだ当時4年生の服部勇大(平29基理卒)を勝たせたいという思いを原動力に奮起。メンバー入りを果たした全日本インカレでは風が不安定な荒れたコンディションの中、「岩月がここまで成長してくれたことがスナイプ優勝と総合優勝にとって一番大きかった」と服部が認めるほどの成長ぶりを見せ、チームの3連覇に貢献した。夢だった日本一を地元である愛知でつかみ、喜びもひとしおだったという。さらに3年時には世界ジュニア選手権(ジュニアワールド)への出場を果たし、9位という成績を収めた。ようやく順風に乗ったように見えた矢先、全日本インカレのメンバー争いに敗れ、出場を逃してしまう。チームも4連覇を逃し、「入江が出た方が勝つ確率が高かった」と自身の実力不足を潔く認めつつも、お世話になった先輩に恩返しができなかったことに対して悔しさ、不甲斐なさを覚えずにはいられなかった。

 「今年勝てなかったら勝てない年がズルズルと続くぞ」と周囲から発破をかけられ、大きな重圧を背負いながら戦った4年目。個人戦では、春の関東学生個人選手権スナイプ級で優勝を果たした一方、同じく優勝を目指した全日本学生個人選手権では振るわず。しかし、この結果を「浮き沈みが激しい自分らしい」と笑い、「波があったおかげで油断せずに全カレに臨めた」と振り返る様子は、悪いときに這い上がれないメンタルが課題だったという下級生時代と比べるとまるで別人だ。「自分は競技力が低い」と語り、強い後輩たちに積極的に意見を求める謙虚な姿勢を貫きながらも、謙虚さと紙一重だったメンタルの弱さを克服した。そんな岩月が一年間率いてきた今年度のチームは、失敗を引きずりすぎず、互いに声を掛け合える雰囲気の良いチームになった。そして迎えた4年目の全日本インカレ。序盤は日大にリードを許したが、最後まで前向きな姿勢を崩さず、堅実なレース運びで2年ぶりの王座を手繰り寄せた。地元で主将として栄冠を勝ち取った喜びは、荒波にもまれた四年間の苦渋を吹き飛ばしたに違いない。


全日本インカレでの王座奪還を果たし、拳を突き上げて喜びをあらわにする選手たち

 卒業後は地元の実業団で競技を続け、ワールドカップ出場を目指す。3年時に出場したジュニアワールドで戦った選手たちともう一度戦いたいと笑顔で夢を語った岩月。謙虚さと楽しむ心を武器に日本一の座を手に入れた大学生活と同じように、ヨットを純粋に楽しみ、夢をつかむ未来を、船出に際して願わずにはいられない。

(記事 町田華子、写真 加藤千咲)