早稲田に帰ってきた――。先月1日、早稲田大学野球部第20代監督に就任した小宮山悟監督(平2教卒=千葉・芝浦工大柏)。米メジャーリーグ経験者初の大学野球監督として世間の注目を浴びている一方、チームは7季ぶりの東京六大学リーグ制覇に向けて着々と動き出している。監督就任から1カ月と半月。100年以上脈々と受け継がれてきた伝統校のバトンを引き継いだ新指揮官は、何を語るのか。就任の経緯や現在のチーム状況、さらには新たに加わったコーチ陣について、幅広くお話を伺った。

※この取材は2月17日に行われたものです。

『基本に忠実な野球』


取材に応じる小宮山監督

――正式に監督に就任されてから1カ月と半月が経ちました。今の心境はいかがですか

 想像していた以上に仕事量が多いというのが正直な感想ですね。色々な事務手続きみたいなものも含めて、本来の監督業務以外の部分でイメージしていたものよりも大変な作業が多々あるという感じですね。

――新チームの印象はいかがでしょうか

 OB会の副会長として今まで選手たちが神宮でプレーしているのを見ていましたけれども、実際中に入ってみると「ああ、そういうことなんだ」ということが結構見受けられます。意外と色々なところで考え方を改めさせられるようなことが多いので、簡単に言うと「あっ、そうなんだ」ということが多いですね。

――それは監督ご自身の現役時代と比較してみてということでしょうか

 ええ、もう全てが変わりました。昔の常識が今通用するとは思えないので、しっかりとその辺のところは整理しながらやっていかなければいけないと思います。ただ、100年を超える歴史のある早稲田大学野球部として、譲れない部分は守り通さなければいけないと思っていますので、そのことに関して学生たちが「嫌だ」ということであれば、それは(その学生を)ここに置いておくことができないというスタンスでやっていきたいと思います。彼らが早稲田大学野球部に合わせる、彼らが早稲田の野球部員として本来あるべき姿に立ち返るということを要求していきたいと思います。

――監督就任の打診が初めてあったのはいつ頃でしょうか

 正式な打診となると(昨年の)8月末ということになります。でも一番初めの非公式な打診ということになると、僕が現役をやめた時です。現役をやめて恩師である石井連藏さん(第9、14代早稲田大学野球部監督)に引退の報告に行った時に「将来は早稲田に帰ってこい」と言われたので、その時から頭の片隅に早稲田のユニホームを着るという思いはありました。けど、本当に早稲田のユニホームを着るとなると相当なハードルがあるので、それをクリアしなければならないと考えると、まあ無理だろうなというのが正直なところでしたね。

――正式な打診があった時には即刻引き受けたのでしょうか

 もちろん、断る理由がないので。8月に稲門倶楽部(早稲田大学野球部OB会)会長の望月さん(博)から「部長(川口浩)に監督として推薦する」と言われた時には、即答しましたね。ただそこに至るまでの経緯で、野村徹さん(第16代早稲田大学野球部監督)などにもそれとなくそのようなニュアンスで、「監督をやるとなった場合、現状の生活と比較してどうだ」みたいなことは言われましたから、とりあえず(自分が監督)候補の一人なんだろうなというぐらいには思っていましたけれども、本当にやれというふうに指名されるとは想像できなかったです。でも「頼んだぞ」と言われた時には、「とにかく頑張ります」という答えしかなかったですね。

――他のメディアで「早稲田が4連覇した時の雰囲気を目指していく」という報道がありました。目指している雰囲気は浸透しつつありますか

 学生たちがどう理解しているか分からないので、今のところは何とも言いようがないです。それはリーグ戦が始まる前までにはしっかりと末端にまで浸透させるつもりではいます。答えを急ぐことは危険なので。こんな言い方したら怒られるけれども、(相手が)今どきの学生ということなので、今どきの学生に対するアプローチの仕方を考えつつやっていかないといけませんから、頭ごなしに「こうだ」とは言えませんので。でも学生たちがどう考えるかによって答えは出ると思います。

――昨秋、神宮球場で監督の姿をよくお見かけしたのですが、ここ最近の早大野球部をどのように見ていましたか

 まあまあ昨年の秋に限らず試合は見ていましたけど、OB会の副会長という職になってからは余計に「どういうふうに(部を)サポートしたらいいんだろう」というふうに考えながらやっていました。僕らよりも年配の大先輩方が「けしからん」みたいな論調でこっちを見ながら言ってくるんですよ。「いや、それを俺に言われても」という感じで対応はしていましたけれども、ただそれこそ先輩方はいくつになられても母校の野球部が気になるわけですから、そういうOBの方がたくさんいらっしゃるからこそ、長い長い歴史と伝統があり、日本でも指折りの野球部であると思っています。ですので「(最近の早稲田は)低迷」みたいな書かれ方もしますけど、全然低迷とは思っていないので。たまたま17年の秋に東大と並んで(同率最下位)ということがあったので、そこだけ捉えて「けしからん」みたいな書かれ方するのには、いささか憤慨していますね。前任の髙橋さん(広前監督、昭52教卒)の監督就任1年目で明治神宮大会準優勝以外負けなしというのは相当な数字ですから、長い長い早稲田の野球部の歴史の中でも。もちろん(リーグ戦)4連覇した時(02~03年)のチームが一番強かったと思うけれども、1年だけをピックアップしたらあの年が最高なわけですから。2015年のあの戦いぶりあるにもかかわらず、ちょっとつまずいただけで低迷みたいな言い方しているのはちょっと許し難いので、そこは髙橋さんに成り代わって「何を言っているんだ」と声を上げなければいけないところだと思っています。今どきの学生がそれをどう捉えるのか分からないですけれども、野球部としてそんな論調で書かれることを真摯(しんし)に受け止めて、「そんなことありませんよ。しっかりとした戦い方をしていますから」と反論したいですよね。

――よくスタイルとして言われるのが『打棒・早稲田』という中で、髙橋前監督は『守り勝つ野球』を掲げていました。監督が目指している野球はどのようなものでしょうか

 基本に忠実な野球。揚げ足をとるような言い方になってしまうけれども、打っている時って勝っていますから。だから打棒という話になるんですよ。打たなきゃいけないみたいな雰囲気になるけど、それはどこのチームも一緒なので。じゃあ何が大事かと言ったら、野球の特性をどれだけ理解して試合を進められるか、その一点に限ると思います。全然打てなくても勝てる時もあれば、打ちまくっても打たれまくって負けることもあるわけだから、そういうのを踏まえた上で相手よりも1点でも多く取る、味方の得点よりも1点でも少なく抑える、その繰り返しですからそういうつもりで取り組んでいます。

――著書で「石井連藏がいなければ今の自分がいなかった」とある一方、「ボビー・バレンタイン(元千葉ロッテマリーンズ監督)は最高の監督」とも書かれていました。一見タイプが違う二人に見えますが、目指している理想の監督像はありますか

 理想の監督はバレンタインですよ。石井連藏は監督として見ていないから、人生の師ですから。極端な話、石井さんに死ねと言われれば、死にますということですよ。それぐらい師と仰いでいる人物でしたから。一方のバレンタインに関して言うと、野球という競技の中での監督と選手という関係の中で、いろんなことを教えてもらったので、そのことについて実際に自分が監督になり、そういうものを目指そうということにはなっています。

――「学生たちには勝つことよりも大事なことを教えていきたい」という報道もされていました。「大事なこと」とは具体的にどういったことでしょう

 早稲田大学の野球部員として本来あるべき姿というのはこういう姿なんだと、我々が教えていただいたものをそっくりそのまま継承していかなければならないんですよ。学生たちが早稲田大学野球部の本来あるべき姿、早稲田大学野球部かくあるべきというのをどれだけ理解しているのかというところが甚だ疑問だったので、そういう話をしました。

――新体制では新たに徳武定祐(昭36商卒=東京・早実)コーチ、田中浩康(平17社卒=香川・尽誠学園)コーチが加わりました。二人に期待するのはどのようなところですか

 徳武さんに関しては、岡村監督(猛、昭53二文卒)の時に僕がコーチで入った時に、打撃コーチでいらっしゃいました。その時に学生相手に相当熱心に指導されていて、在任中にどれだけの首位打者を輩出したかということですよ。それを考えた時に、今の早稲田の野球部に必要なところはそこだと思っているので。結果ではなく、どれだけバッティングに対して真剣に取り組むかというところです。失礼だけれども、その時よりも5つ、6つも年を取っていられるわけですよ。今年もう80の年齢ということで、その体にむち打って学生に指導する姿を見て、心を揺さぶられない人はいないと思うんですよ。学生にしたら、「なんだよめんどくさいな」と言う人も中にはいると思うんですけれども、そういう思いで接している人は伸びないですよ。とにかく教えてもらったことを一言一句聞き漏らすまいとして必死になって言われた通りにとりあえずやってみるという姿勢が芽生えてきたら、こっちのものだと思います。でも失礼承知で言うと、バッティングに正解はないから。徳武さんのおっしゃっていることが正解かといったら、俺はそうじゃないと思っています。でも、その教えている姿、さらに言うと教わるという気持ち、それがどれだけ素直なものかというところなので、その気持ちさえあればおそらく自分の中に打撃理論みたいなものが構築されて自分のスタイルというものを作り上げることができると思うから、学生にはそこを目指してほしいんですよ。とにかく、コーチにとやかく言われる前に「俺はこういうふうにやるから、心配しなくていいんですよ」と言い放てるぐらいの学生になれと、そういうことですね。浩康はついこの間まで現役だったから、最新のいろんなものを現場に落とし込んでくれと、そういう願いです。『縁』ということで言うと、野村さんが監督をされている時に僕が1年ユニホームを着ないで評論家をしていた時代に、「グラウンドに来て指導してくれ」と言われて手伝った1年があったんですね。浩康はその時の選手だったんですよ。その時は4連覇のチームでしたけど、浩康は1年の春からずっと試合に出ずっぱりで、骨折してまでずっと出続けた男ですから。そういうのもあって、プロ野球の先輩として球場で会ったら声を掛けたりするということもありました。彼がヤクルト(東京ヤクルトスワローズ)を離れることになった時に、野村さんから「浩康がどうやらヤクルトから出ることになるらしい。浩康に何かいい知恵があったら貸してやってくれ」と僕のところにも連絡があったんですよ。状況を把握して本人に聞いたところ「現役を続けたいんだ」と言ったので、だったらその気持ちに素直になってということで横浜(横浜DeNAベイスターズ)に移籍したんですね。そんな経緯があったものですから、今度横浜を離れるとなった時に浩康が僕に連絡をくれたんですよ。そのタイミングが去年の秋のリーグ戦の始まる前に監督就任の発表を終えた直後だったのでね、浩康に色々確認したら「まだユニホーム着たいけどおそらくオファーはないでしょう。そうなったら大学院に行って勉強したい」みたいなことを口にしたので、しめたもんだと思って。「そうなったらグラウンドに来て手を貸してくれ」と伝えました。まあ状況がどうであるかということは別として、野村さんが僕に連絡をくれた時と感覚が似ているんですよ。僕も守備を担当してくれる、色々なことを知っている人間がどこかにいないかなとおぼろげに考えているタイミングで連絡が来たので、渡りに船じゃないけど「浩康、時間があるんだったらちょっと力を貸してくれ」とお願いしたら、彼も快諾してくれたんでね、少なからず縁みたいなものは感じているんだと。それこそいろんな知恵を持っているでしょうから、それをグラウンドの学生にいかに落とし込んでくれるかというところを期待しています。

「加藤だけマークされる打線では困る」


新体制で主将を務める加藤雅樹(社3=東京・早実)

――現状のチームの戦力バランスをどのように考えていますか

 故障者がちらほらいるので何とも言えないですけれども、ただ、よそからするとターゲットにされるでしょう。それくらいのチーム力だとは思っています。

――まだ年が明けてからオープン戦などの対外試合がありませんが、『理想のオーダー』は頭の中にあるのでしょうか

 何パターンも用意してます。何をどうすればいいのかというところで言うと、オープン戦をこなしながら最終的に相手チームと比較しながら、という考え方になると思います。極端な話、オフェンシブにいくのかディフェンシブにいくのかでラインアップは変わりますし、それを含めてどうすることがいいのかと。それこそ監督として最高だと言ったバレンタインは猫の目打線でしたから。120何通りに打線を組み替えてラインアップ作って、『ボビーマジック』とも言われていましたけれども、リーグ戦でそれをすることがいいのか、それとも強かった90年代の西武ライオンズみたいに固定されたラインアップでいった方がいいのか、それはちょっと考えます。

――それはオープン戦を重ねながら、ということですか

 オープン戦やってですね。4月の頭ぐらいまでには方向性を出さなければいけないと思っているので、選手たちが戸惑うのでね。ある程度時間をかけて熟成させないといけないので。野球という競技は打順が決まっているので、自分がバッターでいる時に塁にいる走者は決まるわけですよ。それを考えるといつも同じ人が塁にいて打席に立ってという感じの野球をした方がいいのか、それとも入れ替わり立ち替わりぐちゃぐちゃにした方がいいのか、オープン戦こなしながらやっていきたいと思います。

――以前、早川隆久選手(スポ2=千葉・木更津総合)が「小宮山監督に『2年間で24勝』というノルマをいただいた」と言っておりました。投手陣は早川選手を軸に、ということでしょうか

 そうですね、今のところは。

――早川選手に期待している部分とは

 それはもう、彼の高校時代を知っていますから。ここ1、2年で何をやっていたんだっていう話ですよ。2年間の損失を3年、4年のシーズンで埋めてみろと、そういう話です。

――捕手では小藤翼選手(スポ3=東京・日大三)が副将に就任しました。ここ最近は苦労している印象を受けますがどのように見ていますか

 彼が1年生の時に試合に出ている姿は見ているので、それで言うと素晴らしいキャッチャーであるという認識ですから、彼にもうマスクをかぶらせます。レギュラーとして使います。思うようにならなかった悔しいシーズンも過ごしているわけだから、その悔しさをぶつけてくれと、そういう話ですね。

――打線はやはり、加藤選手が中心になるのでしょうか

 能力はかなり高いと思うんですけれども、一時輝いて後は尻すぼみになってしまっているので、その潜在能力の高さを引き出してあげられるようにしていきたいとは思っていますけど、彼一人ではないので。他にもいい選手はたくさんいるので、そこ(加藤)にターゲットを絞られて攻められるということをなくせば、彼ももっともっと打てるようになるでしょう。ですので、加藤だけマークされるような打線では困るという認識です。

――実績のあるルーキー四人が一足早く合流しました。彼らに期待する部分はどういったところでしょうか

 もちろん、高い能力を有しているというのは分かるのですが、実際に金属バットから木のバットになるということで、さらに言うとレベルの高い選手の集まりの中に足を突っ込んできたわけですから、スムーズに全てがうまくいくかといったら、決してそうではないと思うんですよ。ですので焦らずじっくりに、ということで考えてはいますけれども、ただ能力的に高いのは事実なので、大学生の中に混じっても遜色ないぐらいの感じには見受けられるので、使うか使わないかで頭を悩ますようならいいなと思っています。ただ、(1年生を)使わざるを得なくなってしまうようなチーム状況では困るので。一応そういう認識です。

「『おっ、早稲田が変わったぞ』と思ってもらえるような野球を」


優勝を目指す上でのカギを語る小宮山監督

――近年、東京六大学のパワーバランスが均衡してきたという印象を受けますが、特に警戒すべき相手はいますか

 それは全部ですよ。リーグ戦とはいうものの各校の対抗戦という位置付けなので。もちろん、東大の力が(他大に比べて)落ちるというのはみんな分かっていると思いますよ。でもだからこそ「東大に負けるわけにはいかないんだ」というプレッシャーが必要以上に各チームかかっていると思うので、いかに平常心で臨めるかということが大事だと思います。かといって、力のある他の大学と東大を比較してどうなんだといったら、言うほどの差はないので。極端な話、スポーツの中でも野球という競技は一番番狂わせが起こりやすいスポーツですから、必要以上に警戒しなければいけないと思っています。

――監督は他の取材でも常々『打倒・慶応』とのお話をされていますが、改めて早慶戦に懸ける思いをお願いします

 他の四大学には失礼ですけれども、我々にとって塾(慶応義塾)は特別なんですよ。早慶戦の歴史を含めて、早慶両校がこの戦いが最も重要なものなんだという認識で四年間を過ごさなければいけないと思っています。日本の野球界がこれだけ盛り上がりを見せている中、プロ野球が中心とはいえ、そもそも(野球人気に)火を付けたのは早慶戦ですから。その早慶戦のDNAを受け継いでいる我々が、未来にもつないでいかないといけないわけで、恥ずかしい試合をしてはいけないという宿命付けられた戦いですから、その辺の意識を常に持たせるようにはしたいなと思います。ただ、リーグ戦なので、最終週に早慶戦が組み込まれてその前に空く2週間弱で必要以上にメディアを含めて煽り倒して、学生たちに『打倒・慶応』を意識付けたいなと思います。

――先ほど、『基本に忠実な野球』を目指していきたいとのお話がありましたが、その中でも今年早大が優勝を目指す上でカギを挙げるとしたら、どのようなところになるでしょう

 神宮球場で試合をご覧になるであろう方々が、新監督を迎えて「おっ、早稲田が変わったぞ」と思ってもらえるような野球ができればいいのかなと思います。

――雰囲気ということですか

 もう全てです。それこそ「去年の秋と一緒じゃねーか」と言われたら、何のために新監督になったんだという話になるので、そこは目に見えるようにしたいなとは思います。

――開幕前までに強化、あるいは徹底していきたい部分はどこですか

 これは何度も言うけどやっぱり『基本に忠実に』ということですよ。その基本とは分かりやすく言えば、キャッチボールです。ボールをしっかり相手に投げる。そのボールを相手にまた投げ返す。その繰り返しですから。そして、その動いているボールをしっかりつかむ。イコール、動いているボールをしっかり打つ。ですのでキャッチボールが思うようにならないチームということであれば勝ち目がないので、そこはもう徹底したいと思います。

――最後に、早稲田大学野球部監督に懸ける意気込みをお願いします

 諸先輩方が監督就任以来、様々なかたちで激励に足を運んでくださるんですよ。その先輩方に「大変な仕事だけど頑張れ」と声を掛けていただきますが、やるのは選手なので監督が頑張ったところでどうなるものでもないんですよ。ただ、選手たちが頑張るように仕向ける努力はしますと、そういう言い方はしています。もちろん思うように勝てなければ全てをつかさどる監督の責任ですから、その責任はかなり重いというようには思っています。ただ、勝つこともあれば負けることもあるスポーツなので、試合の中で彼らが早稲田大学野球部員として、そうそうたる顔ぶれの諸先輩方に「よくやった」と言ってもらえるように、そんな試合を積み重ねていきたいなと思います。

――ありがとうございました!

(取材・編集 石﨑開)


『一球入魂』。これは早稲田大学野球部初代監督を務めた、学生野球の父・飛田穂洲先生が残した言葉である

◆小宮山悟(こみやま・さとる) 1965年(昭40)9月15日生まれ。千葉・芝浦工大柏高出身。1990年(平2)教育学部卒業。早大野球部第20代監督。早大では4年時に主将を務め、リーグ戦通算20勝10敗。大学卒業後はロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)にドラフト1位で入団。その後横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)でもプレーし、02年にはニューヨーク・メッツへ移籍。04年にロッテに復帰し、09年に現役を引退。日米通算117勝144敗の成績を残した。現役引退後は主にプロ野球解説者として活動していた。