5連覇を達成した高橋英樹(中央)とともに接戦を演じた池田向希(左)、山西利和(右)

 2月17日に神戸六甲アイランドで行なわれた日本陸上選手権男子20km競歩。世界記録保持者の鈴木雄介(富士通)は1月末の右足首腱鞘炎で欠場したが、9月の世界選手権ドーハ大会代表を狙う有力選手たちがハイレベルな戦いを繰り広げた。

 世界選手権とオリンピックでは3大会連続のメダルを獲得している50kmが注目されているが、20kmも2015年3月に鈴木が世界記録を出して以降、着実にレベルが上がり層も厚くなってきている。

 その先鞭をつけたのは16年リオデジャネイロ五輪で、当時大学4年だった松永大介(東洋大、現・富士通)の20km日本初入賞の7位だ。そして、昨年の日本選手権ではリオ五輪代表だった高橋英輝(えいき/富士通)の1時間17分26秒を筆頭に、山西利和(京都大、現・愛知製鋼)の1時間17分41秒、松永が1時間17分46秒と、18年の世界ランキング2位から4位を占める記録を残した。

 これまでは国内で好記録を残しても、世界大会での結果につながらない傾向があったが、昨年は5月の世界競歩チーム選手権20kmで、池田向希(東洋大2年)が優勝する大殊勲。さらに、8月のアジア大会では山西が銀メダル獲得と結果を出し始めた。

 午前9時50分にスタートした日本選手権は、最初の1kmから松永が超ハイペースで引っ張ったが「練習段階から尻に力が入らない状態だったので、今日はここでやめて3月の能美へ向けて調整する」と9km手前で棄権。6km、10km中盤あたりで藤沢勇(ALSOK)が飛び出す場面もあったが、メイン集団は1時間17分台終盤から18分のペースで進み、12km過ぎには4人の集団になった。

 今大会は、世界トップレベルの、国際陸連レベルIIIの資格を持つジャッジを5人招き、国内では初となる「警告カード3枚で即失格とはならず、2分間のピットレーン待機から再スタートするシステム」が採用された。ジャッジもこれまでのように様子を見るのではなく、早い段階から警告カードを出すことが予想されるレースだった。

 その中でうまさと強さを見せて優勝したのは、日本選手権4連覇中だった高橋だった。昨年のこの大会で優勝後は、右足大腿部骨膜炎でフォームを崩し、世界競歩選手権は18位、アジア大会は5位と結果を出せなかった。今回、その崩れたフォームの調整に力を入れてきた経緯もあり、本人も「現時点での総合力は、池田と山西の方が上だと思っていた」と言う状態。そのうえ、早い段階で警告カードを1枚出されていた。

 高橋はラスト3.5kmで離されたものの、再び追いつくと「もう一度スパートされるとまずいので前に出てペースを落ち着かせ、自信を持っているラストスパートのワンチャンスにかけようと思った」と冷静にレースをコントロール。ラスト500mから仕掛けて、池田を1秒差で抑えると、1時間18分00秒で大会5連覇を決めた。

 2位になった池田は「ラスト3.5kmで勝負に行った時に離せればよかった。それができなかったのは課題です。最後は英輝さんのスパートに負けてしまいましたが、それなりに対応できたのはいい経験になりました。自分はレースの中で臨機応変に対応できるのが強みだと思っているので、今の日本の高いレベルでもしっかり歩けたことで、実力が上がっていることを証明できたと思う」と笑顔を見せた。

 また、3位になった山西は、悔しそうな表情でこうレースを振り返った。

「ある程度のペースで押して行ける自信はついたのですが、脚が限界に近い状態で、もう一段階ペースを上げるイメージが不足している。アジア大会のラストもそうでしたが、今はまだ勝ちパターンがないのでそこをどうするかが課題」

 今村文男陸連五輪強化コーチは、国際大会と同じような基準で開催されたなかで結果を残したことをこう評価する。

「ジャッジは、世界の基準の動きやイレギュラーなものに対して警告カードを出しますが、そういうなかでいい記録を出せたことは、次の国際大会で活躍できるということだと思う」

 その点で今回の上位3人は、世界基準でも終盤まで戦える力があることを証明した。今村コーチはこれからの課題を「ここ数大会は日本選手権もラスト1kmや500mの勝負になっていますが、大きな国際大会では中盤からレースを動かして、いかに単独歩にするかという戦いになっている。だから、日本選手も中盤から今日の後半の藤澤のようなレースができないといけないし、単独歩になっても乱れなく歩ききることが大事」とも言う。

 9月の世界選手権代表に内定したのは優勝した高橋だけで、残り2枠は3月の能美大会まで持ち越される。その中心となるのは、世界記録保持者の鈴木だろう。故障が2週間弱と長引いたことで、大事をとって能美大会に照準を合わせることになった。チームに帯同した今回も前日の練習で、ラスト1kmは余裕を持って歩いていたという。

「痛めていた股関節もリハビリをしていればまったく問題ない状態。1月の合宿では1時間18分を切るくらいの歩きはできていました。今年は挑戦するという意味であえてレベルの高い練習をしてきました。東京五輪では一発を狙いたいので、今年それをやっておかないと来年にちょっと余裕がなくなる。1月の合宿では最後にケガをしましたが、レベルの高い練習ができたので、来年も同じような練習で余裕を持ってできれば、世界記録より圧倒的に速いタイムも狙えるようになると思います」

 一昨年までの日本選手権は、鈴木と高橋、藤沢のうちふたりが抜け出して勝負する展開が多く、世界大会代表もこの3人の誰かが出場する形だった。しかし、最近はナショナル合宿の成果も出てきて、学生が力をつけてきた。東京五輪出場へ向けて、安閑としていられない状況になった。

 国内のレベルがより高くなったことが、今年の世界選手権や来年の東京五輪での活躍につながるはず。そんなことを予感させる争いは、今回だけではなく3月の能美大会でも見られそうだ。