涙の日本一。その栄光の影で 全日本大学王座決定試合(王座)決勝の亜大戦。優勝に王手をかけて迎えたのはシングルス2の大矢希主将(スポ=愛知・名経大高蔵)だった。自らの手で日本一を決めた瞬間、大きくガッツポーズを見せるとともに、大粒の涙を流した…

涙の日本一。その栄光の影で

 全日本大学王座決定試合(王座)決勝の亜大戦。優勝に王手をかけて迎えたのはシングルス2の大矢希主将(スポ=愛知・名経大高蔵)だった。自らの手で日本一を決めた瞬間、大きくガッツポーズを見せるとともに、大粒の涙を流した。「嬉しい、よかった、ホッとしたっていう。複雑ですけど。難しいですね、言葉にするのって(笑)」。下級生の頃から主力としてチームに貢献し、早大を背負い戦った最後の王座で13連覇を達成。一見、順風満帆の4年間のように思えるが、「『辛い』が詰まった4年間でしたね」。そう大矢は振り返る。

 「プロにならずに大学に行くというのは中学、高校の時から決めていました。正直大学に入ったらスポーツトレーナーの勉強がしたいという思いがあって、スポーツ科学に精通している早大を選びました」。全日本ジュニア優勝、インターハイ団体、ダブルス優勝。日本代表にも選出されるなど輝かしい実績を引っ提げ早大庭球部に入部した大矢。しかし、入部当初は苦悩の日々が続いた。「1年生の時は練習よりも雑用に時間を取られていて。本当にその記憶ばかり残っています(笑)。テニスにも集中しないと、自分のレベルも低いので、周りの迷惑にもなってしまうから必死でやっていたんですけど。疲労感というか、覚悟はしていたけどやっぱり大変でした」。そんな大矢に追い打ちをかけるように、1年時の王座前に負傷を負ってしまう。テニスができない日々が続き、王座でもサポートに回った。「ただ、1年目はサポートに回ったが故にその大変さが分かったので、かえって良かったのかなと今は思います」。誰もが出たい中で出させてもらっている。その中で負けるわけにはいかない。大矢の根底に根付いたその意識が、団体戦で無類の強さを誇った所以なのかもしれない。2年生になると部の方針からダブルスに大半の時間を割くようになり、3年時にはシングルスでも起用されるようになった。「部の『ダブルスを取ってこい』っていう期待に応えられる選手になったということは部に必要とされているというか、存在意義を感じることができたので、そういった部分で嬉しさは感じていましたね」。一方で自分の負けがチームの負けにつながる、絶対に落としてはいけないというプレッシャーも感じていた。それでもその重圧をはねのけ、2、3年時は団体戦では一度も負けなかった。寄せられた期待に、見事応えてみせた。そして大矢は主将として、最終年を迎えることとなる。

 「大矢さん、主将やらない?」そう嶋崎徹夫監督代行(平元商卒=神奈川・桐蔭学園)から打診を受けた際、呆然としたという大矢。それでも部のことを客観的に見つめ、主将の就任を引き受けた。主将に就任し、部員一人一人をよく見ようという意識が強くなった。「ノートにみんなのいいところを書きだしたりして。一人一人知ること、理解することが大変だなっていうことを最初に感じましたね」。練習においても試行錯誤を重ねた。大矢が主将に就任した時期に、部の体制が学生主導へと移行した。自主性を重んじると言えば聞こえはいいが、どうしても優しい練習になりがちになってしまう。自分が一番厳しい練習を与える人にならないといけない。慣れない立場ではあったが、副将の上唯希(スポ=兵庫・津田学園)や廣川真由(社=埼玉・浦和学院)と協力しながら、大矢はその役割を全うした。

 しかし、そんな大矢の奔走とは裏腹に、今年度の女子部は結果が出なかった。夏の個人戦をここ数十年で最悪とも言える成績で終え、周囲からも「今年は王座出場さえ危ういのではないか」という声も聞かれた。だが、かつてない危機感が、チームの団結につながった。「行動よりも感情が先に出て。冷静を保てない期間でした。土橋さん(登志久監督、平元教卒= 福岡・柳川)に『今のままでいいのか』って言われて。そこから1年生も王座で優勝したいと言ってくれて、そこからチームが一体になり始めて。その苦しい時期があったからこそ逆に危機感やモチベーションになって上がっていけたのかなと今となっては思います」。団体戦へ向けチーム力を高め、関東大学リーグ(リーグ)では全勝優勝。自信を取り戻し、王座出場へと臨んだ。しかし、初戦の松山大戦、準決勝の関大戦で快勝し迎えた亜大との決勝。これまで団体戦無敗を誇ってきた大矢・上組がまさかのストレート負け。チームに暗雲が立ち込めた。「大きな不安をかけてしまった」。それでも清水映里(スポ2=埼玉・山村学園)・下地奈緒(社2=沖縄尚学)組が試合を振り出しに戻し、優勝に王手をかけた試合に臨んだ大矢。壮絶なラリー戦の末に自らの手で優勝を決めた。その瞬間、大矢の目には涙があふれた。「私の代で連覇を途絶えさせてしまうのが本当に怖かった。勝った瞬間、ようやく全て終わったんだと思ったらホッとして、一気に涙が止まらなくなった」。こんなに感情がコートの上であふれたことは、これまでなかった。


王座優勝を決め涙する大矢(左)と笑顔で駆け寄る廣川

 「振り返るとよく耐えた、耐え忍んだ四年間だったと思います」。高校時代の実績からすれば、思っていたよりは強くなれなかった。そう今の自分を見つめる大矢だが、後悔はない。「団体戦で他の大学ではできない経験ができたので。個人戦で成績が残せなかったぶん、団体戦では頑張れたかなと思います。自分の中で頑張ったし、やれることはやったので」。主将として、チームのために進んで嫌われ役を買って出た。1年間、早大を背負うという大役を全うした。そんな中付いてきてくれたチームメート、そして支えてくれた同期に感謝の大矢は言葉をつづる。「私が引っ張ってきたとは自分では思っていなくて、みんなが支えてくれたという思いの方が強いです。1年間私は厳しいこともたくさん言ってしまったんですけど、試合中に私がガッツポーズしたらみんながガッツポーズを返してくれる、応援をしてくれる人たちに感謝したいです。私たちを優勝に導いてくれてありがとうってみんなに言いたいです」。

(記事 林大貴、写真 松澤勇人)