第69回 徳永美子/卓球 (3月23日)
七転八起
 徳永美子(スポ=福岡・希望が丘)の人生において、常に卓球は中心にある。初めてラケット握ったのは3歳の時。地域のスポーツ教室がきっかけであった。「サッカーとか野球だとボールが飛んできて怖いけど、卓球なら怖くない」と、怖がりな少女が選んだのは卓球。はじめはただ真似ているだけであった卓球も、気づけば20年目に突入している。何度名を轟(とどろ)かせただろう。ただ、決して順風満帆ではなかった。困苦もあった。徳永のミスが敗北につながった試合もあった。徳永の競技人生は、むしろ「七転八起」だろう。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第68回 平野晃生/卓球 (3月23日)
「やっぱりここでよかった」
 「反省の一年」。平野晃生(スポ=山口・野田学園)は主将としての一年をこう振り返る。女子部が結果を残していく中で、男子部は平野の在学中一度も関東学生リーグ戦(リーグ戦)、全日本大学総合選手権(インカレ)共に優勝を飾ることはなかった。1年時から団体戦に出場していた平野は、この早大での四年間と主将という責務を終えて、一体何を得たのか。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第67回 佐藤真吾/ラグビー (3月22日)
「主将として」
 2019年1月2日、東京・秩父宮ラグビー場で行われた全国大学選手権(大学選手権)準決勝。日本一を目標とする早稲田ラグビー、100周年目の挑戦が途絶えた。試合に負け、目に涙を浮かべる部員全130名を見て、チームを導いてきた前主将佐藤真吾(スポ=東京・本郷)の胸にあったのは悔しさだけではなかった。「今年良いチームだったなと実感していた」。試合に出られない人は23人を心から応援し、23人は応援してくれる人の想いを背負って戦う。テーマに掲げてきたそんな『ONE TEAM』を感じた瞬間だったのだろう。チームをまとめるため、ひたむきに努力してきた男の半生をたどる。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第66回 西田強平/ラグビー (3月22日)
「成長できる場所」
 「ラグビーでも私生活でも一番信頼できる男」。前主将佐藤真吾(スポ=東京・本郷)は前副将西田強平(スポ=神奈川・桐蔭学園)のことをこう語る。過去に主将等の経験はなく、慣れない立場に苦悩する中、副将としてチームの組織力向上に努めた。ラグビー人生に一区切りがついた今、西田にとってラグビーとは――。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第65回 佐々木尚/ラグビー (3月22日)
「早稲田への決断」
 高校3年時、全国高校大会神奈川県予選決勝で慶応高に敗戦。この出来事を契機に早稲田に進学した佐々木尚(社=神奈川・桐蔭学園)の四年間、早慶戦への思いとはどのようなものだろうか[ 詳細はこちら]

 

 

 
第64回 吉田圭汰/スキー (3月21日)
「人生の転機」
 1年の集大成である全日本学生選手権(インカレ)。男子総合優勝を果たした早大スキー部。歓喜の輪の中心で胴上げされていたのは、他でもなくチームの主将、吉田圭汰(スポ=北海道・北海学園札幌)だった。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第63回 中島崇景/山岳 (3月20日)
『自分がしたい登山』を
  「自分がしたい登山、主体的になっていける登山がしたいって思ったのが一番成長したところでした」と語ったのは、中島崇景主将(文構4=愛知・菊里)である。山岳部で得た経験を糧に、今年度新たな挑戦をする中島の山岳人生を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 
第62回 中塩美悠/フィギュアスケート (3月19日)
誠実に一歩ずつ
 「誰かの心に残る演技がしたい」。中塩美悠(人通=広島・ノートルダム清心)は、はっきりとした言葉で信念を口にした。揺るぎない口調は、中塩の強さの象徴。選手生活は決して楽な道のりではなかったが、歩みを止めることなく滑り続けてきた。好調なときもそうでないときも、ひたむきに競技と向き合い続けた中塩の軌跡を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 
第61回 鈴木ロイ/アイスホッケー (3月18日)
憧れのその先に
 鈴木ロイ(教育=北海道・苫小牧東)はCマークがよく似合う男だ。1年生から試合に出場し続け、3年生で副将に就任。ラストイヤーは主将として強烈なリーダーシップでチームを引っ張り続けてきた。4年間タイトルを獲ることはできなかったが、鈴木が率いた昨シーズンの早大の戦いぶりは人々の記憶に残るものだった。早大の躍進に大きく貢献した主将・鈴木の4年間を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第60回 矢島雄吾/アイスホッケー (3月18日)
自分を知るための『鏡』
 個性的な部員が多いスケート部ホッケー部門の中でも際立つ個性を持った矢島雄吾(スポ=北海道・駒大苫小牧)。ひょうひょうとした受け答えに、こちらの意表をつく発言。アイスホッケーだけに集中する選手が多いホッケー界において、好奇心旺盛で常に外にアンテナを張り、発信を続ける矢島は異色の選手だ。ホッケー面でもトリッキーなプレーで相手ゴールを脅かし、勝負所で絶対に決めるゴールハンターとして早大の勝利に貢献してきた。そんな矢島もついに20年間の競技人生の幕を閉じることとなる。物心つく前からずっと継続してきたアイスホッケーは矢島にとってどのようなものだったのだろうか。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第59回 熊谷汐華/女子サッカー (3月18日)
主将を通じて得た『自分』
 「サッカーの面だけでなく人としても成長できた。ア女に入ってよかった」。熊谷汐華前主将(スポ=東京・十文字)は縦へのドリブル突破を活かし、主力として1年生から多くの試合に出場。4年生では主将を務め、常にチームの中心選手として活躍してきた。そんな熊谷のア式蹴球部女子部(ア女)での四年間を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第58回 柳澤紗希/女子サッカー (3月18日)
けがを乗り越えて
 「自分と向き合う時間多かった。客観的に自分を見れるようになった」と柳澤紗希前副将(スポ=浦和レッズレディースユース)はア式蹴球部女子部(ア女)での四年間をこう振り返る。けがに苦しみ、思うようにプレーできない時期が多かったが、精度の高いキックと中盤での献身的な守備でチームの勝利に貢献。そして4年生では副将を務め、常にチームのことを考えてきた。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第57回 小笠原学/男子サッカー (3月16日)
真の強さを求めて
 「偽りの自分との闘い」。小笠原学(社=青森山田)は早稲田で過ごした四年間をこう表現した。4年時までなかなか出場機会に恵まれず、つらい事が多かった。自分のしたいサッカーとチームから求められるサッカーとの差に葛藤し、偽りの自分を必死につくってプレーをする日々。仲間と真の信頼関係を築き「本当の自分」に成長していく小笠原の四年間を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第56回 高岡大翼/男子サッカー (3月16日)
チームのために戦い続けた副将
  関東大学リーグ戦(リーグ戦)の優勝が決定した第20節、東京国際大戦。試合終了間際の87分に交代でピッチに入っていったのは高岡大翼前副将(社=広島皆実)。2-1でリードはしていたが、相手の猛攻撃が止まらず一瞬の油断も許されない。緊迫した状況を乗り越え、早稲田は3年ぶりの優勝を手に入れた。優勝決定の瞬間にピッチにいたものの、驚きの気持ちが大きく高岡には実感が沸かなかった。帰りのバスで早稲田での色々な出来事を振り返って考えていると、改めてたくさんの人に助けられたと感じる四年間だった。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第55回 清水歓太/競走 (3月15日)
走り続けた駅伝主将
 東京箱根間往復大学駅伝(箱根)において88の出場回数を誇り、過去に13回の総合優勝を飾ってきた早大競走部。この伝統ある長距離ブロックを引っ張っていく存在が駅伝主将だ。今年度の駅伝主将を務めた清水歓太(スポ=群馬・中央中教校)は「主将らしくない主将」とも言われるように誰に対してもオープンで明るい性格の持ち主。いつもハキハキとした声でインタビューに応じる姿が印象的だ。ただ、3年生までに学生三大駅伝に出走したのは箱根だけ。チーム内において持ちタイムが突出しているわけでもない。これまでの駅伝主将とは少し違う、そんな清水の早大での四年間を紐解いていく。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第54回 仲野春花/競走 (3月15日)
成長続けた、「濃い」四年間
 仲野春花(スポ=福岡・中村学園女)が早大から旅立つ。スピードのある助走と強靭なバネから繰り出されるジャンプで、数々のタイトルを収めてきた。日本学生対校選手権(全カレ)では2、3年時に2連覇、関東学生対校選手権(関カレ)においては3連覇を成し遂げる。さらにはシニア世代も出場する日本選手権での2連覇を達成するなど、その活躍ぶりは学生の域を超えるものだった。まさに『走高跳の女王』として日本陸上跳躍界に君臨した仲野。「本当に濃かったです。濃い四年間でした」。早大で過ごした競技生活は、この言葉に凝縮されている。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第53回 渡辺一平/競泳 (3月14日)
世界の頂点へ
 ユース五輪で金メダルを獲得するなどの実績を引っ提げ、将来有望なスイマーとして早大に入学した渡辺一平(スポ=大分・佐伯鶴城)。大学生活を通して大きな成長を遂げ、男子200メートル平泳ぎの世界記録保持者、そして主要国際大会の金メダリストという称号を手にし、東京五輪での活躍も期待されている。それでも、入学時は世界を舞台に戦えるような選手ではなかった。現に世界選手権はおろか、ユニバーシアードの代表も逃している。渡辺をここまで強くした要因は何だったのだろうか。その四年間をひも解いていく。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第52回 井上奨真/競泳 (3月14日)
悔いなき四年間
 「全く悔いはないですし、楽しかったなと思います」。この四年間を振り返り、井上奨真(スポ=県岐阜商)はそうきっぱりと言い切った。常に納得のいく結果を出し続けてきたわけではない。思うようにいかない日もあった。それでも、昨年の日本学生選手権(インカレ)。早稲田を背負って戦う最後の試合で見せた笑顔は、充足感に満ちたものだった。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第51回 松岡美有/水球 (3月13日)
支え、支えられ
 「誰かに相談することが苦手で何でも自分で解決しようとする性格だった」――。そんな松岡美有(スポ=埼玉・秀明英光)が主将になって学んだことは「人を頼る大切さ」だった。主将として部員が伸び伸びプレーできることを第一に考え、キーパーとしてゴールを守り続け一年間チームを牽引してきた。しかしその周りには常に松岡を支えるチームメートの存在があった。卒業を控えた今、誰からも愛された主将であった松岡のこれまでを振り返る。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第50回 古賀穂/バドミントン (3月12日)
2つの言葉
 印象的な言葉が二つある。1つ目は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」。2つ目は「世のため人のため」。今年度の主将をつとめた古賀穂(スポ4=福島・富岡)を取材すると、必ずと言っていいほどこの言葉が出てくる。高校総体を制したゴールデンルーキーとして入学し、2年時には全日本学生選手権(インカレ)で3位入賞、3年時にはインカレで団体とシングルスで2冠を達成。その後は日本B代表に選出され世界をめぐり、4年時は6月に行われたカナダオープンで2位入賞を果たす。インカレでは団体個人ともに連覇を成し遂げた。4年間を駆け抜けた古賀は、充実していたと学生生活を振り返った。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第49回 孫崎大樹/自転車 (3月11日)
自転車に魅せられて
 今春、早大自転車競技部から一人の偉大な男が巣立つ。その名は、孫崎大樹(スポ=京都・北桑田)。入部当初から安定した成績を残し続け、4年時には個人としてRCS年間王者、チームとしては六大学対抗ロード優勝や明治神宮外苑大学クリテリウム大学対抗戦優勝を成し遂げた。卒業後はチームブリヂストンサイクリングでプロとしてのキャリアを歩む。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第48回 米澤圭/レスリング (3月10日)
「レスリング人生の全てを懸けて」
 『蝶のように舞い、蜂のように刺す』。米澤圭(スポ=秋田商)のレスリングスタイルを一言で表すのであれば、この言葉がぴったりだろう。自他共に認める、『嫌らしい』、『性格の悪い』レスリングスタイルを追求してきた米澤は、ある意味誰よりも、独創性と自主性を重んじる早大レスリング部らしい選手だったかもしれない。2、3年時の全日本学生選手権(インカレ)2連覇をはじめとし、常に早大レスリング部を常にけん引してきた。そんな米澤は慣れ親しんだ早大のシングレットに別れを告げ、新たなステージの下、自身のレスリング人生を懸けた戦いへと身を投じようとしている。 [ 詳細はこちら]

 

 

 

 
 
第47回 永廣めぐみ/女子ラクロス (3月9日)
ラクロスに全てを捧げた四年間
 永廣めぐみ(スポ=米国・ラファイエット)はいつも笑顔でインタビューに応じてくれた。試合に勝利した日はさることながら、敗れて気分が落ち込んでいるはずの日も。この一年間、主将としての強さを幾度となく見せてくれた永廣に、ラクロス部女子で3回あったというターニングポイント、そして主将としてのラストイヤーを踏まえながら迫っていこう。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第46回 後藤功輝/男子ラクロス (3月9日)
「普通の人にはなりたくない」
 昨年の大学ラクロス界で、日本一の主将は誰であろうか。この問いは、価値観が多様化する大学スポーツの潮流に照らし合わせれば、いささか愚問とも捉えられてしまうかもしれない。しかし、『勝敗』という絶対的な定義を用いるのであれば、答えは一人に絞られるだろう。後藤功輝(政経=東京・早実)——。早大ラクロス部男子・REDBATSの主将として、チームを大学日本一、そして全日本選手権準優勝に導いた男である。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第45回 森祐紀/日本拳法 (3月8日)
強いチームを
「日本拳法部として最後の大会、全日本学生拳法選手権。無情にも初戦にして全国制覇の夢は途絶えた。試合に負けたとしてもそれを糧にただひたすら精進し続け、チームを引っ張ってきた森裕紀(政経=早稲田渋谷シンガポール)。しかし今となってはもうリベンジの場はない。そんな彼は日本拳法にささげた4年間に何を思うのだろうか。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第44回 加藤千陽/女子ソフトボール (3月7日)
成長
1年間、早稲田大学女子ソフトボール部の主将としてチームをけん引し、チームメイトから厚い信頼を得てきた背番号10がユニフォームを後輩たちに譲った。13年間に及ぶソフトボール生活にピリオドを打ち、新たなステップへと歩み始める加藤千陽(スポ=愛知・星城)は「ソフトボールが自分の人生を変えてくれた。」と語る。そんな彼女の13年間のソフトボール生活について振り返りたい。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第43回 鳥岡健/男子ソフトボール (3月7日)
憧れの早稲田で駆け抜けた四年間

高校生の僕から見れば圧倒的に勝っている」。今年度『早稲田の森』から巣立つ鳥岡健(スポ=岡山・高梁)にとって、当時全日本大学選手権(インカレ)を3連覇していた早稲田は憧れの存在であった。自己推薦というかたちで入学を果たすと、1年時の東京都大学連盟秋季リーグ戦(秋季リーグ戦)から次第に出場機会を増やし、中軸を任される存在へと成長を遂げる。最終学年となった昨年は主将としてもチームを束ねてきた鳥岡。「最後まであがき続けた場所」。本人にとってのソフトボール部での四年間はそのような場所だった。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第42回 野村翼/アーチェリー (3月6日)
チームで戦う
「チームとしてより一層成長できるようにアーチェリーをやっていた」。主将も務めた野村翼(スポ=愛知・岡崎北)は、四年間を通じて、選手として目標としていたことをこう話してくれた。常にチーム全体のことを考えながら早大アーチェリー部を引っ張っていった野村の四年間を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第41回 小池雄登/合気道 (3月5日)
誇れるもの
『誇り』――。小池雄登(先理=東京・巣鴨)は早大合気道部についてこう表現した。1年時から試合に出場し、昨年の全日本学生競技大会においては乱取個人戦で2年連続男女アベック優勝を成し遂げた。各大会で好成績を収めた4年間。チームを変えたいという考えを持ち、主将としての1年間も全うした。主将としてチームのあり方に悩みながらも、真っ直ぐに自分と、部員と、そして合気道と向き合った大学生活を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第40回 神田悠斗/ウエイトリフティング (3月4日)
悔しさを原動力に
1956年創部の早大ウエイトリフティング部。60年以上の歴史がある早大ウエイトリフティング部で、今年度、選手全員を気に掛け、支えた男がいる。その男の名は神田悠斗(社=岐阜.・海津明誠)。この一年間、「常にみんなのそばにいる」という意識で主将として早大ウエイトリフティング部を支え続けてきた。神田のウエイトリフティング人生を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第39回 上原由佳/女子ソフトテニス (3月3日)
感謝
「日本一のチームがどういうものなのか知りたかった」と入部当初の思いを振り返った上原由佳主将(社=群馬・健大高崎)。もともと高校でソフトテニスには区切りをつけるつもりだったというが、高校日本一を目指して懸命にやってきていたのに何故だめだったのかという思いから、もう一度やってみたいと思えたという。対談中、何度も先輩や周りの人々への感謝を口にした上原。早稲田が良いときも悪いときも常にその伝統を近くから見てきた4年間を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第38回 船水颯人/ソフトテニス (3月3日)
ぶれない芯
「タイトルは全部とる」。その志を胸に早稲田へ来てからの4年間、その言葉通り国内のタイトルを総なめにしてきた。「どの大会でも気持ちは同じ」。出場した大会では必ず結果を残していき、ソフトテニス界においてその名を知らない者はいなくなった。船水颯人(スポ=宮城・東北)はこの4年間で「自分の弱さを認め、自分をよく理解できるようになった」と振り返った。なぜここまで強くなれたのか。それは、絶対にぶれない“芯”を持っているからのように感じる。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第37回 酒井創太郎/ワンダーフォーゲル (3月2日)

仲間と共に
 「人とこんなに密に関わるスポーツは他にはない」とワンダーフォーゲルの魅力を語ったのは酒井創太郎主将(商=東京・西)。自然相手の過酷な状況下で命の危険と隣り合わせの中、信頼できる仲間の大切さを実感した。苦しいことも楽しいこともあった四年間。酒井のワンダーフォーゲル部での歩みを振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第36回 小材優生/航空 (3月1日)

積み重ね
「試合は安全上、100パーセントの力を発揮することができない。いかに質の高い練習を積み重ねていくかということが重要なのだ」と語ったのは、小材優生主将(人4=東京・早実)だ。航空競技とは、相手と隣り合ってゴールを目指すわけでもなく、仲間の声援を力に変えて勝つというわけでもない。上空1000メートルの中、自分で考え、判断しなければならない競技だ。だからこそ、小材は「積み重ね」で経験を積むことが重要だと説いた。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第35回 山口ありさ/馬術 (2月28日)
自身と馬と部員と向き合ったアルゴリズム
 初めて基礎的な事柄の定着を感じたのが3年時だと評する山口ありさ(文構=東京・恵泉女学園)。自身の技術の改善や部員同士の関係性、馬の体調など、さまざまな課題解決に取り組んできた。共通する姿勢は、課題を正確に把握した上で、対象と根気強く向き合い対話することだ。言葉を選びながら語る山口の穏やかな表情からは心の強さが透けて見えた。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第34回 山本雄太/ゴルフ (2月27日)
着実に前進
 激動の早稲田ゴルフ部を支えた男が新たなステージへ一歩を踏み出そうとしている。その男の名は山本雄太(教=栃木・作新学院)。主力選手としてチームを引っ張るかたわら主務としてチームの屋台骨を支える「二刀流」は、これまでどのようにゴルフと向き合い接してきたのだろうか。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第33回 諏訪健太/準硬式野球 (2月26日)
謙虚に野球に向き合うこと
 2014年春、東京・小山台高が21世紀枠で、都立高校として初めてセンバツに出場した。その時、9番・中堅手として出場したのが諏訪健太(スポ=東京・小山台)である。監督からは「今までで一番弱い代」だと言われていたが、同学年でプロ注目のエースだった伊藤優輔(中大)が評価され、出場が決まった。「やっと甲子園だ」。そう多くの人が喜び、同校OBをはじめとした関係者や普段関わりのない人までもが支援をしてくれた。多くの支えを感じながら野球ができたことはいい経験になったという。こうしてたくさんの期待を背に憧れの甲子園に足を踏み入れたが、強豪・履正社高を前に0-11と惨敗してしまう。「都立はこんなものか」。そんな心ない言葉も耳に入り、申し訳ない思いでいっぱいになったという。「調子に乗ってはいけないなと思いました」。大舞台を経験し諏訪が学んだのは、謙虚に野球と向き合うことの大切さだった。『謙虚さ』。それこそが今の諏訪の野球の中心にあるものである。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第32回 千葉朔海/射撃 (2月25日)
『わたしの世界』
 「プレッシャーを感じることはありませんね」。その言葉こそが千葉朔海(スポ=埼玉・栄北)が射撃を通して得た強さである。高校時代から数々の大舞台を経験し、進学後も国内外の試合で輝かしい成績を残してきた千葉はそう語った。対人競技とは違って個人との戦いであるという射撃。彼女にとってこれまでの射撃人生とはどのようなものであったのだろうか。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第31回 渡邊友希/応援 (2月24日)
『誰でもできることを 誰よりも全力で』
 泣き虫で、人前に出るのが恥ずかしかった少年は、いつしか応援に魅了され、自らも応援で人を魅了するリーダー部員になっていた――「誰にでもできることを誰よりも全力でやるからこそ、体育各部を応援させて頂く資格がある」という強い信念を持って渡邊友希(政経=静岡・沼津東)は主将としての一年間を駆け抜けた。応援に捧げてきたこれまでを振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第30回 小野真英/フェンシング (2月23日)
人との出会い
 あるときは自らの剣で、あるときは主将として、小野真英(スポ=埼玉栄)は早稲田の勝利に貢献し続けてきた。伝統ある部を背負うことの困難さは、想像に難くない。しかし、チームを第一に考える、ひたむきな姿勢は同期、後輩から大きな信頼を得た。小野は早大での競技人生を振り返って、フェンシングは「自分を成長させてくれたもの」と語った。チームに尽くした早大フェンサーの四年間を振り返る。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第29回 瀧澤璃菜/女子ホッケー (2月22日)
人との出会い
 数少ない同期とともに1年間主将としてチームの先頭に立った瀧澤璃菜(スポ=岩手・沼宮内)がワセダの地から飛び立つ。幼少期からホッケーとともに歩んできた彼女には大学の競技生活はどのように映ったのだろうか。早大で過ごした4年間を振り返る。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第28回 糸賀俊哉/男子ホッケー (2月22日)
『90点』
 「机に座って勉強する以上のことを教えてもらった」―。ホッケーはどんな存在かという質問にそう答えてくれた糸賀俊哉(スポ=島根・横田)がこの春4年間を過ごした早大から羽ばたく。3年ぶりに春季・秋季リーグで上位リーグ進出、全日本学生選手権(インカレ)でベスト8など躍進の年となった早大男子ホッケー部。主将として、ストライカーとして活躍した最終学年を終えたいま、ホッケーとともに過ごした大学4年間について振り返る。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第27回 高田紗妃/女子ハンドボール (2月21日)
強くあり続けた主将
 2018年11月12日。早大女子ハンドボール部は、全日本学生選手権(インカレ)準々決勝で東海大に敗れ、一年間追いかけ続けた日本一の夢がついえた。しかしその瞬間、確かに高田紗妃(スポ=福岡・西南学院)はコートに立っていた。ディフェンスの要の選手として。チームを率いる主将として――。そんな光景を、あの日の高田は想像できただろうか。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第26回 山﨑純平/男子ハンドボール (2月21日)
唯一無二の場所
 オフェンスではセンター、ディフェンスでは3枚目、そしてコートを離れては組織をまとめる主将。今年度の男子ハンドボール部の中心には、いつも山﨑純平(社=岩手・不来方)がいた。伝統校、強豪校で務める主将だからこそ、感じたであろう責任や重圧。あるべき姿を守りつつ、結果を出し続けることは決して容易ではないはずだ。しかし、山﨑がそれ以上に語ってくれたのは、『ワセダのキャプテン』という経験の楽しさとかけがえのなさだった。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第25回 岩月大空/ヨット (2月20日)
『荒波乗り越えて』
昨年度、早大ヨット部は最強世代と呼ばれた4年生を擁しながら全日本学生選手権(全日本インカレ)4連覇を逃した。その悔しさを胸に戦った今年度。全日本インカレで王座を奪還したうえ、1年を通して団体戦で負けなしという快挙を成し遂げた。チームの支柱である主将・岩月大空(スポ=愛知・碧南工)は浮き沈みの激しい四年間を乗り越え、最後に栄光を手にした。
[ 詳細はこちら]

 

 

 
第24回 中村匠/米式蹴球 (2月19日)
『早稲田のLB』
LB中村匠(人=大阪・豊中)。その存在は早稲田のLB陣にとって『絶対』だ。素早い判断力とタックルのクロージングスピードはチーム随一。パスプレーにもランプレーにも必ず絡み、攻撃の芽をつみ取り続けた。今年度BIG BEARSの副将を務め、ディフェンスリーダーとしてチームを牽引。関東大学秋季リーグ戦(リーグ戦)制覇の大きな原動力となった男のフットボール人生を振り返る。
[ 詳細はこちら]

 

 

 
第23回 斉川尚之/米式蹴球 (2月19日)
『気魄』で引っ張る闘将
アメリカンフットボール『未経験』での入学ながら、大学フットボール界で言わずと知れた存在となった2018年度BIG BEARSの主将・斉川尚之(スポ=東京・獨協)がエンジのユニフォームを脱ぐ。今年度は1年間主将としてスタッフ含め200人近い大所帯をまとめ上げ、大学日本代表にも選出されるなど名実共に早稲田の大黒柱としてフィールドに建ち続けた。そのあふれんばかりの闘争心を持って、チームを甲子園ボウル出場へと導いた『未経験の星』のラストイヤーを振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第22回 平川慶一/自動車 (2月18日)
サーキットで見つけた『生きがい』
「生きる方向を決めてくれるもの」――。平川慶一(創理=神奈川・光陵)は自動車レースをそう表現した。若者のクルマ離れが叫ばれる世の中とは対照的に、平川は自動車レースに没頭し、クルマ漬けの四年間を送った。主将として、4年生唯一のドライバーとして駆け抜けた平川が自身の青春を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第21回 森佳央理/女子バレーボール (2月17日)
『強気』
 『強気』。これは、主将としての、そしてエースとしての森佳央理(スポ4=群馬・高崎女)を象徴する言葉である。今年度の早大女子バレーボール部の顔は紛れもなく森であった。決して器用にチームをまとめる主将ではなかったかもしれない。しかし部員は確実に森の背中を追っていた。「未練はない」と振り返るこの選手は、どのようなバレーボール人生を送ったのだろうか。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第20回 小林光輝/男子バレーボール (2月17日)
支え続ける
 春季関東大学リーグ戦、東日本大学選手権大会、秋季関東大学リーグ戦、全日本選手権大会、すべて優勝。向かうところ敵なしの早大男子バレーボール部。めまぐるしい活躍を見せるこの部を引っ張るのではなく“支え”続けた副将がいた。不動のセッター小林光輝(スポ=長野・創造学園)である。苦しい時も前を向き続け、チームを四冠へと導いた副将の四年間を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第19回 藤中優斗/男子バレーボール (2月17日)
大好きな仲間のために
   「振り返ると、自分は本当にだめなキャプテンだった。仲間のみんなに支えられてきた」と淡々と語るのは、早大男子バレーボール部で2018年度の主将を務めた藤中優斗主将(スポ=山口・宇部商)だ。今年度の男子バレーボール部は、春季関東大学リーグ戦、東日本大学選手権、秋季関東大学リーグ戦、全日本大学選手権の4つのタイトルを獲得する『4冠』の快挙を達成。藤中個人としても、年間を通してレシーブ賞や最優秀選手賞を総なめにする大車輪の活躍を見せた。しかし、藤中は「みんなが取らせてくれた優勝であり、個人賞だと思っています」と常に謙虚だった。どんな時も藤中が大切にしていたこと、それは「仲間のために」ということ。常に仲間を1番に考えていた藤中の、優しさが詰まったこれまでを振り返る。
[ 詳細はこちら]

 

 

 
第18回 澤入迅人/空手 (2月16日)
自分を高める場所
 昨年10月に行われた関東大学選手権では、男子団体組手が41年ぶりにベスト4という成績を収め、女子団体組手と女子団体形と共に翌11月に行われた全日本大学選手権に出場するなどの結果を残した早大空手部。今年度、成長を見せた部を主将として先導してきたのは、澤入迅人(スポ=静岡・常葉菊川)だ。主将として悩みながらも常に部や部員を考え続けてきた澤入の四年間を振り返る。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第17回 高橋一矢/体操 (2月15日)
『覚悟』を胸に開いた未来へ
 昨年7月の全日本種目別選手権つり輪決勝。高橋一矢(スポ=岐阜・中京)は着地までピタリと止めた完璧な演技を披露した。何度も何度も大きなガッツポーズをし、会場は大きな歓声と拍手に包まれた――。入学時は4年間体操が続けられないと思っていた。実力をつけても尚、自分には卒業後も体操が続けられるほどの才能はないと考え3年の冬には就活もした。それでも日本一の称号の下に輝けたのは、馬場亮輔前監督(平18人卒=埼玉栄)から送られた『覚悟』という言葉があったからだった。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第16回 土田大輔/ボクシング (2月14日)
「強い男」を目指して

早大ボクシング部の顔として主将を務め上げた土田大輔(教=富山・呉羽)。ハードな競技のため、すぐに辞めてしまう選手も少なくないボクシング。それでも厳しい練習を耐え続けることのできた理由は、「強くなりたい」という思い。今回は、「強い男」を目指した彼のボクシング人生を振り返る。 [ 詳細はこちら]

 

 

 
第15回 濱田健太/男子バスケットボール (2月13日)
バスケットボールを通して

「結局、飽きなかったのはバスケットだけ」。自身のこれまでの人生を振り返り、濱田健太(社=福岡第一)はそう言って笑った。主将として早大を率い、シューターとして幾度もリングを射抜いてきた男も、この春卒業を迎える。実業団で競技は続けるが、バスケットボールだけの生活にはここでピリオドを打つ。「僕が学んだこと全てがバスケから学んだことと言っても過言ではない」という濱田の競技人生に迫った。
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第14回 高田静/女子バスケットボール (2月13日)
日本一の難しさ

常に冷静なプレーと明るさで、主将としてもガードとしてもチームを引っ張ってきた高田静(スポ=山形市立商)。関東大学女子選手権(トーナメント)や関東大学女子リーグ戦(リーグ戦)で何度も優勝を経験する一方で日本一という目標はなかなか達成できず、勝つことの嬉しさと同時に難しさも学んだ大学の四年間を振り返った。
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第13回 尾形桂吾/少林寺拳法 (2月12日)
名実共に日本一へ

『名実共に日本一』。今年度、少林寺拳法部は新体制始動当初から目標としていた悲願の全日本制覇を達成。5月に行われた関東学生大会でも総合優勝を達成するなど、目覚ましい活躍を収めた背景には、主将を務めた尾形圭吾(基理=埼玉城北)による大きな改革があった。昨年度惜しくも届かなかった頂を目指し、尾形は1年間試行錯誤を続けた。尾形が行った改革とは何か。少林寺拳法と共に歩んだ男の少林寺人生を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第12回 小西波瑠/女子剣道 (2月11日)
勝利以上のもの

「価値観が変わった、仲間の大切さがよくわかった」。これは小西波瑠(スポ=大分鶴崎)が早大剣道生活において一番感じたことである。小西は1年生時から多くの試合に出場し、4年生では主将としてチームをまとめてきた。カベにぶつかっても、剣道と真摯(しんし)に向き合い続けた小西の4年間を振り返る。
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第11回 安井奎祐/男子剣道 (2月11日)
成長そして成長

 「今だから言える。あの時もっと練習しておけばよかった、こうしておけばよかったと思える後悔がたくさんある。充実した剣道生活だったが点数としては70点」。安井奎祐(スポ=茨城・水戸葵陵)は自身の早大剣道部での四年間についてこのように語った。1年時から数多くの試合に出場するも、決して上り坂ではなかった安井の四年間を振り返る。
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第10回 若林魁/相撲 (2月10日)
『仲間』と歩んだ相撲道

 「ワセダを選んで大正解だった。もう一度高校生になっても絶対に迷わずワセダに行きます」。若林魁(スポ=岐阜農林)はワセダで過ごした4年間に思いをはせると、力強くこう語った。その表情は誇らしげな笑みで溢れていた。たったひとりの4年生として、そして伝統校の主将として。数々のプレッシャーと戦い、苦しみながらも真摯に土俵と向き合い続けた男の半生に迫る。
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第9回 渡邊顕士/弓道 (2月9日)
『和』の心の体現者
 今年度は全国大学選抜大会(選抜)で準優勝を飾るなど、大きな飛躍を遂げた弓道部。その背後には主将としてチームの団結力向上に腐心し続けた一人の男がいた。渡邊顕士(社=東京・日体大荏原)はこの一年を、「思うようなチームづくりがうまくできた」と振り返る。渡邊にとってチームとは何か。四年間を通じて追い求めたものに迫る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第8回 田中大勝/柔道 (2月8日)
日本一愛される柔道部へ
 「日本一愛される柔道部になろう」ーー。この目標を掲げ、田中大勝(社=青森北)は一年間主将として早大柔道部を引っ張ってきた。辛い時、苦しい時、チームを鼓舞しいつも先陣を切って道しるべとなってきた田中。ここまでの道のりは決して平たんではなかった。ケガやチーム作りに苦戦しながらも、柔道部のために駆け抜けた田中の四年間を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第7回 米川志保/漕艇 (2月7日)
努力の先の輝き
 大学ボート界の第一線で躍動してきた一人の選手が、この3月に卒業する。世界を転戦しながらも、早大のメンバーとして競技を続けてきたその経歴はまぶしい。主将・米川志保(スポ=愛知・旭丘)を輝かせた力とは。懸命に励み、着実に歩みを進めた4年間を振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第6回 伊藤大生/漕艇 (2月7日)
思い続けた『挑戦』
 全日本大学選手権(インカレ)や全日本選手権(全日本)で日本一に輝き、U23世界選手権の日本代表にも選出された実力者、伊藤大生(スポ=埼玉・南稜)。今年度は主将を務め、楽しさを忘れずに競技に取り組む姿勢を大切にしながら漕艇部を引っ張ってきた。そんな伊藤大のこれまでの競技人生や主将としてのラストイヤーを振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第5回 大矢希/庭球 (2月6日)
涙の日本一。その栄光の影で
 全日本大学王座決定試合(王座)決勝の亜大戦。優勝に王手をかけて迎えたのはシングルス2の大矢希主将(スポ=愛知・名経大高蔵)だった。自らの手で日本一を決めた瞬間、大きくガッツポーズを見せるとともに、大粒の涙を流した。「嬉しい、よかった、ホッとしたっていう。複雑ですけど。難しいですね、言葉にするのって(笑)」。下級生の頃から主力としてチームに貢献し、早大を背負い戦った最後の王座で13連覇を達成。一見、順風満帆の4年間のように思えるが、「『辛い』が詰まった4年間でしたね」。そう大矢は振り返る。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第4回 坂井勇仁/庭球 (2月6日)
「お前は間違っていなかったよ」。夢のような4年間
 「高校の頃の僕からしたら想像もできなかった4年間だったので、夢のあるいい4年間だったと思いますね。高校3年生の僕に、『お前は間違っていなかったよ』って伝えたいです」。全日本学生選手権(インカレ)男子ダブルス2連覇はじめとする数々のタイトル獲得、そして主将として迎えた最後の全日本大学対抗王座決定試合では14連覇の偉業を達成。高校時代ほぼ無名だった坂井勇仁(スポ=大阪・清風)は大学の4年間で飛躍的に実力を伸ばし、華々しい活躍を収めてきた。[ 詳細はこちら]

 

 

 
第3回 黒岩駿/野球 (2月5日)
 
 
 
第2回 岸本朋也/野球 (2月5日)
 
 
 
第1回 小島和哉/野球 (2月5日)
主将でエース
 主将とエース。責任が重大なこの二つの役を兼ね、やり切ることは、並大抵の努力では不可能である。今年度その大役を務めたのが、小島和哉(スポ=埼玉・浦和学院)だ。高校時代から注目され、早大でも1年目から大活躍。最高学年となった今年度は見事にチームをまとめ上げた。今春からプロ野球選手として新たな舞台に立つ小島は、早大での四年間で何を考え、どう成長していったのか。そこには、常に高い意識を持ち、進化を続ける姿があった。[ 詳細はこちら]